16.奴隷と魔道具
「護衛ということで離れる事が少ないのであれば3日期限でいいでしょう」
奴隷商人が53番と呼ばれた女の獣人の首輪に触れる。
「どういった魔道具でしょうか?」
「これはゴドの民によって作られた魔道具で、奴隷の他にも犯罪者の管理に使われています」
犯罪者と同じ道具なのか。
「奴隷の首輪は魔力が貯蔵されている間は自然には首輪が締まりません。奴隷自身で首輪に魔力を注ぐ場合は、主人の近くでないといけませんが、同じ建物内であれば大丈夫です」
奴隷商人から使役の指輪を渡されたので、右手の人差し指にはめる。
「化粧の上からでも指輪は使用できますよ。53番後ろを向きなさい」
女の獣人が後ろを向くと、身をかがめる。
「首輪の後ろに指輪を当ててください」
奴隷商人の持つ指輪と同時に首輪に当てると、指輪の存在感が一瞬だけ増す。
使用できるか不安であれば魔力を通して下さい、と言われるが魔力の使い方も知らない。指輪をはめたときから感じた違和感に集中していると、商人から首輪が反応していると言われ、次に首輪をゆるめる方法も確かめた。
首輪をしめる操作だけは簡単にできて、それ以外は魔力の扱いに長けていないと難しいらしい。そのほかにも首輪の扱い方を教わるが首輪の解除だけは商人に任せるように言われる。
ひとまず自分でも使役の指輪を使えることが分かった。
「これで貴方しか首輪に操作できない状態になりました」
首輪から先に手を離した男が言う。
「53番の着替えを」
護衛が53番をつれて奥にある扉を出ていく。
特にすることも無いので応接間の真ん中にある椅子に戻る。
「奴隷の生活は主人が保障する義務が発生します。公の場で奴隷を虐げることは禁止されています」
奴隷が部屋を出ている間に奴隷商人が話をする。
「指輪では奴隷の拘束しかできません。奴隷自身が反抗の意志を持つ可能性はあります」
あくまで生活環境に干渉できる労働力なのか。
暴力を振るう主人が奴隷に殺される危険もありそうだ。それとも首輪で脅す以外に、力で従わせる事も必要になるのか。
「指輪で縛ることができても、一人の存在として扱った方がいいでしょう。たとえ獣人であっても」
黒い衣を身にまとう男がこちらの目を見て話す。隣に座っているニーシアも真剣に聞いている。
「扱えないようであれば違う奴隷に変える事もできますが、あまり良いことではありませんよ」
周りにいる護衛も給仕も初めから生きていないかのように止まっている。
「ここまでが良い主人としての心構えですね」
目の前の男が顔を優しくすると机に置かれた飲み物に手を伸ばす。
3人分置かれたそれは部屋に入った時に注がれたものだ。
口元まで静かに持ち上げると口に含んだようだ。
「うん、まあ、いい温度にはなっている」
そう言って器を降ろすと、菓子にも手を伸ばして一つだけ食べる。
「お二人もどうぞ、危険なものではありませんよ」
薄い緑の飲み物で渇いていた喉の潤いを取り戻す。
口の中より少し温かいくらいで、僅かな苦みがあるが強い刺激がない分飲みやすい。後味も感じられないぐらい柔らかい。
飲み物を味わったところで置かれている焼き菓子にも手を伸ばす。強く摘まむと崩れてしまう質感だがしっかりと芯があり、一口で入る大きさになっている。湿感のある舌触りは甘みを感じやすく、舌で押し潰すだけで脆く崩れてしまう。これは温かい状態でもおいしいと思う。
「おいしいですね」
こちらを見ているニーシアも気が落ち着いて、顔に険しさも無い。
自分も柔らかい長椅子の上で呼吸を整える。背もたれも柔らかくて体を預けてしまう。
「そうだな、この飲み物と一緒に食べても美味しい」
「余裕があれば、こういうお菓子も作れるように練習してもいいですか?」
「作ってくれたら喜んで食べるよ」
「お願いしますね」
ニーシアの頬が緩むのをみてから、残ったお菓子も二人で食べてしまう。
時間を掛けたあと、湿った手をお手拭きで拭いて休む。
「応接間の外で待機させているので部屋を出ますか?」
少し休んだ後に男が提案する。
席を立ち背負子を持つと表の扉から入ってくる。
