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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
5.従属編:125-157話
145/323

145.聖者とは



 夕食後。二つに分かれた机は、経路を広げるように両側の座席に寄せられている。

 食器が片づけられ、馬車に備え付けの茶器に置き換わった机の片割れは、自分とアプリリスを隔てている。

 室内を換気するように風が流れる馬車内は、料理の臭いが薄まりつつある。寝台の組み立てにはまだ早いのか、始める提案も動きも無い。入浴を急ぐ必要の無い、火と薪を気にしない環境は非常に便利だ。訓練後に体を拭いたため、着替えるだけでもいいだろう。


 対面に座るラナンとフィアリスは、戦闘能力が高い。訓練を見て確信できた。

 人間の女性は弱いという考えも、戦闘経験の差に比べれば、価値の低い判断材料だ。探索者は生き残っている者ほど強いという考えでも、活動期間が浅く、休暇も多い、自分には適さない。獣魔という攻撃手段を持っている分、個人の能力も劣っていると考えるべきだろう。

 レウリファの相手をしていたフィアリスに劣る様子は見れず、服を汚す姿も無かった。アプリリスも聖女であるため、聖者と共に戦闘に加わるだけの技量は持っていると考えられる。レウリファに負ける自分は、一番弱いかもしれない。確実に弱い。

 聖者という者が、実際に戦闘能力を持っている事は実感できた。


「聖者は老人になっても戦うのか?」

 聖者が一人しか現れない事は、フィアリスから教わっている。

 新しい聖者が現れるまでに、先代が高齢になっている可能性はあるだろう。戦い続けるにしても限界はある。

 洗礼を受けて聖者になった者が、最初から戦えるとは思えない。先代の聖者と入れ替わりになるとしたら、公に伝わるまでに鍛えてもらうのだろうか。

 この程度の情報は他人から容易に聞き出せる話題かもしれない。本人と関係者に聞いた方が、詳しい話を聞けるはずだ。


 ラナンが言葉を選び出すような声を作って、フィアリスと顔を合わせる。

「戦えなくなったなら、引退すると思います」

 こちらに顔を戻したラナンは、言葉も表情も弱い。断定も覚悟も無い、疑わしい様子がある。

「これまでの聖者が高齢になる前に死んでいて、老人の聖者という実例がありません。老化を理由に引退するまで、生きられる自信は無いですね」

 魔物と戦闘する探索者は、一般より寿命が短い。直接の死因でなくても、怪我が重なれば、体に影響も残る。聖者が比較的短命という事は当然の内だ。

「現役の内に死んだ方が、民衆は助かるのかもしれません」

「嫌な言い方だな」

「はい。聖者が死んで新しい聖者が現れるまで十数年の間隔があります。戦い続けるなら別ですが、高齢で戦えなくなった聖者は邪魔かもしれません。引退したところで洗礼の印は消えませんから……」

 他人のために死を求められるのは、不快だ。

 フィアリスが反応して、ラナンが小さく謝る。

「もしかしたら、長生きしても問題無いのかもしれません。聖者が定期的に選ばれる存在なら、聖者が二人になる可能性もあります」

「どのくらい、生きれば確かめられるんだ?」

「五十歳程度です。普通の人でも死ぬかもしれない年齢ですから期待できませんね。歴代の聖者は三十前半がほとんどで、空白期間を乗り越えるのは難しいです」

 十数年の間隔を越えた聖者がいないとなると、期待できない望みだろう。

「もしかして聖女も同じなのか?」

「近いと思います。聖者が現れる前に、二、三人現れますから、洗礼の印だけで選ばれるので、召喚の儀式をする聖者とは違いますね。長生きする人もいて、次代の聖者と顔を合わせた者もいました」

 聖女は長生きできるらしい。

「先代の聖者の事を教わったりするのか?」

「かもしれません。僕の場合は資料で知りました」

 ラナンの場合は先代の聖女も死亡していたようだ。

「魔族や魔物と戦うのは事実なのか?」

 書き物で知った情報で、創作の物語であるため信用は薄い。

 この際聞いておいても良いだろう。使徒ゲイザが知っていた先々代はともかく、先代の情報なら人伝でも残されている可能性はある。光神教も記録しているだろう。

「はい。ただ、先代は無名に近いです。魔族を倒しただけでも大きな活躍だと思うのですが、魔物の王を討伐できなかった聖者は、評価が悪いのかもしれません」

 物語に書かれていた聖者は、実物と変わらないらしい。

 大半の人間が洗礼を受けている以上、聖者を疑い光神教を疑うのは怪しまれる。気にすることなくラナンは話してくれる。

「魔物の王を討伐できず、帰還後は活動を抑えるようになって、数年で死亡する。先代までの三代が連続で討伐に失敗しています」

 魔物に都市を奪われる事態は防いでいる。魔物の王なんて存在より、目に見える魔物が攻めてこなければいい。都市が魔物に襲撃され住民に被害が出た事も、責めるべきは魔物だろう。

 失敗して以降活動を控える、というと探索者では怪我や資金難を想像してしまう。

「人間の脅威となる魔物と戦うのが主な役割ですが、大規模な犯罪者と戦う事があれば、戦争に駆り出される場合もあります。ただ、魔族や魔物の王の討伐と違って、広く知られるのは難しいですね。悪人であっても殺しに対して悪い印象を抱く人もいますから」

 事情どうあれ、人が人を殺す光景は見たくない。懸賞金がかかっている相手を探すような人間は少ないだろう。

 聖者は個人かつ強力なだけで、軍人や探索者と扱われ方に違いは少ないようだ。

「変わらない特徴といえば、洗礼を怠ける事だけかもしれません」

 聖者を見つけるためにわざわざ儀式を行っている事に疑問はある。目の前のラナンが光神教に従っているため、聖者が洗礼を避けている事は無い。

「聖者の活動を疑うような質問で悪かった」

「いえ、聖者への感心が低くなっている事は当然です。探索者の信用みたいに貢献次第ですから」

 光神教が推している分、貴族が推している探索者みたいなものだろう。

「聖者個人に頼らなくなる事も、一概に悪いとは言えません。聖者単体では不可能な事は多くあるので、人間全体で協力してくれた方が有効な手段も多いと思います。聖者が失敗続きでも、人間の領域は広がっていますから」

 魔物が攻めてきても最悪の事態にはなっていない。魔物の王を倒せていない状況に慣れてしまうと、油断していしまいそうで怖い。

 知らない内に悪い事態に追い込まれて、取り返しのつかなくなるのは嫌だ。余力のある魔物の王や魔族が、過去に無い襲撃を計画しているかもしれない。無い事を疑うのは無駄だが、無いという断言もできない。

 戦力が限られているため近い危機から対処すべきで、判断には多くの情報が欲しい。

「明日の晩さん会では、何をすればいいんだ?」

 ラナンは一度アプリリスの方へ顔を向けた。

「アケハさんは、今みたいな会話でいいと思います。僕も話し相手みたいなもので、ゲイザさんと料理を楽しむだけです」

 料理が多いため、味の話題は楽だろう。

 長生きしている相手から、何らかの教えを貰えるかもしれない。

「アプリリスも、それで構わなかったよね?」

「はい。一緒の場にいてもらえるだけで十分です」

 アプリリスはこちらに顔を向けてくる。

「わかった」

 会話を終えると、眠る準備を整えた。



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