137.一途
「ここ数日の間、討伐組合には寄りましたか?」
飲み物を下ろした聖女が話す。
「いや、行ってない」
アンシーから避けるように言われている。
「そうですか」
聖女が部屋の隅に立つ侍女へ視線を向けた。
「別の都市にある組合から、捜索および引き渡しの要請が届いています。広範囲で、それもおそらく、国内の都市全てに向けられた物でしょう」
「どこからなんだ?」
「辺境の都市クロスリエの討伐組合です」
以前暮らしたダンジョンの近くにあった都市だ。探索者になったのも、この都市の討伐組合だ。何日も滞在していて、目の前にいる聖女を初めて見かけた場所でもある。
「本来書かれるはずの備考欄に、何の記載もありませんでした。犯罪者の確保や親族の捜索など、個人が頼む場合でも、理由が無記入という点が不審です」
親族もいない。依頼するような仲になった人はいない。個人の依頼は無いだろう。
討伐組合が要請を出した理由として、考えられるのは最近の襲撃事件だ。報酬としてダンジョンコアを渡した後、生存確認として行方を探っているのかもしれない。
探索者を続けるにしても王都から逃げ出すという案は思いつく。誘拐や強盗といった不正な手段で狙われているのだ。
教会が察知していたなら、討伐組合でも情報は得ていただろう。知っていて犯人を調べるために襲わせた可能性もある。
ただ、以前いた都市から届いたという事は気になる。王都に移住してきた事は記録にあるため、慣れた土地に逃げたと推測したのかもしれない。
1個のダンジョンコアに、複数都市に伝える価値は無いだろう。完全な状態という希少性はあるものの、壊してみないと利用できない、価値が不確かな代物だ。存在するダンジョンを壊せば手に入る程度でしかない。
自分とダンジョンの関係を知ったなら、危険人物として理由を書くだろう。都市の中で魔物を生み出せるような存在を、能力を伝えずに捜索させるのは無謀だ。
聖女の顔は読めない。
「呼び出しに従う必要はありませんよ。保護対象ですから」
討伐組合に不審な部分があるのだろう。身の安全を保障するという約束も、犯罪者相手に通用するとは思えない。
「捜索要請も、こちらから却下しておきしょう」
「そんな事が可能なのか?」
「光神教は討伐組合の経営権を一部保持しています」
住民の大半が洗礼を受けている時点で教会の権威は大きい。魔族を倒す聖者を支援するなら、魔物の対処を行う軍や討伐組合と連携するのは当然だ。相互で何かしらの関係はあるだろう。
「今の組合には近づきたくない。可能なら頼む」
「わかりました」
現状、教会の方が安全に思えてくる。
自分の警戒は過剰ではないはずだ。ダンジョンを操作できる存在は、周辺の魔物よりは脅威だ。間違いない。
こちらの事実を知られたら、教会でも保護しきれないだろう。壁外の魔物と、こちらが操る魔物に違いはあるのか。あったとして、民衆の理解が得られるとは思えない。
魔物の資源を利用しているため、自分の事も有効活用するかもしれない。定期的に魔物を差し出せば、ダンジョンの維持も許され、一定の関係を保てるかもしれない。
今は不利だ。一方的に従う状態では、生きられるか不確かだ。対抗できる手段が無い。今は自分を差し出す気は無い。
対等に渡り合うなら、どこまで必要なのか。
教会と敵対した場合、人間全体と敵対する事になるだろう。こちらも人間と同じ規模の戦力か権力を持つ。もはや、個人で対応できる範囲を超えているだろう。
従順か、あるいは交渉が可能な存在だと示していけば、生存を許してくれるだろうか。今は隠しつつ、互いを知っていくべきだろう。
聖女が一度レウリファの方へ視線を向けた。
「馬車を見た後は、聖者に会ってみませんか?」
共同生活をする前に知っておきたい。下手に干渉してくるなら距離を置く事も考える。目の前の聖女が聖者と同行してほしいと言うが、悪い環境なら逃げる。聖者の仕事を邪魔する場合も好まれないだろう。
獣魔との相性は当日に判断するしかないという事も惜しい。危険にも触れてくる相手なら、獣魔の方も疲れる。
聖者は魔物と戦っているため、避けてくれるなら好ましい反応だろう。獣魔も魔物だ。
「案内してくれ」
返事を返されて、席を立つ。
面談室を出て案内されたのは、建物奥の広場だった。囲むように車庫が並び、屋根の下、開いている数々の扉に大小の様々な馬車が停まっていた。
広場だけでも、素泊まりの宿屋を丸ごと収める広さがあり、人の数も多い。整備をする専門なのか、服装に光神教らしさが無い者も複数おり、掃除道具を持つ集団が通路を出て、広場の硬そうな地面を洗う。一般人の姿は見つからなかった。
途中で現れた馬が蹄鉄の音が鳴らし、馬車を引いていく姿があった。混み合う音も姿も無い、普段の光景だと感じた。
