159.巣立ち雛
「えと、仮に魔力量を増やせるとして、扱いたい魔法があったりするんですか?」
間が空いたため、話題を逸らしてくれたらしい。
「魔法に詳しくないから特には無いが、あえて言うなら、攻撃系が欲しい」
「攻撃系というと、遠くを狙うような魔法ですよね。土煙なんかで目潰しするなんてものは、どう思いますか?」
「寄られる前に倒したいのが本望だな。近接戦になるとしても、有利な状況を作れるような魔法なら使い続けると思う」
「アケハさん、殴り合いなら強そうですけど、魔物相手にそれは難しいですよね。怪我が重なるのは危険に繋がりそうですから……」
武器を持たない状態で魔物に遭遇するなんて状況は想像できない。そういう事態でも魔法があれば対処は楽だろう。
「若い探索者は、怪我が多そうな印象がありますけど、アケハさんは腕の傷も少ないですよね。活動前から心得があったりします?」
「いや、戦力に余裕があっただけだ。頭数に余裕があって、実力の低い自分に合わせていた。結果的に怪我が少なく済んだ感じじゃないか」
「気が合わなかったり、稼ぎの分配で衝突したり、悪い関係には見ませんでした」
「まあ、一緒に暮らしていたから、金の融通は利いたからな」
手持ちの資金にも余裕はあった。少々の自由を利かせられた点は、共同生活を支えていた。反発を潰すだけの力を間接的に持っていた事もある。
「組む相手が決まれば役割分担もして、魔法を覚えるのも目標になってきそうですね」
団体に所属すれば、魔法の指導まで受けられただろうか。団体に関わる事無く探索者を中断してしまった。
魔法をアンシーから教わった時点で、熟練の探索者の指導を受けた事は同じだろう。
「魔法を覚える際に、調べた適性はどんな結果でしたか?」
「適性なんて調べられるのか?」
「はい。僕の場合は操作系全般が不向きで後は平凡な感じ、といった風に覚えられる魔法を予想できるそうです。個人的に教わる場合だと、調べる事もできないかもしれません」
「無かったな」
「どうやって、魔法を覚えたんですか?」
「魔道具を使って、魔法を使う際の魔力の流れを覚えていた」
アンシーの名前は言わない約束をした。
魔法を使えるようになった時点で、学習方法に間違いは無いだろう。
「触れると、魔法を使う時の魔力操作を補助してくれる魔道具を使い、体内の魔力を動かしてくる感覚を何度も覚えて、魔道具無しで再現できるようにする、といった方法だったな」
最初は痛みを我慢するばかりでも、慣れてくると十分な魔力を送って痛みを軽減させる事ができた。魔力の操作を誤ると痛みや違和感が返ってきたため、細かい操作も試せる便利な魔道具だろう。
既に手元に無いため、正しく再現しているかは定かではない。アンシーが言うには、自身の魔力操作を基に設定してただけで一番効率が良いとは限らないらしいのだ。多少は誤差が出ても問題無いのは確かだろう。
「それは、痛くありませんでしたか?」
隣のアプリリスが加わってくる。
「あー。確かにそんな気がする。無理やり動かされたらそうなるかも」
ラナンも同意するため、痛くなるのは普通なのか。
「普通は放出だけ学ぶはずだよ」
「そうなのか?」
アプリリスからも否定は来ない。
学習方法に間違いがあるのだろうか。痛みがあるという事実を推測されているなら、まったくの異なるわけでもないだろう。
違いが多すぎると、自分が人間である自信が無くなる。疑われる事も避けたい。
「魔力の扱いに慣れていないと、そういう手段で学ぶのもあり得るのかな……」
少なくともラナンが学ぶ時には、体内の魔力を魔道具で動かす真似はしていないらしい。
「魔法に向いていないとは言われた。魔力の放出を確認する魔道具も持たされたけど、始めの内は引き出してもらうばかりだったな」
どうやら、魔法の才能が無いというのは本当らしい。判別がつく物なのだろうか。
アンシーが確かめるような動作をしていた記憶が無い。知らない内に魔法で調べられていたなんて事もあり得る。
「魔力の操作から学べるなら、欲しい人もいるかもしれない。僕が知らなかった可能性もあるけど」
ラナンの顔はアプリリスの方に向けられる。
「アプリリス。同行させて大丈夫なの?」
「問題有りません、学園に通ってもらうつもりです」
知らされていないが、拒否する事もできないだろう。
「学園なら適性も調べられるはずだし、自分に合った魔法を学べるのかな」
適性によっては、期待通りの魔法を使えない場合もあるようだ。伸ばせる能力があるなら、そちらを鍛えた方が良い。環境を与えてもらえるなら、非常に助かる。
「貴族の血縁者がほとんどですが、貴族を継がない庶子も通いますから、アケハさんが通う事に問題は無いと思います。探索者になる人も少なくないみたいですよ」
アンシーもその部類だろうか。魔法が使えるなら探索者でも死ににくいだろう。
「ただ、教会関係者になった後だと問題がありそうだけど、どうなの?」
「個別の形で指導を依頼するつもりです」
「まあ、そうなるよね」
ラナンの心配も、アプリリスは対策を考えていたらしい。
世話をしてもらえる事には助かるが、手間をかけずに教会閉じ込めてしまった方が楽だと思ってしまう。
アプリリスがこちらを養う現状も、いつまで続くか分からない。備えは怠らない方が良いだろう。
「アケハさんの同意が得られるなら、そのように手配したいのですが構いませんか?」
「任される仕事が無いなら、それでいい。教会から離れる事は問題無いのか?」
連れておいて用が無いというのも考えにくい。
「できれば教会から通ってもらいたいです。学園寮では連絡が付かない場合もありますから」
「いや、そうではなく、教会の方で用事があったりは、……しないのか」
人数合わせのような立場なのか、アプリリスが否定してこない。
「向かっている聖都は本拠地としている場所なので、予定が無い間は留まってもらうつもりです。祭事に関わる事は少なく、私たちも特に用事はありません。都市を離れない程度に訓練を行うのが普通で、外出の際は同伴が付けられたり報告の義務がありますが、大体は自由行動ですね」
聖者であるラナンに予定がなければ、同行者も暇になるというのは分かった。聖女付きの従者である以上、アプリリスの指示に従うのは仕事になるはず。
強制でなく提案された事なので仕事と考えにくいが、戦力を上げるために魔法を学ぶのは自分としてもありがたい。
聖者が戦場に加わる場合もあるため、同行者も強くなった方が安全だろう。
「学園に通う場合、同伴は付くのか?」
「はい、学園内はともかく、外では教会関係者としての対応が必要ですから。それに通学は馬車に乗ってもらうので、御者としても必要になると思います」
教会内に学園は無いらしい。
こちらを雇うというアプリリスの独断で、教会の人手を割く結果になっている。問題にならないか不安だが、素人を養えるほどの権限を持っている事でこちらに得もある。
教会の事を詳しく分かるかもしれない。
「わかった」
「よろしくお願いします」
ラナンから要求は来ないため、アプリリスの部下という認識でいいのだろうか。
物を扱う探索者と違って、どうも仕事という実感が湧かない。
手元が光った事を確認して、魔道具を片付ける。




