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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
5.従属編:125-157話
149/323

149.救世



 即座に戦うでもない。薄青い結界の中では会話が続いているらしく、動く口元が見える。

 ゲイザと距離を置いて対峙するラナン。斜め後ろに立つフィアリスがラナンの背後に寄る。持っている武器を振り回せない位置で止まるのは連携にも無駄がありそうだ。どちらも盾を持たない。


 会話を終えた合図のようにゲイザが腕を上げ、ラナンの周囲で光が次々と現れる。

 回りながら明滅する光の球は、色が異なり数えやすい。様々な位置から生まれる光が、もてあそぶように取り囲む。ラナンの視界では光の球が様々に行き交って見えているだろう。


 向きを変え、中へと迫った光には剣が振るわれる。ラナンの魔法ではないらしい。光に剣を向ける姿というのは見慣れない。初めて見る。振り抜いた場所の光は消えているため、魔法の効果を妨害しているのだろう。

 光の球が魔法を利用したものである事だけは推測できている。魔法の知識が少なく、自身の肉体でしか魔法を扱えない自分では、戦況が理解できない。


 ラナンの対処は遅く、漂う光は量を増す。囲むように光の帯が作られてくると、一部の範囲で光がまとまって消える。

 戦闘とは思えない。矢や火の球が回っているならもう少し警戒できる。光自体は相手であるゲイザが操っている。危険な物に変わる可能性があるため、ラナンは光を消しているのだろう。


 剣先が届かない外まで光が消える。そんな剣の横薙ぎでも全てを消す事はできず、残った光がすぐに切れ目を補う。フィアリスが動かない事は妙だ。


「アプリリス。あの光は何なんだ?」

 質問するのは邪魔だろう。結界用の魔道具を常に操作していないとも限らない。観戦を妨害した事は確かだ。

 背を見せたまま、視線が向けられる。

「魔法です。殺傷性は低いもので発光しているのは訓練用でしょう」

「わかるのか?」

「はい。結界を挟むと手間は増えますが、危険かそうでないか、おおよそ判断なら可能です」

 魔法が使えない人間は対処のしようがない戦いだろう。

「魔法戦では、場を押さえる事が勝利と言えます」

 アプリリスの顔は戻された。

 結界の内にあった光の群れが消え、見やすくなった中をラナンが駆ける。ゲイザとの途中にめくれ上がった地面も、剣のひと振りで大きく崩した。


 肩幅ほどある土壁を軽々と崩す。水気のある地面だとしても、剣を立てるほど刺し入れる事は難しい。岩と比べては脆い材質でも重さはある。切り崩せる物体とは思えない。

 壁を作った側も相当だ。回り込める幅ではあるものの、人力で作るには面倒な作業である。魔法で手早く済ませられるのなら、村を作るにも便利だろう。

 聖者と使徒という特別な存在が扱えるだけかもしれない。


 距離を縮めるラナンも辿り着く前に止まる。

 目標のゲイザから黒い粘体が噴き出し、飛び散りが地面に落ちた時には、半球状の塊が生まれていた。

 大きな飛沫を避けて下がったラナンが再び近付いて、黒い塊に剣を打ち付ける。結界を越えて聞こえる硬い音が、ゲイザの防御が頑丈な事を伝えてくる。

 表面に広がる波打つような小さな揺れは、剣によるものではない。

 一方的に攻撃しているラナンの、踏み込みを加えた斬り付けでも、黒い塊に少しも影響を与えていない。表面に見える波は受けた衝撃を伝えていない。


 ラナンが距離を作る。結界の中央ほどに下がり、後方にいるフィアリスに声をかけた。結界の外にまで届く合図を受けた後、剣を下段に構え、姿勢を保つ。


 目の前にある戦いの間に挟まれた静寂は、魔法という射程が見えない存在が関わっているのだろう。攻守が切り替わる事は、経験上分からなくもない。弓の形も無く、攻撃を受ける向きも機も読めない。飛ぶ矢と異なり、守りも備えている。

 魔物がこんなものを使うなら、並の人間では対処できない。探索者だって大抵は無力だろう。魔法を使える人間がいなければ、大勢の人で一体の魔物と戦う事になる。


 ゲイザの防御を越えるにも、非現実な手段なら考えられる。

 壁で囲み、水を注ぐ。溺れさせる事もできるかもしれない。城壁のような高い場所から重たい石を落とす。人間とは比べられない力なら攻撃できるかもしれない。

 まず無理だ。相手が待ってくれるはずもない。邪魔される事もあれば、その場から逃げられる事もある。前もって準備を整えても、罠に誘い込む前に殺される。大勢の犠牲を前提とした手段だ。

