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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
5.従属編:125-157話
150/323

150.視野



 遺灰は壺に詰められた。アプリリスがひと掴みを湖に撒いたのは、ゲイザの遺言だったらしい。

 村に戻った後は村長に知らせを送り、遺灰の壺を渡す。使徒の遺灰は魔物除けになるらしく、村を広げる際は周辺に撒くなど、アプリリスが用途を説明していた。

 空き地に戻り他の馬車と再会した後、自分やレウリファと同様に、ラナンとフィアリスも休憩に決まった。アプリリスと従者が作業を進めるらしい。名が通っている聖者や聖女は村との交流に欠かせないと思っていたが、違った。

 こちらが獣魔の様子を見たり、聖者と剣を交えている間、他の従者は王都への帰還の準備で忙しく動いた。馬車の整備まで行う、幅広い技能を持つようだ。

 馬車の出入りを二度数えたほどで日も過ぎる。夕食後には帰還の準備が成ったと聞いた。



 今回の道程で光神教について知った事は少ない。元々、存在を知ったのも半年前ほど、他人より親しみは少ない。洗礼の時だけ教会に向かうという人もいるため、庶民として最低限の情報は得ているだろう。

 私たちを知って欲しいという、アプリリスの建前で加えられた旅行は庶民向けの対応では無かった。六日間も顔を合わせる時点で、説法を聞きに教会へ通うくらいの経験はした。

 使徒の解放という行事も一般的ではない。この村の住民を除くと、関係者は教会の人だけ。部外者が立ち入る隙は無い。庶民として扱われていないのは確かだ。


 同行する相手も相手だ。聖者や聖女が光神教の部外者を養う意味は少ない。

 従者のように作業を任せるわけでもなく、聖騎士のように護衛を頼む様子でもない。教会関係者では行えないような、探索者らしい作業も見当たらなかった。慣れるまで待っているとしても、こちらは優れた働きなどできない。


 聖者は都市を移動する頻度も多い、現地に詳しい人間を同行させる可能性はある。

 探索者が案内人を雇うようなものだろう。少数でしか当てはまらない例だが、地図以上に安全を求めるなら有効な手段だ。地図を読み間違いを防ぐにも慣れた人間は有用で、団体の所属だとしても身内が占有する狩場を教えてくれるだけで互いの収入に関わってくる。

 ダンジョンで足元の悪さや危険な場所を知るためにも、見知らぬ都市で治安の悪い場所や通りの良い道を知るためにも、慣れた人間の助言が欲しい。


 結局、今回の旅で案内を任される事は無かった。聖者や聖女の仕事を横で眺め、一緒に食事をする。会話をして親しくなる。それだけだ。

 獣魔に触れる事や、交友関係を広げるという程度しか利が無い。部外者なら誰でも構わず、都合良く目立っていたこちらを選んだというなら、この対応も分からなくない。

 アプリリスの脅迫が無ければ、それで納得できたはずの話だ。


「アケハさん」

 対面側の席から呼ばれる。

 アプリリスが珍しく隣にいない。

「どうした?」

 机をはさんだ会話は安心できる。

 馬車の走行中に席を立つ事は少ない。

「今回のように、これからも一緒に行動してもらえませんか?」

 今日までで関係が終わらない事は、薄々だが分かっていた。

「少し待ってくれ。……それはラナンとフィアリスにも同意は得ているのか?」

「この計画の前に伝えてあります」

 アプリリスの横、ラナンもフィアリスも断わる様子が無い。

「そうなのか」

 ラナンもフィアリスも、こちらへの対応は丁寧だ。獣魔に対して極端に嫌う様子は無く、魔物を皆殺しにするような考えは持っていない。

 向こうが敵視していない事は、この数日で確認できた。同じ馬車で寝れる時点で、向こうにとって警戒すべき距離は保てているのだろう。無警戒なのか、実力差なのか分からない。同行させても支障が無い距離である事は確かだ。