聖女の大まかな説明では、何度か建て替えて効率化をしているらしい。この国の中央教会であり、国内では一番規模がある。整備場所は複数、管轄によって車庫の大小はある。
併設している孤児院では、普段使いの車両が一つしかなく、車庫も相応の大きさらしい。
一つの車庫の前で立ち止まる。
中に停めてあるのは、他と比べて特別でもない外装だった。とはいえ、市街を走るものとは別。教会色が強い。人を運ぶよりは、荷物を運ぶ大きさ。道の広さに納まる箱馬車だ。
目利きのできない自分でも良質だとわかる。御者台の足場から車輪まで丁寧に取り付けられていた。新品ではない整備された感じがあり、多少ある泥汚れも機能を妨げるものではない。人力で動かす台車を基準にするのは、まあ、自分くらいだろう。
聖女から内装を聞き出しているレウリファに寄る。侍女は車庫の入口に待機していた。
馬車の設備は、寝泊りどころか、個人の自宅が集約されている。魔道具を大量に積んでいるらしく。売却すれば、庶民の集合住宅でも建つかもしれない。照明、冷暖房、調理まで可能。貴族の邸宅を連れ歩かせるならこうなる、という想像に合っている。
実用的で衣服に引っかかるような装飾も無い。磨かれているのか、手触りが良い物で囲まれている。収納もあれば、多目的の個室まである。便利なものだ。
組み立て式の2段寝台が2つ。狭さを我慢するか、通路を使うか。見張りを立てれば6人用というのも間違っていない。
降りた後の説明では、走行中の衝撃は抑えられているらしい。防音性も高く、窓を開けていないと、襲撃があった場合の対処が遅れるという。光神教を襲う人間もいないわけではなく、魔物を警戒するにも普段は窓を開けるらしい。
説明を終えると車庫を離れて、建物の奥に進んだ。
通路の先が少々明るい。外と面しているだろう奥から音が聞こえている。近づく間に、金属の衝突音だとわかり、土の匂いに気付く。
扉を一つ抜けた先、通路の片側が中庭と繋がっており、男たちが戦闘訓練を行う様子が見えた。
立ち止まって視線を向ける。
「途中では止められませんね」
聖女アプリリスから聞こえた。離れて戦っている内の、どれかが聖者なのだろう。服装が揃っているため区別できない。
光神教で戦闘する者だと聖騎士が思い浮かぶ。聖者がその訓練に加わっているようだ。
眺めている者がいるといって訓練が止まる事は無く、それぞれが手や足を動かす。地味な防具を着ているため、探索者と名乗られても疑わない。
剣の動きは、ダンジョンの最深部で見たものと比べると遅い。襲撃者と組合職員の戦いでは、移動が激しく、接近するだけでなく投擲を回避するなど、動きの違いが明確にあった。
ただ、訓練で体を壊すような真似はしない。抑える分は抑えるだろう。実践と比べるのは間違いであり、あの時は、自分が場に酔っていた可能性もある。命の危険が迫っていたため印象も強いだけだ。
自分の実力では、目の前で行われている訓練に釣り合わない。
剣の刃は潰されているだろうから、硬化魔法で受け止められるかもしれない。それでも、一方的に鈍器で叩かれるような展開になる。硬化しても痛みはある。鈍器でも威力があれば体は壊れる。訓練に参加して長く耐える事は無いだろう。
来た道とは反対の通路から足音が聞こえた。
近づいてくる者は隣と同じ服装をしている。聖者と聖女が常にいるとも限らないらしい。侍女は連れていないため、通路と比べて、小さく見える。
「リコ姉!」
「フィア」
聖女アプリリスによる返事は平坦で、向こうの声よりも小さかった。
近くで止まった聖女シルルーがこちらを見る。
「アケハさんに謝ったの?」
「いいえ」
「謝りなさい」
怒りを含んだ声だ。
「悪い事をしたなら、自覚があるだけでも伝えて。無視はしないで」
シルルーの声が落ち込む。
静止の後、アプリリスがこちらに振り返る。
「本当に申し訳ありませんでした」
謝罪と共に礼を見せてくる。
「謝っても許される事とは思いません。ただ、償いをさせてください」
教会の関係者であり警戒する存在だ。そうでなければ、無視して逃げていた。
「わかった」
今後の関係を考えると、拒絶する事もできない。謝罪を盾に要求するくらいだろう。それも、相手の顔色を伺いながらだ。
殺されなかっただけでも、得た事はある。光神教に接していれば、自分に関しての情報も集まるかもしれない。
アプリリスの変わらない表情も慣れた。仕草を演じられるなら、顔も作れるはずだ。実際に、一度は見せてきた。無表情を保っているのは、そういう性格なのだろう。普段から違和感を教える理由は分からない。
謝罪を受け取った後は、訓練の様子を横並びで眺めた。