 目の前の戦いには加われず、眺める事しか出来ない。


 止まっていた視界に変化が加わる。ラナンから淡い光が現れた。

 粉が舞うような形の定まらない光が全身を短く包み、持ち上げる剣には白い軌跡が残る。


 そんな様子を見てなのか、ゲイザを包む黒い塊が形を乱す。

 球の表面に膨らみが1つ現れ、人間ひとりを包めそうな大きさになる。一気に伸びて、ラナンへ届いた黒い腕は崩れ落ちた。

 剣から漏れる白い光が途中まで崩れた腕から現れる。剣と黒い塊との接触は、先ほどまでと違う反応をしていた。

 黒い液体が染み込まず、地面に広がったそれを踏むようにラナンが進む。次々と生み出される黒い腕も、ラナンに押し付ける前に途中で止まる。止められた辺りに膨らみが見えるため、阻まれているような状況だろう。


 黒い腕は離れたこちらから見ても素早い。しなりを持って振るわれる腕は、音を立てて透明な何かにぶつかっている。結界だろう。ラナンでなければ、後方で止まっているフィアリスが生み出しているのかもしれない。

 人ではない腕は、サブレが使っていたものと似ている。昨日の話を聞いて、似せたのかもしれない。肉の見た目とは限らず、魔法で同じような事は可能なのだろう。

 同時に、サブレが敵だったとしても聖者や聖女に対処の方法があるという事を示している。ゲイザは演じているなら、目の前の戦いは殺し合いではない。


 ラナンは黒い巨腕の群れに紛れて、こちらからは見えなくなった。

 包み込んだ黒腕が新たな塊を作るが、後方のフィアリスは動いていない。上部から白い光を放出して溶け落ちていく。

 光の霧が伸びて、剣を形作る。再び姿を見せたラナンに泥汚れは無く、聖者の服装を晒して、掲げた剣を振り下ろす。

 黒い泥を退ける光が、ゲイザが留まる黒い防御の壁を断ち切った。

 ゲイザから反撃は無い。剣を留まらせるラナンも静止しており、フィアリスにも動きは無い。


 白い残像も消えて、切っ先が宙に残る中。形を失っていく塊から、ゲイザの姿が浮かび上がる。

 膝は地に着いている。肩から入り、腹の途中まで刺さった光の剣が崩れる姿勢を支えていた。

 沸き立つように減っていく黒い泥から、垂れさがった腕と手が見える。光の剣が散らばって消えると、ゲイザが傾いて倒れた。

 地面の泥が消えたところで、フィアリスがラナンに寄る。

「終わりましたね」

 聞こえた後、結界は薄れて消えた。


 ゲイザの元まで進む。アプリリスの横に立ち止まって、倒れている体を見た。

 死亡している事は確かだ。泥の汚れが残る衣服は綺麗に裂かれており、崩れた姿勢は割れた断面を見せている。

 人間と思えない見た目だ。

 血や臓器は見えている。薄紅色の結晶じみた塊が肉のあちこちに散らばっている。こんなものが肌の下にあるなら、日頃から違和感を持つだろう。

 肉の断面から、細かく割れる音が聞こえてくる。硝子よりも軽い。枯れ枝を割るよりも硬く、石を割るような響きが小さく続く。

「ラナンの魔法の結果なのか?」

「いいえ、使徒の肉体とはこういうものです。……フィア、壺の用意を」

 アプリリスが命じると、フィアリスは馬車へ向かった。

「魔法で失敗して身を壊す、という話は知っていますか?」

 魔法を教わる際にアンシーから教わっている。

「使徒は魔法の扱いに優れている、と同時に、魔法に必要な魔力を多く蓄えている存在でもあります」

 自分に魔力を蓄えている自覚は無い。魔法を扱う以上、理解すべき事なのだろうか。

「魔法の運用が増えるほど、魔力を過剰に溜め込む事に繋がり、細かな制御の誤りでも、長く続けば身体に影響を及ぼしてしまう。このような状態、結晶化が見られるのは、使徒だけに限りません」

 話の間も音は続いている。透けのある結晶が増えた断面は、凹凸に強調されて、人の肉とも思えない。

「使徒の肉体も老化はします。臓器が衰える事も同様で、単純な寿命では、変わらないどころか一般より短いです」

 単に結晶を抜き取れば済む問題ではないのだろう。

 断面を見る限り、体のどこにでも石が埋まっているようなものだ。結晶が生じるたびに動いているらしく、血を弾いて浮き上がる。

 細かく見た目が変わるために、細かい何かが身を蝕んでいるように見える。解体の機会があっても避けたい。まず触れたくない。

「衰えた体機能を魔法で補う。魔力を扱うほど結晶化の影響も強まり、症状を抑えるためにも魔力を利用するようになる」

 戻ってきたフィアリスは、壺を両手に抱えている。 

「末期になると、使徒としての能力は著しく失っています」

 アプリリスも顔を向けて、気付いたらしい。

「処理を行うので、一度下がってください」

 何も言わずに立っていたラナンも同じ位置に来て、アプリリスの行動を待つ。


 ゲイザの死体を包む結界が作られ、中が燃え上がる。

 誰も何も言わずに、燃えて崩れていく様子を眺めた。



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