147.思い出の最後
食事を終えて、席を立つ。
「アケハさんとレウリファさんをお借りしても?」
ゲイザの要望を聞いて、アプリリスがこちらを向く。
「行くよ」
隣のレウリファにも同意を確認して、食堂から出ていくゲイザに従った。
明かりのある通路を外れると、ゲイザの手の明かりだけになる。
魔道具の照明も安くない。手元に明かりを作れるなら、屋内照明は抑えているのだろう。
「どこに向かっているのですか?」
「塔の上です」
一定の方向に進んでいるため、端の方に向かっているのは分かっていた。ゲイザの向かう場所で間違いないだろう。
ゲイザの体で隠れている光は前回より明るい。
「この上です。転倒には気を付けてください」
扉をひとつ抜けて、壁材が石に切り替わったところで立ち止まる。
通路より広く、乾いた臭いに包まれた空間には上へ向かう階段があった。石積みの壁面と木の柱は塔という形を保つだけの構造をしている。歩いてきた建物は後から建て増しされたのだろう。
細工の少ない手すりを片側に、壁伝いの登りを進む。通路と異なり、レウリファが背後に回る。天井は見えており、特別高いという事も無い。上から落ちたら死ぬ事は確かなくらいだ。
見えていた天井が足場になって最上部に着いた。
壁が無く、柱だけに支えられた暗く平らな天井。その外にある星空では所々に雲が浮いている。そばにあった光が弱まり、外の明るさが目に入った。
日の落ちた一帯は暗い。一望できる景色には、王都の自宅からの展望と違う、営みに近い明かりがある。目を凝らせば建物の形や人影を捉えるかもしれない。
村を囲む壁の外、街道には点々と群がりがあり、足の遅れた旅人は少なからず存在しているようだ。遠方に光は無く、他の都市や村は見えない。
「都市と比べれば小さいものです。それでも初めて眺めた時より広くなりました」
見ていた明かりがひとつ消える。日に従うだけなら照明は不要だ。明かりを保ち続けるのは用がある者だけだろう。
「人と接するより、この光の方が応えてくれる。ひとり生き残る事は、私には寂しい」
村を上から眺めるのはゲイザくらいだろう。門の見張り台もここと比べれば低い。
「村を伸ばすのが下手でして。見栄えも考えずに、何度も防壁を広げたものです。私のために建ててくれたのに、当時の方には申し訳が立ちませんね」
畑のある場所では明かりは少ない。建物に光が集まっているのは、王都も変わらないだろう。村の中を通る水路は形も浮かばず、そこにあるという事だけわかる。
「私が若い頃は、この辺りも害獣が多く、夜には防壁の傷が増えていました。今では大きな魔物の報告も無く、村の者たちで対処できるようになっています。以前は周辺の魔物をよく狩っていました」
「川から水を引いて、安全なのですか?」
「引き込んでいる場所には、大きな個体が通れないように柵を組んでいます。見回りをしていて、住み着いていた魔物も今では姿を現さなくなりました。湖の方は危険も残っています」
壁外の自然に詳しくない、ダンジョンを往復するだけの探索者でも、川が危険な事を知っている。姿を捉えにくく、潜まれている水中では、人間に地の利が無い。
村に水を伸ばす以上、対策は当然なのだろう。
「貴方が羨ましい」
自分かレウリファか。
「教本外の魔法を扱える人間は多くありません。使徒が寿命を大きく損なうのは魔法に失敗した時です。私も随分体を壊しました」
おそらく、自分に向けた言葉だろう。
教本という存在を知らない。魔法を学ぶ際に、危険をともなう事は教わっていた。
自分が使う、硬化は難しい魔法なのかもしれない。魔法を覚えるために魔道具を用意する。環境を整えられる者は限られているだろう。
「扱えない人の身では危険すぎる。ほとんどの人間は激しい流動の中を生き残れない」
魔力の制御を怠るな、と忠告を受けている。自分の体で試す事は特に危険だろう。
ゲイザは魔法に関してこちらが知らない事を知っている。教育も受けているなら知識も広いだろう。
「ゲイザさんは魔法に詳しいのですか?」
「使徒として最低限の素養は持っています。聞きたい事があれば、自由にお聞きください」
聞きたいのは、サブレの事だ。
「傷口を肉で埋めるような魔法はありますか? 流血を防ぎ、少々の動きでは傷口も開かないといった様子でした」
「それは初歩の治療魔法でしょう。傷口を埋める、肌の傷を隠す程度の効果です。本当に埋めるだけですが、流血の多い場合の一時的な処置として有効な魔法です。探索者には満足できない魔法かもしれません」
ニーシアを治療したのは、どうやら魔法らしい。
「肉を動かす事も可能ですか?」
「無駄が多いですが、十分可能です。教本の魔法も体の外で扱うものが大体で、触れずに物を動かすのは多くの魔法に共通しています」
物を動かせるなら武器が良い。魔物と距離を置いて攻撃できれば、探索者も楽に仕事ができるだろう。
高価で重たい矢を使うか、覚えるために大金が必要な魔法を使うか。身一つで稼ぐようになる事が前提になってしまう。
「体が冷えると悪いですから、そろそろ下りましょう」
弱い風でも夜の空気は冷たい。ゲイザの提案に従うべきだろう。
塔を下りて、元の通路に戻る。照明があるところまで行くと、ゲイザとは別れた。食堂に戻り、ラナンたちと合流した後は、ゲイザの家を出た。
手にある反射灯が前方の道を強く照らしている。
徒歩で進む、足音が5つ分。聖者聖女に同行しておきながら、食事会の後片付けに関わっていない。護衛としても実力は無く、頭数を増やしているだけだろう。
「使徒様とは、良い話ができましたか?」
「聞きたい事は聞けた」
「そうですか」
アプリリスとの会話は短く終わる。
「明日は湖の近くに行きます」
村から離れた壁外で、聖者と使徒が戦う。魔物の邪魔が入るかもしれない。
「獣魔を連れて行った方がいいのか?」
護衛として周囲を警戒させるのも、手段としてある。
「いえ、獣魔は村に留まってもらいます」
「わかった」
連れてきたために食費や道具の整備で無駄を増やしている。相手が気にしないなら構わない。
こちらとしては、獣魔の食費が少なくなるだけでも助かる。ヴァイスの治癒を待ち、探索者の活動を再開するまでの時間を稼げた。数日でも稼ぎの有無は大きい。
周囲の明かりが消えた道を、静かに歩いて馬車に戻った。