 武装の無い状況で眠るには部屋を分けたいという程度だろうか。


 ダンジョンの操作については知らせていない今、危険を感じる事は無い。避ける理由は弱くなり、光神教を調べる事に消極的でいる必要も減った。

 不審に思われていない限り、生活の安全は保たれるという状況だろう。


 シードがラナンを嫌った件も、直接触れなければ態度に出なかった。

 フィアリスの場合は問題も見えず、ヴァイスに至っては勝手に寄っていた。噛みつきでもすれば獣使いと獣魔に処罰が下る以上、慎重に考えるべき事だ。


 自分の考えがまとまらない内は、レウリファの意見を聞いても判断がつかない。

 もう少し、長く考えたい。


 おそらく、室内で決められる提案なのだろう。この旅でも、こちらの人員を運ぶために人手や物資が追加されていた。

 長く同行させる費用など、教会側の準備は可能とみていい。他の人間が批判してきたとしても、アプリリスに任せられる。こちらに直接の責任は無い。


「遠くない内にこの国を離れるため、返事を長く待てません」

「そうなのか」

「はい。今は詳しい理由を話せませんが、四半月の内に王都を去ります」

 十五日というと遠い話ではない。仮に聖者と共に王都を去るとして、期日以内に準備が整うかも判断に加わるだろう。


 まず、聖者と同行する内は行方も定かであり、討伐組合への連絡は不要だ。組合の不手際に関しては、反応も無い今は無視する。

 暮らして半年も経過していない家は、同行が不可能になった場合を想定して、不動産と契約は残す。次の更新が無い可能性を伝えておく。


 自分で自由が利かない準備はあまり思いつかない。探索者は個人単位の仕事で、しがらみが少ないという話は事実だ。簡単に移住ができる。

 信用を担保する討伐組合は有用な組織だ。いずれ再び利用を始める事になる。

「時間をくれないか?」

「できれば報酬を受け取る明後日までに教えて下さい」

「分かった」

 一日は考えられる。

 返事を先送りされた事に不満は無い、というような表情を二人がしている。アプリリスの感情は分からない。


 休憩の度に歩く人間を目で追う。街道ではいくつも馬車も行き交う。

 馬車に乗る習慣は無くても、主道を外れる事ならダンジョンで慣れていた。

 自分が乗り込む馬車も、その後続の荷馬車でさえ光神教のものだと判別できる。


 荷物検査も行われず、夕暮れを見たのは王都の中だった。

 帰りが早い。往復で移動時間に差があるのは、街道の流れが関係しているかもしれない。

 人混みから離れた壁沿いの道でこちらの家に寄せている事は、通行人にも配慮したのだろう。閉門の時刻も近い。

 時計に従うほど体力に余裕がある、教会の馬は体付きも良い。鐘に合わせて行動できるのは便利だ。

 使役されている他と比べても管理は厳重だろう。毛並みの汚れは少なく、性格も落ち着いている。道を汚さない点で躾られている様子は分かっていた。


 預けていた荷物を受け取り、獣魔へ指示を送る。

 レウリファが自分から獣魔を動かす事は少ない。抵抗感か奴隷という立場かといった理由は何でも構わない。必要な時は任せられる。


 こちらの準備を待っていたようにアプリリスが寄ってきた。 

「アケハさん。お疲れさまでした」

「お互いにだな」

「今度からは裏口からでも構いませんよ」

「目立たないならそうする」

「手紙は忘れずにお願いします」

「ああ」

 面会を約束する手紙は受け取っている。

 次は獣魔を連れていかない。とはいえ武装は欠かせず、街中で目立つ事は避けられない。裏口も正面も大して変わらない。

 武器を持って教会に立ち入ると他の利用者を不安にさせる。悪い気はしていた。


 馬車の方でこちらを見ているラナンとフィアリスは、一緒にいる姿をよく見た。

 目の前にいるアプリリスは、村でも従者と作業を続けていた印象がある。休む姿を見たのは短い間だけだった。

「アプリリスも、しっかり寝て体を休めてくれ」

 武器を手元に他人と寝るのは、疲れが残ってしまう。

「はい。良い夜を。……今日の夜空はよく晴れます。星を眺める事はありますか?」

「無いな」

 空にあって明るい程度の知識だ。夜に見る光といえば、見下ろす街並みや野営の火、杭の照明くらいだろう。

