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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
5.従属編:125-157話
148/323

148.落命



 湖のほとり、木々の無い場所に馬車は止まった。

 聖者と使徒が戦う、この空間はダンジョンの通路と比べれは断然広い。王都の城壁を横倒しにすると中ほどまで湖に沈む。庶民の家が十軒は建つほどの土地が空いている。

 剣を交わすには広い場所でも、自然に囲まれた場所で、周辺に遮蔽物が多い。魔物の遭遇を警戒するためにも、森と湖から離れて戦うだろう。

 当初は地下室と聞いていたが、後から変更されたようだ。


 安全だけを考えるなら村の中を戦いの場に選ぶ。私闘なら迷惑を減らすように、村の外か、街道の脇を選ぶかもしれない。そうもいかない事情がある。

 使徒を殺す。公に認められた行為でも、殺しの現場を隠す事は納得できる。処刑で殺人に見慣れているとしても、今回は別だ。

 ゲイザは罪人ではない。村人にとって犯罪者より、身近な存在であるはずだ。親しい人間が殺されるのは、好ましくない。

 殺す事実は連絡するとしても、住民全員に見せつける必要は無いだろう。


 連れてきた獣魔たちを休ませ、空いた土地の中ほどまで進む。

 自分たちのいる場所以外は、湖と森の間に余裕が見えない。広がる水に根元を漬けた木々が遠い対岸まで続いている。川を避けて進んだだめ、河口からも離れている。

 切り開かれたような土地は、自然によるものとは思えない。川から村に水を引けるなら、湖も利用する計画があるのかもしれない。

 何も目的が無く、道を作る事は無い。


 とはいえ、日頃から利用するには不便な代物である。

 整備が十分ではない。茂った草葉に通る馬車は側面を汚す。均されていない地面は粗く、雑草に隠れない靴が埋まる穴も所々にある。旅人が歩くにしても酷いものだ。

 当然、馬車の歩みは遅かった。

 街道には無い揺れが度々起こっていたため、姿勢を崩さないよう常に意識していた。


 馬車の方へ振り返ると、一緒に乗せられてきた使徒も湖の方を見ていた。

 戦うというのに、ゲイザの服装からはその気が感じられない。礼服のようにも見える上質な服装は、戦闘のために作られた品ではないだろう。激しい動きには向かない恰好は、昨日の食事会の様子と変わらず、普段使いの物かもしれない。

 対して、馬車の中で準備をしているラナンは、戦闘を考慮した服を着ていた。


 ゲイザがこちらに顔を向ける。そばまで近寄って来る前に停まった。

「近付いていいですか?」

「少し待ってください」

 雨衣狼がそばにいるため、一度待ったのだろう。身に危険が無ければ襲う事もしない。待機を命じてから、ゲイザの所に行く。

「彼らとの付き合いは長いですか?」

「はい、出会って半年ほどです」

 先に呼び出した夜気鳥でさえ半月多い程度、五十年も生きる人間の付き合いからすれば、短いだろう。

 寿命の短すぎる魔物は、特殊な場合を除いて獣魔に選ばれない。獣使いであれば、数年は獣魔と共に暮らす。

 ただ、一年も経っていない自分の体感では、大体の日を獣魔と過ごしてきた。

「触れてみても?」

「一応は気を付けてください」

 獣魔だとしても、魔物に対して警戒するのは普通だ。


 シードを近寄せると、ゲイザが手袋をつけた手を差し出す。

 こちらがシードの正面に屈んで様子見する。機嫌は良くも悪くもない。ゲイザの手を気にした顔も少し経つと反らしていた。村の中に閉じ込めていた不満も無いようすで、首周りを手で揉むと好意に反応してくる。

