163.光神教派閥
「それで、勝手に話したのですか?」
「学園については、説明しておいた方がよかったでしょ」
聖者用の応接室に集合した後、学園の事に話題が移った。
部屋にはアプリリスの従者であるラクレも付いていて、動きの激しいリーフを横目で見ている。
「これから話す予定だったのですが、後はリーフに任せますね?」
「はい! 教授の部屋は確認したので案内に問題はありません」
こちらの隣に立つリーフが、姿勢を正して答えていた。
「講義を受ける間、リーフを自由にさせてもいいか?」
「アケハ、駄目。そんな直接!」
慌てたように崩れ、椅子の肘掛けに手を置いてくる。
「リーフ。……何について話したのですか?」
質問に対してリーフが黙る。
アプリリスがため息をつくのは珍しい。
「アケハさん。教授の一人に頼んで個別に指導してもらう事は以前話した通りですが、情報を秘するために、連れて行くリーフにも聞かせない予定です」
魔法について教われるのは良い。洗礼を受けずに魔法が使えるといった不都合な事が判明した場合に、自分が教会側に伝えない可能性は考えていないのだろうか。
「学園の反響が落ち着く頃には、リーフは馬車の往復時だけ付いてもらう想定でしたが……」
アプリリスに聞いていない事を伝えた時には、リーフが視界から外れていた。
「それもですか」
リーフから聞かされたのは、学園に付いていく事と自由時間が欲しいという話だったはず。かなり省略されていたみたいだが、後から話す予定だったとも思えない。
「レウリファさんが学園に通わせるのは難しいです」
「何故なんだ?」
「獣人の奴隷化を勧めない立場としては、表に見せる機会をできるかぎり避けたい。アケハさんが学園にいる間は教会に留まり、私の従者として手助けしてもらえませんか?」
「わかりました」
レウリファは早々に答える。
学園に連れて行くとしても、レウリファが講義を受けられないというなら無駄な時間になってしまう。教会に留まるなら役立つ作業を任せるべきなのだろう。
分断される事に不安はあるものの、獣魔と離れている時点で戦力など無い。
「お願いしますね」
応接室に聖女聖者がいるのは当然だが、従者はアプリリス付きの者しかいない。
仮にラナンやフィアリスの従者がいたとして、全員を集めて立たせるだけというのも無駄ではある。
ラナンたちは訓練をして過ごす。王国にいた時は聖騎士の訓練に加わっていたが、専用の講師も揃っているため、ここ中央協会では訓練に不自由が無いと話していた。
聖者でも聖女でもない自分は、彼らの講師とは会えず、教会側で指導は受けられない。
「何度も聞いて悪いのですが、本当に従者の部屋でよろしいのですか?」
「寝る時しか使わないなら、掃除しやすい方が良いな」
荷物と寝る場所さえあれば問題は無い。従者の部屋といっても待遇は良い方だろう。二人部屋でも聖女や聖者の部屋と近いため、おそらく専用の付き人が使う場所だ。
リーフの部屋が隣にある以外、空き部屋が残っていたのは、専属の従者が少ないからなのかもしれない。部屋数は余裕を持たせているようだ。
「聖女の部屋なら専用の水回りがあるので、教会で馴染めない時にも便利だと思うのですが」
聖女が三人でない場合もあったという話なので、余った部屋が利用される事も過去にはあったのかもしれない。
まず、庶民に利用させる設備ではない。貴族の者が利用するのだろう。聖者や聖女の知り合いに貸していたと考えられる。
「世話になる相手とは顔を合わせておきたい。他の専属も使うのは共用の浴場だろ?」
「はい。何度もすみません」
「助かっているし、気にしないでくれ」
自分としてはアプリリスと距離を置いておきたい。
レウリファは、アプリリスの部屋を借りて入浴する事になっている。獣人は一般に受け入れられていないため、本来なら魔物という扱いになるのかもしれない。獣魔として獣魔小屋に泊まるのは、本人も嫌だろう。
十分に助けられている。
「もう一人の聖女は何をしているんだ?」
フィアリスとアプリリスと、後一人。聖女が三人いる事はラナンから教わっている。
聖者と共にいるはずの聖女が、本拠点にも留まっていないのは変だろう。アプリリスに婚約の話題があったように、別れたのだろうか。
「無断外出です」
それでも、聖女の部屋を部外者に近い人間が利用するのは問題になるだろう。
従者が傍らに立っている今、改めて見ても自分が場違いだと思う。アプリリスを含め、ラナンやフィアリスと揃って座るのは変な気分だ。
「聖女は自由に動く権限を持っているので、外出する事自体に問題はありません」
聖女の権限は、部外者を急に同行させる時点でわかっている。
「ただ、ローリオラスの場合、独断専行の気質が強く、聖者の活動に非協力的な点で、現在の外出状態も疑問視するしかありません」
聖者と一緒に戦うのが聖女なら、戦力が欠けている状態だろうか。聖者一人に聖女が揃うというのも絶対ではないだろうし、権限はともかく、聖女に格別した強さが無いなら兵士や聖騎士で補えるはずだ。
「戻ってくる可能性は無いのか?」
「派閥を隔てているため、不用意に訪れる事は無いと思います」
フィアリスとアプリリスは同じで、ローリオラスという聖女は別派閥のようだ。
「もしかして、聖者を否定しているわけではないよな?」
「ええ。聖者ではなく、信仰する神についてです」
女神を否定するなら、洗礼も聖者も反対しているのか。
「私としては男性女性どちらでも構わないのですが、史実では今のところ女と判断されています。派閥の成り立ちは性別の解釈が原因ですね」
「リコ姉。それは言い過ぎ」
両派閥とも同じ神を信仰しており、性別の違いで争っているらしい。
男神という話は聞いた事が無い。市街で見かける女神の像も場所によっては男神のものに取り換えられているのだろうか。
「男神派と呼称していますが、活発に動きだしたのは聖女の一人が加わってからです。勢力が増したのは今世代になってからで、以前はごく少数でした」
ローリオラスという聖女自身が部屋の利用を避けているらしい。
今後の展開によっては、女神派が教会を追い出される可能性もある。アプリリスに従う自分は捨てられるだろう。
対立派が注目されている内に情報を抜き取るというのは最適だが、機会を待つだけ無駄かもしれない。組織の運営に関わらない自分は、一方的に影響を受ける。
探索者以外の仕事も探した方が良いかもしれない。魔道具への魔力充填を覚えたとしても、店を持つ必要がある。道で呼びかけるわけにもいかず、看板を持つにも許可もいる。
都市内や街道外にダンジョンを作るとしても現地は調べておきたい。ダンジョン周囲に届く、迷宮酔いを他人に気付かれるわけにはいかない。
移住は何度も試せるほど資金に余裕は無い。向かう都市は厳選しておくべきだ。
持て余す時間は無いらしい。
話し合いが終わり、レウリファと共に従者の部屋に入る。
扉を開けた正面奥には硝子窓がある。備え付けの机には照明や水筒が置かれており、左右に寝台と合わせて収納も作られている。質素にみえる家具も丁寧に作られているはずだ。
運び込まれた荷物も多くは使わない。衣服は整理されているため、他を並べ直すのは先送りにできる。
入浴の後、数日行わなかった毛繕いの手伝いをして、眠る。
上の階であり窓からの侵入は考えていないが戸締りはする。入口の扉に錠は無い。




