142.使徒ゲイザ
芝は低く広がっており、花壇と植木が視界を寄せるように彩る。管理の行き渡った庭を通り抜けて建物に入った。
建物に入って玄関から見えたのは、貴族然とした内装だ。艶のある木の質感で視界の多くが埋まる。流れるような装飾が階段に施されおり、それに似合う家具は直線的な建物の構造を紛らわせている。
赤みのある暗めの照明は、部屋の隅に影を残されている。部屋の輪郭がおぼろげで、踏み込んでいいのか迷うような奥行があった。
村とは全く異なる、俗らしさを感じない。
光を取り込もうとする意志さえ感じられない光景は、拒否感を受け取ってしまう。最後に立ち入った自分は背後の扉を絞めると、一層暗くなる。
部屋より一回り小さい絨毯は、運び込む際に苦労したはずだ。取り換える際には、室内のすべての家具を移動しなければならない。端にしか家具が置かれていない玄関でも、管理は面倒だろう。
使徒が住んでいる家のようだが、到底一人で管理しきれるものではない。使わない部屋は封鎖して管理の手間を省いたり、村の人間も協力したりするのだろうか。
こもった空気は無いため、掃除を欠かさず、換気も行っているのは分かる。
部屋の装飾に目を凝らしていると、階段を下りる音が鳴る。
上の階から人が下りてきた。
落ち着いた動きに合う、布の広い服装をする男は礼儀的な笑みをしている。
若い。自分と比べて年齢を重ねている事は確信できても、三十前半が限界だ。時間の経過を感じない容姿をしている。
敷地の外でアプリリスと話していた者は、古くから世話になったと言っていた。四、五十を過ぎていそうな者が子供の頃に接した相手だ。同年代でさえ老衰で死んでいる場合がある。目の前の人間が、その相手とは考えられない。
男はアプリリスの方へ体を向けて、静かに礼をする。
「昨日は手間を取らせてしまい、申し訳ありません」
「先触れまで丁寧にしていただけて、こちらも助かりました」
「連絡しない場合でも、状況を待っていただけましたか?」
「それは確かですが、どちらにしても同じだったと思います。これまで村に無かった事ですから」
アプリリスと話す様子から、召使いの人でもないだろう。
「聖者様、聖女様。私がこの村の守護を任された使徒です。ゲイザとお呼びください」
「わかりました、ゲイザさん。僕の事はラナンと呼んでください」
「よければ、フィアリスと気軽に呼んでください」
二人に対して名乗ると、返事をする者に顔を向けていた。
最後尾にいる自分とレウリファを見てくる。
名前を聞かれたため答える。直接付き従う従者と見られて、それなりの立場と勘違いされたとしても納得できる。ゲイザに獣人を避ける様子は無く、順に握手を行う。厚めの手袋には洗礼の印が描かれていた。
顔を向けるゲイザは瞳を動かさない。追わない視線で何を見ているのか予想できない。
握手を終えると、元の位置に戻る。
「立ち話は疲れるので、部屋に案内させてください。明かりを増やしても構いませんか?」
「助かります」
アプリリスが返すと、ゲイザが腕を胸の辺りまで持ち上げる。開いた手の上に光の球が生まれた。おそらく魔法で作られたらしい、光の球が宙を漂う。他の照明より明るく、白い光が室内を照らす。
「こちらに付いてきてください」
ダンジョンの道筋を照らす杭のように、近くの闇を寄せ付けない光だ。絨毯の織り込まれた糸の隙間まで光を通していそうな安心感がある。足元を警戒しなくて済む事は確かだ。
「この屋敷は一人で管理しているのですか?」
先を歩くラナンがゲイザにたずねている。
「いえ、村の方に助けてもらっています。特に今回は多くの方が来て、数日かけて掃除をしてもらえました」
「近くに来た時から大きな建物だと思いました」
「一人では掃除が終わらない広さです。側仕えにも、普段は最低限だけをお願いしています」
自分の家と比べると、何倍もある建物だ。床の隅を掃くだけでも、丸一日はかかる。装飾、細工の溝まで拭くとしたら、終わりの見えない作業になるだろう。側仕えが何十いる様には見えない。
「古いですよね」
「もう百年は越えています。点検も度々行われて、改築も何度かありました。民家でも数代に渡って暮らすところはありますから、珍しくはないでしょう。教会と比べるなら、幼い物ですよ」
ラナンは会話をしながら、通路の途中にある扉や置物へ顔を向けている。
「庭の花壇も綺麗でしたよ」
「そうですか。庭に出る事が少ないので、知りませんでした。訪れる方に印象良く思ってもらえたなら、感謝しないといけませんね」
