136.一途
一方的に計画された、旅行の準備を急ぐ。単独で用意できない物があるため、予定までに設けられた数日の猶予も安心できない。
人間はともかく、獣魔の生活は手間がかかる。食事に寝床、移動手段に馬車を利用するなら、徒歩の時と同じにならない。
専用の馬車が無い場合は、獣魔を外を歩かせる。道中でも、こちらの姿を見せていないと獣魔達が不安に思うかもしれない。これは魔物に遭遇した際の対応に関わってくる。他に人がいるなら獣魔との連携を考えなければならない。辺境ではないため魔物の生息は少ないが、相談すべき事だろう。
食事も、6日分は用意できる。教会側も用意するような無駄は作りたくない。細かく指定するとはいかずとも、事前に確認しておきたい。
待ち合わせる場所も、教会では獣魔が中央の通りを歩けない。どこの門とも記されていない。自宅まで迎えに来るとも限らない。
こちらを調査しているなら、詳しい情報を手紙に記述して欲しかった。獣魔について、旅行の準備について、一切の負担をするという教会側を頼りにできない。
レウリファと共に教会に来たのは一切の相談を行うためだ。
敷地に入って以前通った脇道に向かう。当然、立っていた警備の組に止められる。手紙を見せて、確認を走らせた後には、警備の案内で建物奥に進んだ。
見覚えのある面会室に入ると、待たずに聖女が現れる。連れている以前の侍女は、こちらへ一度目を伏せた。
正面の席に聖女アプリリスが座る。
「おはようございます。アケハさん」
「おはようございます。聖女様」
これから相談を行う相手だ。無視する事はできない。
「本日はどのようなご用件でいらしたのでしょうか?」
「手紙の内容だ」
机の上に手紙を置くと、聖女の視線が向かう。
「ラクレは、お茶を――」「いや、今日は止めておく」
聖女を犯罪者として訴るのは無理だ。注目されて困る上に、こちらが捕まりかねない。どこぞの探索者より、聖女の方が信用されるだろう。
教会が聖女の独断を罰しない事も怪しい。
「人数分を用意して、私だけ配ってもらえるかしら」
聖女の指示を受けた侍女が部屋を出ていく。
この部屋に案内された事までは我慢しよう。本当は人の多い場所で会話を行いたいくらいだ。聖女の立場や安全を無視するのは、無礼になる。どうしても閉所で行われる。
飲食は無理だ。睡眠薬の混入を警戒して、飲み水を持ち込んだ。眠らされた原因も、薬と判明したわけではない。諦めて素直に従う意思が無い事を示すだけ。非行をしてきた以上、こちらなりの対応は認めるべきだ。
「手紙では詳しい内容を書けないので、こうして来てもらえて助かりました」
初めに用件を聞くな。手紙が盗まれる自体を想定して、詳しく書かなかったというなら正しい対策だろう。これから襲われないとも限らない。誘拐犯に先回りされる事態は防ぎたい。戦力も同じだ。
「今回の旅行の名目は、聖者との顔合わせです。聖女シルルーも同行しますので、私に対する警戒も少ないと思います」
「なぜ、俺が行かなければならない」
「私が連れて行きたいからです」
「納得できると思ったのか?」
「いえ、納得してもらえる理屈はありません」
理解できない間は、権威を背景した強要になるだろう。暗に察して従えと。それで構わないなら、最初からから断言して命令すればいい。
「一目惚れと思ってください」
「それで従うと思うのか?」
「でしたら、私に要求してください」
行きたくない。ただ、それだけだ。理解も納得も要らない。
他の用事も無く、報酬も要求できるというのだ。普通なら、交渉を含めた高めの報酬を求める。
活動内容や期間から見て、自分は探索者の平凡より劣る。そんな存在に、どれほどの価値があるのか。
獣魔を含めると、戦力と頭数はある。護衛として雇う場合、6日という拘束時間に準備期間を含めても、相場は最良でも草貨6枚いかない程度だろう。
地上で活動する間は、一般庶民より優れた、獣魔による索敵や探索が可能。これは推すべき点だ。ただし、馬車と一緒に運用できるかは不明である。
