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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
5.従属編:125-157話
143/323

143.使徒となり



 会話をしていない自分はともかく、話している者は口が乾くはずだ。

「使徒解放の日取りは、本当によろしいのですか? 私にとって月巡りで最良の日になっています」

 月巡り。事前の説明ではそのような言葉は聞いていない。

 決まった計画に加えられただけの自分では知らない事情はあるだろう。

「本気で抗いますよ」

「構いません」

 人間を殺す事を公に示す事は、教会ほど大きな組織なら分からなくもない。何も知らされず、知人を殺すような存在は危険だ。次に自分が殺させるかもしれないなら逃げる。

 使徒という存在でなけば教会に殺される事は無いという、多数の安心のために使徒が抵抗する機会を増やしている。 

「聖者も欠かせない要素を学ぶ事ができます。強い方が訓練になります」

 殺させる事を訓練と言われたゲイザに不満な表情は見えない。

「結界の方も携帯できるものとしては最良品を用意しました。私も重ねて行使するので周囲への影響は抑えられるかと」

 淡々とアプリリスの説明が続いた。

「聖者が殺されてしまう可能性は、考慮しないのですか?」

「その場合は私が止めます」

 ラナンとゲイザの強さを知らず、比べられない。

 魔族退治に聖者を前面に出している分、聖者の方が強い印象はある。使徒を殺してきた者が聖者に限らない事も大きい要素だ。

 知らない都合があるなら別だ。歴代の聖者の死因も知らない。

「……直前に試してみますか?」

 アプリリスの言葉に、揺れたゲイザの表情は緩やかに消える。

「そうさせてください」

 周囲に影響のある戦いと言われて、思いつくものが少ない。地面が血で汚れたり、建物に傷がつく程度の影響では済まない事は推測できる。

 辺境都市への魔物襲撃では、地形に跡を残し、都市住民にも被害があった。ダンジョン最深部の襲撃では、魔物に溢れて、建物も壊れていた。

 大勢が関わるでもない、聖者と使徒の2人による戦いが、どうなるかは予想できない。対策を求める以上、自分が魔物と戦う光景よりは、激しいものにはなるだろう。

「場所に関して、希望はありますか?」

「できれば、この家の地下室でお願います」

「わかりました」

 即決している。戦える広さはあるのだろう。


「あの!」

 言ったフィアリスが体を傾けながら見回す。

 発言を待つように、会話の間を超えて静かになる。

「殺される事は嫌ではないのですか?」

 殺す相手から言われると、侮辱と思われかねない。

「それは難しい質問です。もちろん、死ぬのは嫌ですよ」

 気にした様子も無く、ゲイザは笑みを見せた。

「生きていく方に悪い物言いですが、飽きている部分も多くあります。それに死が迫っている事は、避けられない事実ですから。……幼い頃に比べれば、あいまいな恐怖は少なくなりました。他より死が遠い分、考える時間もありました。私は恵まれています」

