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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
5.従属編:125-157話
152/323

152.替え着



 硝子窓の外は暗く、雲が晴れる気配は無い。

 大地の端まで続いていそうな空模様を見れば、預けて手元に無い雨具が帰りも小雨に濡れる事を確信できる。

 室内を照らす揺れの無い光は、天候に合わせたのか以前より暗い。


 隣に座るレウリファは目線を下げ

「レウリファ。気にしているのか?」

「はい」

 反対される事は無かった。気は進まないのだろう。

 話し合いの中で、魔物を狩る他に稼ぐ手段は見つからなかった。獣魔と扱いが変わらない獣人では、能力を生かす場所が無い。洗礼前の子供を雇うほど自由な、探索者くらいだったのだ。

 聖者に同行する判断は、レウリファのためだけではない。

 探索者に関連する異常事態に度々遭遇した結果、多分、貯金は同年代でも多い。市民の中で稼ぎが多い探索者も、道具の整備を考えると実質の稼ぎは少ない。一軒家を持ち、魔道具など価値のある品を残せる者など、熟練者でも珍しいだろう。危険を承知の節制を続けてようやく武器の質が上がる、というくらいが若い探索者の生活だ。

 実力も無く、向上にも期待が薄いとはいえ、貯蓄のおかげで安全を優先して、魔物と対峙できていた。将来稼ぐだろう新人さえ死ぬ例が少なくない、そんな中では自分は優れた環境にいる。非常用の蓄えはすでに整えられており、稼ぎと消費が並べば生活が続けられる。

 たとえ、組合に不審があっても。買取まで妨害されたとしても、国に訴えるなど楽な手はある。

 討伐組合が落ち着くまで待つ事も、選択としては間違いでは無かった。


 自分が光神教に警戒したいからだ。

 ダンジョンを操れる事を異常と自覚していなければ、こんな迷いは無かった。

 獣魔やレウリファ、あるいは自分が怪我をするまで、探索者を続けられない状況になるまで、今の生活を諦めなかっただろう。獣魔が動ける庭、人目の少ない家、治安の良い地区。一度手放して、他の都市で似た場所を探し出せるか。この都市に戻り、再び買い戻すには無駄が多い。

 同行する聖者の戦列に並べず、従者の働きもできない。解雇される危機のある状況に身を置きたくはない。アプリリスとの約束でも持ち出せば、手切れ金でも受け取れるのかもしれない。だとしても、元の生活を取り戻せるとは思えない。


 光神教に近づき、人外への対応を調べる。自分の事を悟らせない内に逃げる構えも必要だろう。こんな面倒を抱えるのは、知らない間に逃げ場を失う事態を避けたいためだ。

 魔物の侵入が難しい、頑丈な壁に囲まれて暮らすなら都市を選ぶ。教会が無いとは考えられず、魔物を敵とし、人間に紛れる魔族に対処できるという組織なら、ダンジョンで魔物を生み出せる自分を捕えないとも限らない。

 光神教に近づくのは、決して好んだ事ではない。

 売りになる能力を持ち、後ろめたい事情がなければ、素直に嬉しく思ったはずだ。


「希望も無いとも限らない。出来る限りは力を尽くす」

「はい」

 最初の返事で顔を上げたため、声質は良くなった。

 人類の敵に首輪で従わされている存在なら、光神教に近づく方が命の危険は減るだろう。首輪の拘束を外され、教会への協力を求められたり、被害者として救われたりするかもしれない。

 生活を支える上で必要な存在だったため、救助の名目で引き離されて困るのはこちらだ。


 面談室の扉が叩かれる。

 部屋に現れたアプリリスは正面の席に着く。

「体調のほどはいかがですか?」

「十分に休めた。アプリリスも疲れは取れたのか?」

「ええ、休みは普段より取りましたから」

 作り笑顔と思ってしまう。見かける庶民と比べる事こそ間違いかもしれない。人も様々だ。

 こちらだけ手元に武器がある状況を許せるアプリリスを信用しないのも悪い。戦っても勝てないのは確実だが、万一の不安は抱いているはずだ。

「聖者の同行者に加わっていい、という提案は本当なのか?」

「はい、アケハさんがよろしければ」

 真偽を疑ってはいない。ただ、時期と都合が良すぎる。

「……加わってもらえませんか?」

「できるなら、ありがたい」

 聖女の目に留まった時点で既に手遅れならどうしようもない。

「獣魔とレウリファまで加えてもらえるなら、給与の面は少なくていい」

 大した能力も持っていないわけだが、行動を制限される点で給与がもらえるだろうか。

「アケハさんとレウリファさんには聖者付きの従者として雇い、獣魔に関しては飼育費用だけ教会が負担する形です。問題ありませんか?」

「十分、嬉しい条件だと思う」

「特殊な扱いで、普通の従者と比べて低い給与になりますが、給与以外の報酬、衣食住の提供はします。住み込みで余っている部屋に入る形で、客室か従者用の部屋か。聖女用の一室も法国内でなければ可能でしょう」