途中の明かりは、照明石が自然に放つような弱い光しかない。照明を持ち歩きたい暗さだ。ゲイザは魔法で明かりを作っているため、途中の窓を開ける必要は無い。魔法の訓練にもなるかもしれない。
ゲイザの案内に従い、明るい一室に入った。
応接間といえば建物の入口近くにある部屋だ。通り過ぎた、いくつかの扉の奥が、全て応接間とは思えない。
ただ、目の前にある、家具、装飾は豪華な物だ。討伐組合の応接室は、庶民的という表現に納まるだろう。家の周囲を知らなければ、貴族の邸宅にいると勘違いしたはずだ。
ゲイザの地位が高い事は。建物を見た時からわかっていた。村で唯一の貴族といった形に近いかもしれない。
ゲイザは光の球を消しても、室内の明かりは十分に保たれている。
勧められて席に座る。
レウリファは反対の端にいて、自分の隣にアプリリスがいる。
「改めて、よろしくお願いします」
「わかりました」
応対はアプリリスが行う。自分は詳しい事情を知らない。
「明日の晩さん会について、そちらの厨房をお借りしても構いませんか?」
「自由に使ってください。教会と比べると設備が足りないかもしれません」
「その点は安心してください。特殊な調理は持ち込みの道具で行います」
殺す相手と食事を共にするなんて状況は、想像できないな。
「私は食が細いくらいで、実際、他の方はどうなのでしょう?」
「好みの料理だけを選んで味わう場合がほとんどですね。皿は小ぶりで、料理の見た目を損なわない程度しか量が盛られません。一口だけでも楽しんでもらう、という事を目的にしていますから」
食べる量が減る事は、使徒に共通しているのだろうか。教会は予想して、食事の提供も工夫している。使徒は見た目が若いだけで、老化はしているかもしれない。
「もちろん、飲み物も用意してあります。流行りのものから、定番のものまで。酒、非酒を問わず、様々です。教会秘蔵は、こうした機会しか開けられませんので、恥ずかしながら私も期待しています」
身振り手振り。腕を緩やかに動かして、説明を続けている。
「ただ、飲食が難しいとなると、見るだけになってしまうのですが……」
アプリリスが言葉を詰まらせると、ゲイザが落ち着いた笑い声を出す。
「それなら良かった。飲む楽しみは、まだ健在です。固形の物でも少量は食べられますから、杯だけ並ぶ事にはしませんよ。勧めるのもなんですが、私の代わりに楽しんでください」
「ありがとうございます」
アプリリスが間を置いた感謝の後に礼を見せた。
「聖者に看取ってもらえた者は、少なかったりしますか?」
「記録を探しても手で数えられるほどでしょう。最初ではないにしても、かなり珍しい事は確実です」
「そうですか。貴重な例になれたのは良い事だと思います」
アプリリスも平坦だが、ゲイザも大きく違わない。それでも声に抑揚がある分、少ない表情は気にならない。
「取り分けた料理を誰かに渡す、といった事できませんか?」
「村に送られる物とは別に、少数であれば、作った料理も届けられます。実際に料理を見てから選ぶといった形で構いませんか?」
「お願いします。側仕えの者も、一つくらいは楽しんでもらいたいので」
「わかりました。そのように準備しておきます」
側仕えがこの部屋にいない事には何らかの理由があるのだろう。長く接しているなら、その相手が死ぬ事を望むとは思えない。妄想になるが、反対された可能性はあるだろう。
「金品等は難しいですが、少々は融通が利きます。思う事があれば、いつでも教えてください」
「助かります」
ゲイザが礼を見せる。
「ひとつ。教会の命令ではなく、私の勝手な要求ですが、従者として来ている二人を晩さん会に同席させてもらえませんか?」
アプリリスが求めたものは、本来ありえない事だろう。主人の食事中に隙を作る事は、護衛として不適だ。配膳にも加わらないとなると、従者らしくもない。
座っている今もそうだが、場違いな人間という自覚がある。
「喜んで受け入れます。一応、理由を聞かせてもらえませんか?」
「見聞を広めてもらいたいからです。これから長く付き合っていくので、同情して欲しいというのが本心です」
アプリリスの返答に理解できない。
最初に無理強いで交流を持った事も、取引で今の活動に加えている事も、意味が分からない。都合良く、誰でも良かったというなら、まだ理解できる内容だ。
「以前は教える側だったので、そういった事に理解はあります」
「ありがとうございます」
アプリリスが再び礼を見せる。




