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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
5.従属編:125-157話
153/323

153.サブレとの対話



 オリヴィアの家を訪ねたが、オリヴィア自身は仕事のため外出していた。

 応接間に通されて、まず伝言を頼む事にした。

「そうですか」

 王都を去る事だけ話して、理由は伝えていない。

 正面に座るサブレが追及してこない。

「ああ」

 聖者付きの従者になる件は、公式な決定を待つべき話題である。もって光神教の保護下に入り、滞在する場所も活動する範囲が教会や聖者の近くになる。知人宅を訪ねる事は難しくなる。公式な場で出会わない限り、理由を伝える事は難しいだろう。

「少し寂しがるかもしれませんね」

「急な話で悪かった」

「移住なんて、そういうものです。仕事柄経験するのは、私たちも同じですから」

 オリヴィアは魔物に関する資料をまとめる仕事だったはず。都市や国を渡り、資料を集めるのかもしれない。クロスリエの遠征に加わったりと、関係する用事は多いのだろう。

 移住が多い点は探索者も同じだ。稼ぎや魔物を求めて活動する場を移る。街の中に留まる仕事よりは旅慣れるため、移住も気軽に考えられる。

 自分が探索者の活動を再開する事は、当分無い。

「伝えて欲しい事はそれだけだ」

 アプリリスの話では、雑務を行わず話相手になるという仕事を任されるらしい。奇妙だが、従者並に働くのは無理だと自覚している。

「わかりました。必ず伝えておきます」

 サブレが小さく頷く。

「ありがとう」

 反応して笑みを見せてくる。

 目の前、視線が左右に向けられた後には、表情が薄れていた。

「ニーシアさんは、今何をしているのですか?」

「あの後、いろいろあって別れた」

 誘拐を救ったサブレが気にするのは当然だ。

 ただし、ニーシアの離脱前後、光神教に関わる事は話せない。間違っても悪評を流せない組織だ。

 大人の証明である洗礼を受けにいく教会を持ち、魔物に対処する討伐組合にまで関与できる。洗礼は魔法が扱えるようになる意味で個人の戦力の向上に貢献しており、魔物やそれを従える魔族に対抗するために聖者と聖女を推し掲げている。

 武器という重荷を背負わずにすむ都市の壁を広げるためには欠かせない存在だろう。ほとんどの人が関わる組織だ。

 一応、助けられて以降、こちらは討伐組合の報酬を狙った襲撃を受けていない。襲撃犯があれ限りという可能性はある。ダンジョン施設の襲撃は複数の人間が関与しているらしく、現場の人間だけ殺せば終わる事件ではない。

 討伐組合からの報酬を狙っているなら、離れたニーシアが再び標的にするよりは、探索者に登録している方を狙うべきだ。

 それでも、手軽な方から襲った可能性はある。ニーシアを襲い、すでに目的の物を手に入れたのかもしれない。渡したダンジョンコアは討伐組合から受け取った実物だ。こちらに用が無くなり襲撃を止めたとも限らない。

 無事に生活できている可能性は十分にある。


「離れる時には街道を歩けるくらいの準備をしていたから、王都を去って別の都市で暮らしているかもしれない」

「かもしれませんね。移った先で見かけないとも限りません」

 個人が持ち歩くには多額な金を渡した。一人質素に暮らすなら、数年生きる事も不可能ではない。宿屋を拠点に仕事を探している途中だろうか。洗礼を受けに行ったかは分からないが、人並の労力があれば稼ぐ手段はあるだろう。

 移住するにも王都近隣の街道であれば、魔物は少なく通行人が多いという風に、比較的安全である。

 自分と同じように、探索者になっている可能性も無くはない。体格が劣るのは確かで直接の戦いは難しいにしても、ダンジョンを操作する能力を得ているなら別だ。魔物を生み出して獣魔にすれば戦力は足りる。ニーシアの持つダンジョンコアはDPが多く、生み出す数や質は高いだろう。

 ダンジョンコアを売れば資金の足しになるため、生活の助けにはなる。携帯するには不便な大きさという点だけ問題だろうか。


「話題に困ってしまいますね」

 少しの静寂を経て、サブレが言う。

 まあ、オリヴィアがいたとしても話題は限られていた。一時はダンジョンで共に過ごした関係であり、何度かの再開でも話はした。獣魔や魔物の話題ならいくらでも続けられそうだが、お互い時間が限られており、短く済ませてしまうだろう。