「星の光にある強弱や見慣れた配置。そういった事を調べる学問があるそうです」

 数が多いという意味では街並みより判別が難しい。光の強弱を比べるにも見失いそうだ。

「学ぶにも年月がかかりそうだな」

「ええ。何しろ貴族の趣味で、生計が立つものではありません」

 星を見る前に寝る人は多いだろう。王都の夜は一部の地区でしか明かりが残らない。

「若干のずれはありますが、一年後の夜空は似た星の配置をしているとか」

 夜空を一年も覚えていられるだろうか。

 今日と明日、その次と。毎日覚えて見比べる事を一年も続けたというなら、昼の間に寝るしかない。覚えるのに夜を使うなら、比べるにも昼を使ってしまう。星も太陽の明るさも弱い、朝夕の時間を睡眠に使う可能性はある。

 貴族も仕事があるため効率よく比較する手段は考えているはずだ。光の強弱に気付いた者は、区別のつく星を書き残して夜空を比べるだろう。

「楽しみを見つけた者は老年になっても続けられる。一緒に見る夜空でも、感じる事は異なる人はいるのかもしれません」

「俺は続かないだろうな」

「私は一時しか続かなかったのですが、今でも時々眺めます」

「一年は続けたのか?」

「その事は実感しました。主観的で不確かなものですが、はい」

 聖者と違って、聖女の名前は長い。貴族ならお金もあるだろう。

「教えてもらった事で、夜空の見え方が変わるかもしれないな」

 自分で一年後の夜空を確かめようとは思わない。星の強弱は分からなくもないため、これまで以上に意識するだろう。

「今日は夜空を見る前に眠りそうだ」

「私もそうします」

 アプリリスとの会話も終わり、馬車から離れる。


 夕方は街の照明が点く時間である。街灯、店、家、強さの異なる光は、夕方から深夜までには大体が消える。

 街の明かりはいつも同じ配置をしている。大体の消える時間は似ており、明かりの漏れる建物が動く事は無い。当然言えば当然だ。建物に隠れて見えない灯り持ちの光は、街灯と比べれば暗い。

 王都に広がる明かりも夜空の星のように区別ができる。身近に理由が存在するため、知らない空よりは楽しめるかもしれない。

 街の光は変わる。暮らす人間は死ぬ。街並みも建て替わる。


 自宅のある地区に入った時には、他に歩く姿も無くなっていた。

 使徒のいた村でも、建物はここほど散っていなかった。馬車を停めていた場所でも、他の建物は近く。他人の生活が近くにあった。

 庭の砂利を進み獣魔を自由にさせる。寝床近くで止まったのは、夕方という時間もあれば、旅の疲れも関係しているだろう。

 先に隣家の扉を叩く。

 足音も少ないため、家を出ている可能性はある。

 名前を呼ぶと同時に扉が開かれた。

「おかえり、アケハ」

「今戻った」

 姿を見せたアンシーは普段通りだ。その背後、玄関先にあった雨衣狼の模型は無くなっている。

「家の鍵だね。怪我は無かった?」

 持っていた鍵を渡した後、質問が来た。

「何もされていない。無傷だ」

「そか。良かった」

「明日以降で外出する予定はあるか?」

 親しくしているアンシーには決まり次第伝えておきたい。

「少々の買い物くらいだね。すぐという用事も無いはずだよ」

「王都を去る可能性もあって、伝えられる日を知っておきたかった」

 反応したアンシーが落ち気味な声を出す。

「あー。それは重要だね。出て行った後、戻ってくる事は無いの?」

「分からない。出て行く場合は多分、長く戻れない」

 聖者は法国の人間だ。

 派遣される場合でも、同じ都市を訪ねる事は少ないだろう。

「私も数年、あって十年の内に王都を去る、アケハが戻ってきた頃にはいない可能性もあるね」

 アンシーが王都を去るというのは初めて知った。

 数年から十年という、見通しに幅があるのは自身の意思とは別に理由が存在しそうだ。

「アンシーも去る予定があるのか?」

「私も探索者だよ。移住は楽さ」

「明後日の暮れには話すよ」

「決断が早いのは良いね」

 夜の間際、時間も時間なので、長く話すわけにはいかない。

「鍵を守ってくれて、ありがとう」

「うん、良いよ」

 アンシーから離れて自宅に戻った。



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