 ゲイザはシードの背をひと撫ですると、感謝を告げて手を遠ざけた。


「体に触れた事は、一度もありませんでした」

 湖に体を向けたゲイザが言う。

「若い内に知っていれば、こうはならなかった」

 こちらに話す言葉ではなさそうだ。

「ただ、私が違ったところで何も変えられない」

 ゲイザは閉じた指を動かしている。

「力が足りず、皆の命を預かるには頼りない」

 湿気の多い空気は、手袋の下では感じられないかもしれない。

「これで良かった」

 体を戻して、こちらに向く。

「やはり、心残りは消えませんね」

 見せた笑みを薄めると、ゲイザは体の向きをずらした。

 ゲイザに合わせて後方に振り返る。


 戦う準備が整ったらしく、ラナンとフィアリスが馬車から現れた。

 それぞれが白と黄の輝く剣と杖槍を持っている。

 道具として実用的に納まる宝飾は、持ち手を選ぶ。青や赤の明るい色味の付く武器は、聖者聖女の服装でなければ似合わない。

 個人行動の多い探索者は、明るい染色に手を出さない。聖騎士の訓練着でさえ白と灰が主で、着ている自分も色味の多い武器は似合わないだろう。


「アケハさん。手袋を預かってもらえますか?」

「はい」

 聞こえて向き直す。

 答えた後に手を差し出すと、目の前でゲイザが手袋を外した。

 すこし痩せた肉付きだろう。指には骨と関節の形が表れており、筋張った手の甲は老いを強く思わせる。この体を保てるほどの食事も行っていなかったため、使徒特有の何かがあるのかもしれない。

 洗礼の印は手袋にある柄と同じ、戦士を示している。手袋にある通りの色合い。これほど濃い印は聖者であるラナンの手にも無い。濃い印が手にあったアンシーも使徒なのだろうか。

 ゲイザの手袋を持って、馬車に向かう。


「戦う時もその服なのか」

「聖者は目立ってこそですから。鎧の場合はこれ以上に光りますよ」

 ラナンは自身の体を見て確かめる。動く顔に取り付けられた眼鏡は、目を保護するために耳の左右まで幅広く覆っている。

 硝子でもない軽く丈夫らしい素材は、耳当ての細工がなければ見失うほどだ。武器に加工すれば、刃を見せたままでも、堂々と市街を歩けるかもしれない。

「離れた場所から、学ばせてくれ」

「わかりました」


 隣を通り過ぎてから、アプリリスと会う。

「手伝ってもらえますか?」

「ああ、運ぶ位置を教えてくれ」

 馬車の脇に置いてあるのは箱型の魔道具だ。

 障壁を作り出す事が可能で、囲んだ内と外との干渉を防ぐ。今回は、戦いの影響が外に漏れるのを防ぐために使う。

 それなりに質量のある物で、自分は左右の手に持つだけで限界になる。上部のへこみに持ち手が付いており、一応の携帯性を備えているため、投げるだけでも武器になるかもしれない。操作方法は知らない。

 手袋を馬車の中に納めてから、アプリリスの指示で広い四方に置いて作業を終える。

 蹴っても転がらない重さがあり、剣で叩き壊す事も難しい。風で転がるなんて事は当然無い。唯一気にする魔物の存在も、外にいる者で防げば問題は消える。

 待つだけになるとアプリリスは杖を手にした。結界が壊れた場合の緊急には、アプリリスが結界を作る。


 ラナンとゲイザは続けていた会話を止めて、こちらに顔を向けてきた。

「アプリリスさんの結界を確かめたいそうです」

 ラナンの声の後、アプリリスが顔を向けてくる。

「行きましょう」

「わかった」

 レウリファに獣魔の指示を任せて、アプリリスの後ろに続く。


「万が一を考えて、貴方の防御を見せてもらえませんか?」

「はい、少し離れた場所に作りますね」

「お願いします」

「湖の側に作りますね」

 ゲイザの要求にアプリリスが答える。

 合図の後には、離れた位置に透けのある青い壁が生まれた。

「羨ましい。……打ちますね」

 ゲイザがつぶやく。

「はい、どうぞ」

 ゲイザが手を向けると、壁の方から小さな衝突音が届く。何も見えず、何かが当たった事実は音以外に無い。


 出現した壁といい、ゲイザが試した事も、何をすれば可能になるのか予想ができない。

 何の魔法なのか、討伐組合の資料では探し出す事は難しい。自分が調べた限り、魔物の行動について詳しい情報があっても、魔法の索引までは無い。

 素人では対策も考えられない魔法だ。扱う魔物がいるとすれば、身近に生息するような、脅威の少ない魔物ではないだろう。

 聖女物語にあった魔法も、何でもありという印象しか得られず、実際の知識にはならなかった。

「安心しました」

「後の事はお任せください」

 アプリリスと共に場を離れたところで、聖者と聖女が使徒から距離を取る。


 獣魔を背後に、レウリファを隣にして、戦いの場を眺める。

 先に立つアプリリスが横目を向けた後、手に持つ杖を掲げ地面を付く。

 湖にも似た青が視界を広く埋めた。



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