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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
5.従属編:125-157話
133/323

133.吐露



 様子の落ち着かないレウリファに従う。繋いでいる手が離れない。更衣室で止まらず、着のまま浴室に進んだ。

 室内は冷たく、お湯を溜めた桶も準備をしたばかりである。手を放して目の前で素足になったレウリファに続いて、自分も石の床を直に踏む。脱いだ上靴は隣の更衣室に運ばれた。

 戻ってきたレウリファに手を取られる。

「座って」

 言われても、椅子は取り除かれている。浴室の床に座ると、入口側に立つレウリファも腰を下ろした。

 座り方が気に入らないのか、こちらが立てている足を引っ張ってくる。素直に従うと、足が前へと半端に伸ばされた。


 膝立ちになったレウリファは迫り寄る。伸ばした足に沿って進んだ、手が背中と回される。向かい合う自分との隙間を埋めた。レウリファの重みが足に伝わる。

「ご主人様」

 押し付けてくるレウリファを抱きしめ返す。布越しでもわかる柔らかい体は、擦り付ける動きを続けている。お互いが、抱きしめる腕を動かし、広げた手で薄布の下を指圧する。

 背骨をなぞった指が尻尾へ届き、専用に縫い合わせた衣服の隙間をくぐる。レウリファは背を張り詰めさせて、こちらを締め付けてくる。

「許してください」

 耳元にレウリファの声が聞こえた。

「奴隷という身でありながら、粗相をする私を」

 背中に回された片手が登ってくる。

「私の臭いをつけて、他の女を寄せないで」

 たどり着いた頭を撫でてくる。

「ずっと一緒に暮らしたいです」

 髪の中へ何度も指を通してくる。撫でる手が耳に触れてくる。

「私を手放さないでください」

 目の前にいる体が伝えてくる温度を、無抵抗に受け入れた。

「アケハ」

 レウリファが名前を読んだ後に、息を詰まらせる。肩回りを両手で掴かむと次に、暖かく長い吐息を届けてきた。

 濡れている。レウリファが座る太腿から、温かい湿りが広がってくる。足を、腹の下を、濡らして、止まらず、布を越えた液体が股の下まで流れてきた。

 原因のレウリファは深い呼吸を続けている。慌てる様子は無い。

「レウリファ……、大――」「アケハ、さん」

 大丈夫か、と聞くより先に名前を呼ばれる。

 レウリファが腰を揺らして、染みた衣服から生温かい水が絞り出てくる。乱れた水流が濡れた体にまとわりつき、細かく広く滴っていく。

 口を開くか、閉じるか、というような、単純で単調な音は動きに従って聞こえる。押し付ける動きで肺が小さく圧されて、動きの合間に緩むと勝手に出た空気が戻る。浅い、呼吸にもならない声だ。

 途中で動きを止めるものの、息を整えてすぐに再開される。染み出した布へ再び、染み込む。下から漏れ出してくる音が、浴室内を漂う。


 レウリファは奴隷だ。

 一緒に暮らしたいではなく、一緒でないと生きられない。主人は奴隷を選べても、奴隷は主人を選べない。生きたいなら、主人が与える生活を受け入れるしかないのだ。


 今の生活が耐えられるとしても、今後は分からない、不安定でしかない。

 ダンジョンで暮らした頃に覚えはあるはずだ。ダンジョンを操り、魔物を操る。探索者に狙われるのが怖くて、住処を捨てたのだ。

 王都での暮らし、自宅を得て探索者を続けられた事も、すでに崩れかけている。ダンジョン襲撃を生き延びて以降、正体不明の集団に襲われ、光神教にまで目を付けられた。

 光神教は魔族を殺す聖者を推している。討伐組合でも魔物を殺す探索者を管理しているのだ。

 無自覚に生活を崩していた。判断に誤りがあるのか、避けられないのか。判断するにも頼れる情報が無い。


 レウリファの両脇を掴んで、互いの間に距離を作る。

「俺にはレウリファを守れない。むしろ自身のために見捨てる。護衛をさせる以上に、囮としての利用も考えている」

「はい」

 見合わせた顔は、何の嫌も見せない。

 命を預けている相手に死ねと言われて、どうして納得できる。

「このまま生きられると思うのか? なぜ他の生き方を探さない? 命の危機が多い事くらい知っているだろ」

 奴隷として行動を制限されていた分、レウリファの交流関係も狭かった。購入以前を含めなければ、大方、こちらが知る人間だけだ。 他の獣人とは出会えず、あって奴隷同士。所有する者が金持ちか貴族が多いため、こちらが簡単に関わる相手ではない。

