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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
5.従属編:125-157話
134/323

134.束縛



 布が擦れる感触と音か。あるいは、度々届く暖かい風か。初めに気付いて目を覚ますと、早朝らしい暗さがあった。

 仰向けの体に広く触れてくる者がいる。布団の小盛が動き、隙間から風が吹く。

「レウリファ?」

 呼びかけて、布団から抜け出た頭が首元まで這ってくる。

「はい、ご主人様」

 帰ってきた声でようやく正体が確かになった。

 布団に潜っていたレウリファが、体を押し当ててきている。

 両腕がこちらの体を登って、支えを失った重みを感じる。

 レウリファの指が、頬に首に、流れて動く。

「まだ、指輪を使わないで」

 レウリファの手が輪郭をなぞる様に動いて、こちらの手まで届く。こちらの両手を掴み、自身の腰へとあてがう。撫でまわさせる操作は次第に離れて、布の下にある柔肌を感じなくなった。

 身を起こしたレウリファは、こちらの肩を掴んで体重を傾けてくる。浮かせた体を揺すり、体を擦り付けてくる。

 布団を逃れた上半身に冷えが回る。

「止まってくれ」

 言葉に従ってレウリファが止まって、上から退く。身を起こして残った布団を、レウリファにかけてから寝台を降りる。


 暗い室内を進んで、脇机にある油皿を持つ。明かりを作るために土間へ向かう。麦殻を固めたような着火剤に点火して、油皿へ移す。燃焼時間を伸ばすための油を足して、寝台に戻った。


 レウリファの布団を着た姿が見える。こちらを追う表情は落ち込み、周囲の暗さに溶け込むほど、動きが弱い。

 持っている明かりを脇机に置いて、寝台に踏み入り。陰を作らない位置からレウリファに近寄る。

 包む布団ごと抱きしめて、レウリファに顔を寄せる。

「レウリファ、我慢できない」

「……ください」

 こちらの腹に伸ばしてきたレウリファの腕を、撫でて止めさせる。腕の毛並みを確かめ、互いの片手を重ねて、肌をこねる。

 レウリファを倒れさせて、上から押さえつけた。


*****


 窓から届く光は明るい。本来なら朝食を済ませた頃だ。

 食卓には食事の用意も未だに無い。代わりに置かれた、飲み物を口に含む。

 冷えている。最初の休憩で作って時間が経過した。口から腹までを温める効果は、すでに期待できない。口の中で温めてから喉に通す。もう一つある器を使った者は、先に休んだ。


 レウリファは寝台の端近くで寝転んでいる。まともな睡眠を欠いて、慣れない運動を重ねた。湧き出した疲労を抑えるために、少しの仮眠でも欲しいところだろう。

 空いている場所は、体が冷える事もあって、寝るのは避けている。痛々しい汚れが点々とあり、毛並みから落ちた毛が布地に湿って貼り付いていた。

 長く肌を重ねて、当然、汗も出ている。布団に包まれた中は、肌が焼けるほど熱を持った。心拍を抑えるための休憩で、体を拭いた布から出た湯気は見間違いではない。換気を度々行い、冷えない程度に布団を遠ざけても、敷布団は濡れた。ささやき程度に抑えた声と物音が続く中、熱い水滴が肌を伝い、遅い動きで生まれた熱風が漂う。満ちた湿気は下に留まらず、全体を包む。

 つまり、掛布団も同様、洗濯には大分手間を要する。単に外気にさらすだけでは乾く気がしない。先ほど見た時も、染みた濃さと広さに、変化は無かった。鐘が鳴ってから、料理を準備する程度の時間は経っている。

 朝食よりも先に睡眠が欲しいため、自分もこのあとは仮眠を行う。


 寝台に行き、レウリファとは間を置いて、寝転ぶ。 今は一人で休ませた方が良い。姿勢も気にしなくて済む。間の休憩で十分に触れた。

 怠慢な動きでも、長く続けて疲れている。呼吸を整える間に眠りは許されず、相手が小さく触れてきた。全身の肌から相手の脈動を感じていた。

 

 次に目覚めたのは昼前で、軽食後に入浴を済ませて、寝具の洗濯も行った。家事を済ませているだけで、残った半日も終わる。

 夕食になり、レウリファと向かい合って席に着く。見える首には奴隷の首輪とあと一つ、指輪を通した革紐があった。

 視線に気付いたように、レウリファが指輪へと手を伸ばす。目を細めた笑みを見せて、掴んだ物を服の中に隠した。

「ご主人様」

「どうした?」

「いいえ、なんでもありません」

 レウリファは一度肩を揺らしてから、首を小さく傾ける。

 見ている間に、並べた料理が冷めてしまう。

「食べようか」

「はい」

 食事の手を動かす。


 ニーシアが去った事で、机上に空きが増えた。物を置かないよう気を付けていたため、見慣れていた、普段使いの光景との違いが目立つ。

 椅子は変わらず4つ残している。向かい合って座る時もあれば、隣に座る場合もある。疲れた時でも、移動させる面倒が省けるだろう。


 食事の途中、レウリファがこちらを見て止まる。

「あの。味付けはどうですか?」

 夕食を作ったのはレウリファだ。慣れた以前との違いを意識してしまうのだろう。10日前までは、ニーシアが役割を長く預かっていた。

「美味しい」

 品数も量も十分ある。肉の割合が増えた事も極端ではなく、少々。それも料理の品目で変わる程度だ。肝系は獲れたてを食べる機会が多く、最近は見ていない。

「筋力を増やす場合は、肉を食べた方がいいのか?」

「はい。肉に穀物をあわせて、ですね」

「今以上となると、腹が疲れそうだな」

 個人の感覚としては、今が適量だと思っている。

「一度の量を減らつつ食事の回数を増やすのはいかがですか? 鍛錬中の空腹感も抑えられると思います」

「それは考えなかった。火を用意するとなると、外では難しいだろ」

「自宅にいる間だけでも、試してみませんか?」

「できれば頼む」

「薪割りは、お願いしますね」

「わかった」

 返事を聞いてレウリファと食事を再開した。


 片づけを終えた後は、入浴を済ませた自分が、戸締りの確認をする。窃盗するなら容易な地区と間取りだ。貴族の邸宅と比べた場合だが。

 人も明かりも少なければ、少々の音も気づかれない。隠れ盗むではなく、脅迫する人間に侵入される場合もあるだろう。護身を命じてある獣魔も、眠っていれば吠えてこない。立ち去らずに窓や扉を壊す事は考えられる。

 この地区に住んでいて、探索者のように武器を携える者は自分たちだけである。獲物を選ぶ余裕があるなら、無理に狙わないはずだ。

 用心として置いている武器も、最初から武器を持つだろう敵に注意するなら必要な準備だ。奪われる以前から危険に変わりない。


 寝台で待つと、入浴を終えたレウリファが現れる。

 毛並みの湿気を拭き取り、櫛を扱う。濡れた後にしては乱れが少なく、自身で軽く整えたらしい状態である。違いを感じて、納得してもらうのは難しいだろう。

 それを過ぎると、野営用の寝具を並べて眠った。



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