完全に雇用側の都合で雇うなら、草貨の4,5枚。通常の探索者ならこのあたりだ。教会らしい作法を学んでいれば、土貨の少々は増しただろう。
ダンジョンコアを操れるとしても、教えない以上、価値を理解されない。用途がなければ報酬は払われない。
金で考えれば、単純な話だ。
今回は違う。教会側、……それも、聖女が無理やり作った都合に従うのだ。
「こちらの身の安全を保証しろ」
「私が認める限りで構いませんか?」
「それでいい」
「わかりました。報酬も相応に用意させてもらいます」
教会全体で、というほど愚かでない。聖女の地位も知らなければ、教会全体が動く相場も知らない。無駄に求めて、不審を招くなら逆効果だろう。今ですら危険だ。
精々、口約束だ。あくまで聖女個人としての信用を質にする。報酬自体が不確かで、高度な依頼で行われる契約書は作られない。
積極的ではないにしても、少々の自由は認められるだろう。
ダンジョンを操作できる事は知られたくない。可能なら一切の接触を断ちたい。
現状、近くにいて気付かれないため、少しの交流は問題無いのかもしれない。一度知られたら自由が無くなる危険な行為だ。かといって、隠れ暮らすにも限界があるだろう。
もしかすると、ダンジョンを操作する姿を見せなければ、危険視されないのかもしれない。
「旅行と言うが、外出するだけなのか?」
それなら教会に滞在させるだろう。準備も少なくて済む。
「いいえ、今回は使徒の殺害です」
聖女から物騒な単語が出た。
「使徒?」
「はい。洗礼で優れた能力を得た者であり、村の守護を任された人です」
村を守っている人間、洗礼を受けた者を教会が殺す。これだけ聞けば恐ろしい集団だ。教会で行う洗礼が危険な物なら誰も受けようとしないだろう。何より、都市に暮らす人々は殺されていない。
「使徒本人から頼まれた依頼で、教会の業務を聖者に分けてもらいました」
本人から殺してほしいと頼まれている事も理解できない。教会について知らない現状は当然だろう。素人に納得してもらえる程度の理由はあるだろう。なければ反発する。
「アケハさんに、私たちの事を知ってもらうのが目的です」
いまさら、強い探索者を選べとは主張しない。聖女も理由を隠しているだろう。
「依頼の戦闘には参加せず、見定めて欲しい。いつか同志になってもらいたいの」
語る聖女は平坦な声と表情をしている。もう見慣れた。
「食事や移動はどうするんだ? 獣魔と人では生活も違う」
「移動手段は教会の馬車を利用します。3台編成で列を組み。朝出発して、夕方には村に着く予定です」
壁外の野営は考えていないようだ。屋根一つあれば雨天も気にしなくて済む。
「滞在中は宿屋を利用せず、馬車自体にある寝泊りの設備を使います。獣魔の寝床に関しては、馬用の屋根を追加で準備しました。風雨をさえぎるためなので防寒用の布が要るかもしれません。後で馬車の実物を見に行きませんか?」
「わかった」
「教会側の人数は計8人で、相乗りするのは聖者と聖女、私の3人です。あとの人員は他2台に乗り込みます」
適切な人数かは知らないが、護衛も最小限なのだろう。
「扱う馬車は6人用で設計されていますが、取り付け型の部屋も用意できます。何人を予定していますか?」
「2人だ」
別室は不要か確認すると、レウリファが頷いてきた。
「次は食事ですね。同行の料理人に準備してもらい、一同に集まって食事をとります。一度だけ宴会を行いますが、それ以外では質素な料理が続きます」
問題は獣魔の方だけだ。
「雨衣狼の飼育も二代分は記録がありまして、その資料を参考に食事を準備しています」
討伐組合の資料は、魔物の撃退や駆除を目的としている。生息地や環境があっても、飼育方法までは書かれていなかった。探せばあるのかもしれない。
「後で教えてくれないか?」
「わかりました」
話している間に、扉が叩かれ、侍女が入ってくる。
飲み物は聖女の分だけ配られたが、お菓子については包装がある状態で渡された。
「よければ、お持ち帰りください」
「ああ」
話が続くらしく、一旦休憩を設けられた。