 これからは違う。首輪による行動期間を伸ばした。こちらの監視が無ければ、勝手に動けるだろう。身の安全を考えるなら、生存手段を増やすべきだろう。

 せめて、市街で動けるようになれば、好ましい主人を見つけられるかもしれない。他人の視線が嫌いでも、死が身近にある事と比べれば、自ら動くしかない。

「わかりません。他の環境を知らず、商館で学んだ事が全て通用するとも思っていません。羨んだところで、奴隷です」

 首輪を絞め、魔物で監視して、探索者として活動する間も自由は与えなかった。こちらがレウリファを閉じ込めているのは事実だ。


「金も力も、知恵も知識も、無いご主人様でも。悪気を持たず、不満を知ってもらえて、改善もしてもらえる。私に対して心配してもらえています」

 生活をする金はあっても、稼ぎ場所が死に近くては、意味がない。

「そんなものに?」

 頼れるはずがない。

「奴隷ですから、普通ではありません。貴族が扱いやすいように、下女としての最低限を覚えただけ、生活能力が低い存在です」

 稼ぎを得る程に戦える、仕事を探して居を整える、常識を知っていた。自分よりレウリファの方が、生活能力は高い。

「それでも、貴方となら長く暮らせそうな気がする。希望が持てるだけ、ではいけませんか?」

 行き詰っている。

 当然だ。獣人である限り、人間社会の普通な生活は認められない。人間の主人がいなければ、容姿を隠さなければ、人間とは暮らせない。最初から弱みを握り、一方的に依存させて生かしているのだ。

 レウリファの主人である自分もそれは同じ。働き手として価値がある限り、捨てられる事も殺される事も無い。奴隷を購入する際に大金を払っているのだ。簡単に見逃すはずがない。

「そんなものか」

「はい」

 どうしようもない。

 自分を優先する。レウリファは後回しだ。自分の生存に関して、余裕が増える事など期待できない。レウリファは死を遠ざける一時しのぎだ。解決する方法も知らない。見つけ出したとしても、状況によっては教えないだろう。


 レウリファが再び寄ってきて、抱きしめてくる。

 今度は体を揺らしてこない。濡れた衣服は少しの間で冷えてきている。この状態を放置すると体調に悪い。

「レウリファ、身体を洗おう」

「一緒でいいですか?」

 強く抱きしめたレウリファに応えて、立ち上がる。浴室に準備してあった水桶に近づき、蓋を開けると湯気が昇った。


 洗い終えた時には浴室は温まっていた。お湯を使っている間に空気も床も熱が伝わり、冷えを心配する必要も無かった。汚れた衣類は水洗いの後も浴室の端に残して、浴室を出た。


 着替えを済ませた後は、地下室に下りる。

 奥の棚に近づいて、保管しておいた物を漁る。手前側の物を寄せて、奥へと手を伸ばす。自宅を手に入れてからも、掃除以外で移動させた事が無い。布に包んである短剣も魔物へ向けるには技量が足りない。

 取り出した小箱には魔道具が2つ入っている。物自体も高価らしく、運用する際も維持費がかかってしまう。扱えるらしい自分でも探索者の活動で扱う気にならなかった。

 箱を開けて2つある指輪。障壁魔法が使える方を掴み取る。


 魔道具は便利だ。使役の指輪と奴隷の首輪を扱っていて実感している。

 魔法は暗器だ。前準備が見えず防げない。魔法を使えない頃の自分でも、魔道具は容易に扱えた。障壁という魔法は使えない。硬化という1つを覚えるだけでも、ひと月近く練習を続けており、いまだに扱えると言い切れない状態だ。

 自由度が少ないものの、練習無しに魔法の1つが使えるというのだから、魔道具を持つ者と戦うのは怖い。


 障壁の指輪を取り出した後は、他の物を元通りに片づける。消音は使う機会も考えられない。指輪一つでも持ち運びには邪魔だ。用途が明確でない物は、いざという時でも持っている事実を思い浮かばないだろう。

 ダンジョンコアに触れて、大して変わらないDPを確認した後で、地下室を離れた。


 居間にある食卓に座る姿に近寄る。

「首輪をつけたまま、別の魔道具を使えたよな?」

「はい」

 以前、それも王都に来る以前に、聞いた覚えがある。

 器用な者は魔道具を複数扱えるだろう。でなければ、持ち替えられない首輪が邪魔だ。

「障壁の指輪だ。使用した際に指輪の前に透明な盾が現れる」

 握り手を開けて、中の魔道具をレウリファに見せる。

「売るのは許さない。必要な時は自由に使ってくれ」

 摘み取ったレウリファが合う指を探す。指輪をはめると、両手で包み隠して、撫でて具合を調べている。

「首輪にして構いませんか?」

「その方が良い」

 視線をこちらへ戻してレウリファが確認してきた。

 武器を扱う指の邪魔になる。首輪にして身に着ける場合でも、違和感は与えてしまうだろう。盾を持っている状況では不要な物で、代わりに市街で目立たず持ち歩けるという利がある。

「ありがとうございます」

「……少しでも生きてくれ」

 指輪を使うような状況を招く者に感謝をしないでほしい。こちらが謝るべきなのだ。

 

 食卓に置かれた指輪は、寝る頃には革紐に通された姿があった。



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