 笑みを消したゲイザが、動きの少ない両手を重ねる。

「この村に留まるには、私は大きくなり過ぎた。このまま生き続けても、無価値になるか、枷になるか。あまり、良い方には向かわないでしょう」

「理解も、共感も、難しいです」

 フィアリスの声には、言葉と同様に戸惑いがみえた。

「私の勝手な考えですから。他の使徒は違う答えを持っているかもしれません」

 ゲイザはラナンの方へ顔を向ける。

「聖者様」

 ひと言告げられる。

「私が若い頃の薄れた記憶ですが、先々代の聖者様にお会いした事があります」

 ゲイザが若い頃に先々代となると、聖者が呼び出される間隔は随分と間がある。ゲイザが百年生きているなら、五十年近く。

 聖者が一人しか現れない事と、寿命に当てはめれば納得できる。聖者が生きている間、次の聖者が生まれないという形なのかもしれない。

「遠目で見た、あの方は熱心に訓練をしていました。何度倒されても起き上がり、諦めないあの表情。今の貴方のように素直そうな方でしたよ」

 アプリリスの陰に隠れて、ラナンの表情は見えない。

「ですから、ラナン様は気にならさず私に攻撃してください。最後に何かを残せるというなら、踏み台にされても構いません。私も全力で戦いましょう」

「ありがとうごさいます」

 ラナンは礼を見せる。

 話し合いは終わった。


 ゲイザと彼の明かりを離れて、屋敷の扉を閉じる。

 明るい外は、先ほどいた中よりも落ち着く。地で包まれたダンジョンのような暗さと道を示す明かり。奥に進むほど、ただ出口が遠くなる。迷宮酔いは無い。

 横腹を弱く突かれる。

 横へ振り向くとアプリリスがいた。

「使徒の方を悪く思わないでください。神威をまとう者は意図せず避けられるものです。あの方は、かなり抑えてくれていました」

 女神の洗礼を受けた中でも、使徒という優れた者なら神威をまとうらしい。

 人間が魔法を使えるようになる洗礼でも、能力は均等ではない。力量差だけで見た場合、魔法を上手く扱える者は、扱えない者からすれば脅威だ。

 どちらかしか生き残れない状況では、という仮定は、壁に囲まれた中では意識する。限られた食料、土地。生き延びるのは優れた者だろう。神威というのは、強さや社会的な立場と関係無い、別の何かだろうか。


 自分はゲイザに近づいて神威を実感していない。周囲が無自覚に嫌ってくるなら、使徒は人々の中で暮らしずらいだろう。

 光神教は使徒という明確な差を人々に教えて、適切な生活環境を作らせている。洗礼によって使徒になった者には、必要な援助かもしれない。

 使徒が神威をまとうというなら、聖者もありそうだが。


 歩く間に庭を出て、道を進む。ラナンとフィアリスの背は距離を保った前にある。

 隣のアプリリスは、二人の背を目で追っている。

「使徒は何の仕事をするんだ?」

「基本的には、他の人とは距離を置ける作業ですね。魔法を活用したり、長年生きた方は村の経営に関わる事もあります。多く方に共通する仕事は魔物の退治です」

 いくら魔法が使えても、戦いに向かない者はいるだろう。生きる術が多いのは良い。

「ゲイザさんは、魔道具への魔力供給をされているそうです。魔物の撃退は、以前に引退したと資料に書かれていました」

 魔力の扱いが上手い者の儲かる仕事だ。魔道具が使われる場所なら、使徒は確保しておきたい人材になる。

「使徒はどうやって魔法を覚えるんだ?」

 魔法は誰かに教わるものだ。使徒になったところで、指導を受ける金がなければ、有能にもなれない。魔道具の補充でも、魔力の扱いを間違えれば危険だろう。

「使徒と判明した者は、教会が身柄を預かります。これは強制で、親には通達のみ拒否はできません」

 働き手を失った親は不満を言いそうだ。

「教会の監視下で教育を受けるのですが、身に着けてもらう教養の中に、魔法も含まれているといった形ですね。ですので、基本的に使徒は複数の魔法を覚えています」

 聖者や聖女も、同じような教育を受けるのだろう。

「魔法を扱う際の規制は多く、自治まで叩き込む課程は、貴族教育に近いでしょう。中には独学で魔法を体得した方もいるそうです」

 言い終えたらしく、アプリリスの顔がこちらに向けられる。

「助かった」

「何かあれば、いつでも聞いてください」

 顔が戻され、自分も意識を前に向ける。

 歩いている道は視界が良好で、通行に余裕もある。

「教会の経過観察ですが……」

 途中で呟かれる。

「監視だけでなく、不当な扱いをさせないように地主への牽制の意図もあるのですよ」

「そうか」

 光神教は洗礼だけでなく、多くの仕事をしている。説明できる聖女も、教育されているのかもしれない。

 途中で、隣を歩いていたアプリリスと距離が生まれる。

 遅れを戻そうと速足になる前に、隣にきたレウリファと並んで歩いた。



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