 酒場にいるような話し上手と比べれば、日頃も含めて自分の口数は少ない。

「まあ、獣魔とのふれあいを聞きたいとは言わないだろ?」

「そうですね」

 机にある飲み物とお菓子は、話より先に一度味わっている。

 サブレによって来客用の対応は済まされていると見ていい。用が無ければ、使用人の立ち入る事は無いだろう。

「この部屋での会話が外に漏れる事はあるか?」

「いいえ、大丈夫ですよ。誰も入ってきません」

 少々、危ない話をしても問題無いらしい。

 サブレ一人と対面している、今しか聞けない質問がある。

「サブレは、……魔族なのか?」

「はい。その通りですよ」

 敵であれば、最初からこちらを殺すはず。あるいは、目的があって生存が許されているのかもしれない。正体を知った者を放置するのは危険だ。監視しているなら、こちらが光神教に接触している事も知っているだろう。

 生かされている事から、直接脅威を与える意思は持っていないようだ。


 まず、サブレが本当に魔族だとして、人々が知るような存在なのだろうか。

「魔族が人の社会に潜み、人を殺すというのは本当の事なのか?」

「はい。実際に殺す姿も見せたでしょう」

 ニーシアが誘拐された際に見せてきた肉腕も、始めは人外の類だと思ったが、魔法で真似できる事を使徒のゲイザから教わった。食すのは別として、殺人なら探索者でもありえる。都市の人間でも聞くような話だ。偏見かもしれないが、貧困区なら食人を目にする事もあるかもしれない。

 人間だけで実現可能な範囲であり、見た限りの行動では魔族と判断できない。

 魔族をかたる意味は少ないだろう。強力な魔法が使えるという表現にしても言葉選びが悪い。疑われて光神教の世話になれば話題になるとしても、多くの人間に迷惑をかける。

 正否を聞いたところで、判断するには足りない。

「何故、人間を殺すんだ」

「住みやすい環境を作るため。狙うのは人間に限った話ではありません」

 人間同士でも起こりえる話で、サブレの主張は種族の違いを意識した考えだろう。

「今すぐ事を起こす気はありませんよ。このまま楽な暮らしが続くというなら、わざわざ動く必要も無いですから」

 今後起こさないとは語っていない。言うだけなら簡単に騙れる。

 魔族の目的を知ったところで、サブレの行動は予想できない。ところかまわず人を殺すという単純な行動ではない事は分かった。

 魔族という言葉を使って、光神教に調べさせる事も不可能ではないが、確証の無い状況では難しい。真意を探っている間に取り返しのつかない状況になる場合は仕方が無いだろう。

 サブレが魔族だとしても現状では殺すほどの害が無い。助けてもらった事実は無視できない。

 魔族というだけで殺すというなら、同時に自分を殺すべきだろう。自分のダンジョンを守るために他人を殺した。自分の持つダンジョンは人間の得になっているわけではない。社会のために有効活用しているわけではないのだ。

 人間社会の視点であって、まず、自分が人間とは限らない。利己を捨てる気は無く、自分の命が関わるとなればなおさら利己を取る。

 自分では判断つかずのまま、情報を集めておく段階に留まってしまう。


「王都を去るのは聖者付きの従者になるからだ。まだ確定した話では無いが」

 光神教、聖女のアプリリスに対しては信用できないところがある。前回の旅では確かに自分も加えられた。余所者である自分を聖者付きの従者に加えるだけの権限はあるだろう。

 従者にする気が無くなった、と急に言われても予想の範囲内だ。アプリリスの行動は予想できない。

 正確には聖女付きの従者になる話だが、聖女は聖者に同行するため、完全な間違いでもない。

「類を見ない出世ですね。おめでとうございます。でも、そんな話をしていいのですか?」

「わからない」

 この部屋を去る前に殺される事もあり得る。聞いたサブレの驚きは小さい。最初から感情を露わにする様子ではなかった。今の表情自体、有って無いようなものだろう。

「この話はサブレの中に留めて欲しい」

「確約はできませんよ。どちらにしても、真偽は早々に確かめられそうです」

 聖者の情報が簡単に手に入るとは思えない。常に街中を歩くわけではないし、教会に匿われている間は活動を覗けないだろう。従者など複数いて、個人を特定するのも難しい。

 それでも常に聖者や聖女と共にいるというなら、教会を離れて活動する間に他の従者と区別ができてしまうだろう。

 早々に確かめられるという予想も正しいかもしれない。



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