 聖女の部屋が余っているというのは、三人いる聖女に合わせてだろうか。この国が本来の拠点ではないというのに、専用の部屋がある事は驚きだ。土地に余裕があるとして、聖者は国を渡る機会が多い可能性はあるだろう。

「獣魔は厩舎の部屋に入ってもらうので、給餌を他人に任せない場合、移動が面倒かもしれません」

 与えられる仕事によって変わる。忙しいなら教会側に任せる必要が出てくるだろう。

 運動のために外に出す場合は難しくても、食事を与えるくらいは他人に任せられるはずだ。部屋によっては中で運動を済ませられるか。

 部屋に不満を持ったとしても我慢してもらうしかない。慣れない内は一緒に眠るなり、不安を減らした方がいいだろう。

「慣れない内は手間をかけると思う」

「構いません」

「これからよろしく頼む。アプリリス」

「はい、アケハさん。レウリファさんも、よろしくお願いします」

 アプリリスは丁寧に顔を向け、こちらに礼を見せた。

 大きな決定は済んだ。後は細かい話を詰めて、伝え忘れが無いようにしたい。


 部屋の扉が叩かれて、見覚えのある従者が配膳車を運んできた。ラクレと呼ばれていた、初めて教会に訪れた時に付いていた人だろう。

 机に飲み物を配り、お菓子を置く。

「ラクレ、ありがとう」

 最後は壁際に移動した。視線を意識させないよう、待機の間は静止するようだ。


 アプリリスに視線を戻して、話を再開する。

「服装は以前借りたもので構わないのか?」

「はい。特別な場合でも、違う服装を渡すかもしれません」

 自分は聖騎士の訓練着を着るらしい。ラナンのそばにいる時以外は、間違われそうだ。

「教会に移るのは、いつからか決めておきたい」

「明日以降なら、受け入れの準備は整います」

「私物は保管してもらえるのか?」

「多いと処分してもらうかもしれません」

 持ち込む私物は多い。

 不要になる物は古物店に売るのが普通だ。自分の場合はダンジョンに収納できる。形として荷車一台分は残した方が良いだろう。

 衣服と小さな日用品、高価な物、装備の類は保管してくれるはずだ。今後も使う事を考えると、獣魔のための道具は欠かせない。

 家具は家に残す。薪も消費しない分は薪棚に残せるだろう。駄目なら壊して処分する。新しい荷車も、都市を移動する際に運ばれるとは思えない。

「荷車は教会の方で使えないか? ほとんど新品で売るのは惜しい」

「外向けの道具は教会専用のものが使われるので難しいですね」

 アプリリスが視線を仰がせる。

 確かに教会でみる道具は庶民的とは異なる。馬車に専用の印が描かれるくらい、道具にはこだわっているだろう。

「……孤児院に譲ってもらえませんか? 物によっては買取という形になるかもしれません」

 視線が戻されると共に、わずかだが姿勢も傾けてきた。

「それでいい。骨組みが金属で丈夫な物だ。使った回数は片手で数えるほどで、都市を出ていないから汚れも少ない」

 小さく頷く様子から、問題は無いとみる。

「……処分もしてくれるなら、使い古した道具も含めていいか?」

「はい。ぼろ布でもあるだけ便利なので、おそらく大丈夫です」

 面倒も省ける。日用品なら薪も持ち込める。腐らせるよりは良いだろう。

「運び込む前日にでも、伝えにいくよ」

 物の持ち込みなど、教会が普段から行う業務ではない。

「教えてもらえると、運び入れが楽になります。荷車を運ぶ際は裏門の方でお願いしますね」

「ああ、わかった」

 話題を終えて、休憩を挟む。

 外でも聞こえないだろう雨音に意識を向け、楽な姿勢を取る。


 前回の報酬を受け取り、簡単な会話をした後、教会を離れた。



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