表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
5.従属編:125-157話
156/323

156.残り火



 階段を下りた地下室には、生活の色が残っている。

 壺や箱を収めた壁際の棚、床の隅に置かれた麻袋や樽。王都で買い揃えた物に囲まれており、人並みの生活を送れていたと実感できる光景だ。

 実際は住民の中でも贅沢な部類であり、物置部屋を持ち、さらに歩き回るほどの広さがある物件となると、王都で広く占めている市街では見れないだろう。

 この暮らしを手放すのは惜しい。

 移住をする人間くらい探せば見つかる。土地に縛られない仕事はあり、自分が続けていた探索者もその内に入る。二か月しか続かない滞在も普通の内に入る。

 落ち着ける場所が欲しいという望みの通りには行かない。

 このまま留まった場合でも、身の上が怪しい自分では問題を起こしたかもしれない。不安を原因を解消するためには必要な事だと納得すべきだろう。


「どこから、手を付けようか?」

 家を出るまで数日の猶予で、保管していた食料や道具を整理しておきたい。荷台に積み込める形にまとめておけば、当日の忙しさも多少は薄れるだろう。

「食料は最後にして、まずは教会に譲れる物を取り出しましょう」

「わかった」

 隣にいたレウリファの指示で、部屋の一角に物を運ぶ。

 運びきれない荷物は、ダンジョンの収納に入れる。個人で移住する場合でも都市間を往復する面倒はしないし、売るなどして重荷を減らすのは普通の事だ。

 探索者ほど外出が多ければ、家に溜め込むのは金くらいに限られる。普段携帯している道具で生活が行える者なら、荷物が荷車一つに収まるなんて事は不審に思われない。


 遠目からでも物の識別ができる明るさがあり、照明を足さずに保管物を床へ広げる。レウリファの動線と重ならないように離れた棚から物を出して、最後は同じ棚の物を取り出した。

 残った食料の棚には触れない。腐る危険のある食料はダンジョンに収納しないからだ。再び利用する時がいつになるか分からない以上、無駄にするような真似をせず、教会に譲る。自分たちの食事になるか、王都の孤児院で消費されるだろう。


「薬は半分も要らないよな?」

 声をかけると、隣で屈んでいるレウリファの手が止まる。

「はい。元々、消費は少なかったので、埃をかぶせてしまうよりは使ってもらいたいです」

 探索者の活動を辞めるなら、今ほど薬は要らなくなる。薬を常用するほど大きな怪我を負ったヴァイスの時くらいだ。稼ぎの少なさに焦りはあったものの、普段から戦力に余裕を残していた方だろう。

「となると包帯も減らしていいか」

「替え着から作れますから」

 基準を決めていても、物の選別で考え込んでしまう。

 従者の仕事を突然辞めさせられたとしても死なないようにする。街中で捨てられたとしても、金を持っていれば宿暮らしもできる。壁の外で捨てられるとしても手荷物を渡してもらえるなら、餓えに数日耐えて都市や村に辿り着けるはずだ。

 刃物ひとつあるだけで夜の過ごし方は大きく変わる。水を持たされなかった場合は諦めるしかないだろう。


 溜め込んだ物を確認する作業は、最初の見立てより早く終わる。

 元々空きが多かった棚は物が無くなった事で、さらに平坦な見た目になった。家を手に入れた時には空きの多い地下室に生活の期待を寄せたはずだが、失ってしまう今はこれまでの苦労に意味が無かったようにも思えてくる。

 経験を無駄だと決めつける気は無くても、活かす機会が今後あるという断定はできない。


 手前に物を移して、視線が留まる場所が減った今、価値も含めて場違いといえる装飾が中央に目立つ。

 ダンジョンは相変わらず、地下室の光を保ってくれている。

 設置した当初、触れるほど近くでしか感じなかった迷宮酔いは、日を置くにつれてその範囲を広げていた。誘われる感覚に対して、階段を下りる度に気にしていたが、結局、地下室の中に収まった。

 以前暮らしていた場所と比べて、迷宮酔いの範囲が狭い事の理由は思いつく。ダンジョンの規模が小さい。両手を伸ばした長さくらいの床とコアの台座しか形を持たない。この程度ではダンジョンとしての機能も弱いのだろう。

 仮に迷宮酔いの範囲がダンジョンの規模に関係なく日々広がるというなら、王都の近くあるダンジョンでは探索者村の中に入るまでもなく、目の届かない場所からでも感じられたはずだ。