先ほどまでの貫頭衣のようなものから、しっかりとした服装に着替えた獣人の女性がいた。白い手袋をしていて、長袖長丈の衣服に短い上下衣をさらに着た格好をしている。首元にはめられた、軽い動きなら邪魔になりそうにない首輪が見える。
「レウリファと申します、よろしくお願いします。ご主人様」
ひざまづくと頭を下げる。
「付いてきてくれ」
開いた扉を2人が出るとレウリファもついてくる。
部屋の外にいた護衛が正面の玄関まで案内してくれる。
「それではまたの機会がありますように」
黒服の男が言う。
3人で奴隷商店を出る。
表通りの騒々しさを急に感じる。
店の前で立ち止まっているのも営業に悪いので移動しようと考える。この辺りは屋台が無いため立ち止まると目立つだろう。流されるように店から出たため、護衛として雇った獣人にもまったく説明していない。
歩きながら休憩できる場所を探すが、この通りの食事処は値段の想像ができないため入ることをためらう。
進んでいくと大通りの交差が見えてくる。
「アケハさん?」
「そうだな」
通りの脇によって立ち止まる。大通りには馬車が走っている。駅馬車を使えば早く離れられた事に気づく。
「どうしようか」
「アケハさん……」
ニーシアが少し困ったような顔で見る。先ほど購入したレウリファも手荷物を持っている。
「ご主人様、お荷物をお預かりしましょうか?」
「ニーシアの背負子を頼む」
見比べてみるとニーシアよりも背が高く、茶色の髪の中に人間ではない耳がついている。
手荷物を降ろしたレウリファがニーシアの背負子を受け取る。
顔から見える少し日に焼けたような薄い褐色の肌はこの都市では珍しくない。耳さえ隠せば、獣人だと気づかれることは無いだろう。彼女が来ている服を見て思い出す。
「レウリファは服の替えは持っているのか?」
「今着ているものとは別に、2着分ございます」
住処から都市まで遠いから服もすぐ買えない。向こうで暮らす事を考えると少ないだろう。
ニーシアと体格も違うようだし衣服を買ったほうがいいだろか。村から持ってきた中に着られる物があるかもしれないが、普段着も少し良い服が数着あった方がいい。
「古着屋に行ってレウリファの普段着を用意しよう」
レウリファもこちらの容姿から懐事情を考えてくれたのか、値段も高くない衣服を選んでくれる。
何も話していない状態で察してくれる事には、これからも助かるかもしれない。
生活必要なものを買い足していくと、日も降りてきて宿屋へ向かうことになった。
部屋に入り荷物を降ろして寝台に腰掛ける。半日歩くだけだったが思ったより疲れているから、朝の早いうちに奴隷商店へ行ったのは良い判断だった思う。
ニーシアは井戸の方へ服を洗いに行っていて部屋にはいない。石鹸も買い足していたので汚れがひどかった衣類も今後は着れるようになるだろう。
扉へ向かう空間を挟んだ対面の寝台に座るレウリファを見る。ニーシアが洗濯に行く際に手伝おうとしたが止めさせた。
ダンジョンの方へ戻る前に経済状態と役割について教えておきたい。
「レウリファには主に護衛をしてもらいたい」
「かしこまりました」
「住処は都市から2日ほど歩いたところにある洞窟で道からも離れている。自給自足はできているが稼ぎは無い」
口に出してみると悪い生活環境に聞こえる。道も繋がっていないし隣人もいない、村よりも悪そうだ。配下の魔物たちについてはダンジョンに帰ってから説明しないと実感できないだろう。ダンジョンについて知っていたオリヴィアも魔物と会話するのは珍しいと言っていたぐらいだ。おそらく話しても信用されない。
「周りには森林に囲まれている、木を伐採して家具も揃えられ、食料は狩りや畑で水も確保してある。都市の生活とはかけ離れた、そんな環境でも暮らせるか?」
「はい、狩りと料理、洗濯もできますので役に立つと思っております」
レウリファが住むのであればダンジョンに部屋を用意する必要がある。都市にいる間は食事や水を定期的に出す以外はDPをほとんど消費していないから十分に足りるだろう。