 家の横を通り過ぎる程度で地下室にあるダンジョンを気づかれる事は無かっただろう。


 ただ、迷宮酔いの事を考えると、ダンジョンも早めに放棄しておく必要がある。

 以前のダンジョンはダンジョンコアを取り外した後も、迷宮酔いの影響が残っていた。放棄した後に訪れた者が弱い迷宮酔いを感じていたという話もオリヴィアから聞いている。

 家をアンシーに譲るにしても、ダンジョンの撤去は早めに済ませた方が良い。

「これから、暗くしても大丈夫か?」

 以前も明かりを持ってくる暗さでは無かった。

「はい」

 明かりを落とす同意をレウリファから得て、ダンジョンコアに触れる。

10、345DP

 DPは設置した時から増えた量が少ない。ダンジョンの機能を使わなければ、人間を殺すという役割も果たしていなかった。自然増加が少量である限り、今後も変わらないかもしれない。必要になる事態は無くても、もっと増えていて欲しかった。

 ニーシアに渡したダンジョンコアも規模や年数を考えるとDPの量が少なかった。それでも、ダンジョンが生み出していた魔物の量を考えると、DPの自然増加はかなり多かっただろう。

 操作する存在は現れなかった事も含めて、ダンジョンには謎が多い。自分しか操作できないなんて事も無く、ダンジョンは管理を慎重に行うべきであり、想定外の活動や誤操作を行わないように今後も機能を確かめていく必要があるだろう。

 ただ、身の安全も確かでない今、自由に行動する事もできない。


 聖者に同行する間は、ダンジョンを設置する暇など無いし、操作している姿を見られるわけにもいかない。常日頃から持ち歩くには大きく、重たい。

 私物は教会に預ける事になるが、換金価値が高い物は特別安全な場所に保管されるかもしれない。ダンジョンコアは貴重品であり、壊されていない完全の状態となるとなおさらだろう。教会はダンジョンコアの件を把握しているため、雑多な道具に隠す意味も無い。

 教会の手に渡って、二度と取り戻せない事態になる可能性もある。そうなればアプリリスに文句をいって、金での賠償になるのだろうか。

 光神教の側がこちらを外敵と判断しているなら、脅威が少ないとしても万一を考えて、重要人物である聖者には近寄らせないはず。ひとまず、一人の人間として扱われているだろう。

 現状ひとつしか確認されていない未破壊のダンジョンコアがどう扱われるのか。

 こちらを殺せば簡単に手に入る。死体の処分など光神教ほど大きな組織なら容易だろう。同族を殺す事に嫌があるとしても、孤立した探索者程度、噂を広めて重罪人にもできるはずだ。


 敵対するかもしれない存在の力が大きい。人間社会での権力も、戦力も高い。悪い予想ばかり考えるのは、対等になっていないための恐怖だろう。

 アプリリスの異常行動を除けば、光神教からの扱いは悪くないのだ。

 聖者に同行した前回の旅でも、食事や寝床なの待遇は良かった。アプリリスに誘われた形で加わった旅だが、突然の被害に対して光神教が代わりに償っている可能性もある。

 使徒の解放という業務を知り、人間の希望となる聖者とも話をした。使徒との晩さん会では光神教が集めた、様々な料理を食べた。貴重な経験を得られた事は事実だ。

 こちらの損害に、光神教という組織が身を差し出して謝罪している。弱い存在に手間をかけてくれるのは、尊重しているとみて誤りではないだろう。探索者を続けられない状況で、新しい仕事を与えてくれた組織でもある。

 ダンジョンを操作する事実を特定して利用する意図があるとしても、待遇を悪くするとは限らない。

 聖女による強姦公やダンジョンを操作する存在など関係する情報が、口外できる話題でないため、他人の視線が届かない袋小路に追い詰め処分するような計画もあるのかもしれない。

 それでも、この機会を失えば光神教に近付ける理由が無い。光神教の権力圏から出られないなら、今挑戦して答えを知った方が良い。

 都市で暮らす人々がこんな不安を持つ理由は無いのだろう。生まれ持って罪人というなら、人並みの生活を続けても、失う不安に耐えきれなくなるかもしれない。

 目の前のダンジョンが無ければ、人並みに暮らせていただろうか。


 ダンジョンを放棄すると、迷宮酔いも薄まり、光も弱まる。

 ただ、地下室に元々存在しなかった台座を残してしまうと、家を譲るアンシーには気付かれてしまうだろう。

 台座も溶けて消えた後、床の上にダンジョンコアが残る。

 ダンジョンの床は光を出さなくなったが、元々の床とは境目が残る。

 天井の照明石はまだ強い光を保っており、地下室全体の明るさが残っている。


 いろいろ助けてくれたアンシーには本当の事を話しておくべきだろうか。

 秘密にして欲しいとは思う。こちらは積極的に危害を加える意思は持たない。

 助けを乞えば、生活や逃避に協力してくれる可能性もあるかもしれない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