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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
5.従属編:125-157話
131/323

131.胞子



 自宅の地下室に作ったダンジョンに変化はある。

 わずかに迷宮酔いが感じられる。見た目を隠せば、他人が気付かない程度だ。使い慣れていた者でも違和感ではなく勘違いに納まる。地下室に物が増えた、少々明るくなった、という違いで言い訳ができるだろう。

 原因であるダンジョン自体も、以前暮らしていた時と違いが見つかっている。

 ダンジョンコアのDP増加が一日に10ほど。以前と比べて少ない。魔物の登録が無い現状は、維持によるDP消費も無い。良い状態であるにも関わらず、これだ。

 考えられる理由は複数ある。

 規模が小さい。長い通路や部屋が存在した以前と比べて、今はダンジョンコアに触れながら一周すれば全てだ。比較にならない差があるだろう。

 加えて立地も異なる。辺境の都市と王都と距離を移動した分、何かしら変化はあるかもしれない。地脈とやらでDPを集めているはずだが、周辺環境で差が生まれるかもしれない。

 もう一つ、理由があるとすれば、死体を持ち込んでいない事がある。最初に人間を運び込んで以降の増加量が上がっていた。移設した事で再度求められているとしても、王都内で目立つ行動は行えない。

 DPを利用する機会が無い間は、置物でも構わない。場所を取る代わりに油代が不要な照明器具といったところだろう。設置型で控えめな光を出す骨董品と考えても、残しておける。


 地下室を出ると、居間にはニーシアとレウリファが残っている。記憶にある光景と似た、朝の家事を終えて食卓で休む姿がある。言葉を交わす事は減ったまま。数日経った事で、日常らしさが増している。

 環境が変わらない限り、同じ生活に整えられていく。一度生まれた危機感は失くせない。把握すべき環境は広がり、生活を維持するためにも、知っておくべき物事は増えた。

 力が足りずとも、根本を諦めるつもりは無い。


 視線の先にいたニーシアが席を立ち、近づいてくる。

 目の前で止まる。

「ごめんなさい」

 久しぶりに視線が合う。

「アケハさん。私を解放してください」

 平坦な笑みをしていた。


 離別する準備に4日間を要した。

 別れた後も生活は続けるため、それぞれ準備はしなければならない。特にニーシアは生活基盤を再び得るまでの繋ぎを要する。

 共有資産を扱うため一方的に主張もできない。工程を相談する間に、慣れない作業で会話は増えた。相談する内容も次第に物単位で細かくなり、最後は紙に書き出すまでになった。

 その日の夕食は準備も協力し、会話もあった。寝る時以外は一緒だった。


 翌日は朝食を終えると、3人で自宅を離れる。生活物資の調達ついでに、昨日の内に考えた道具を買い揃えるためだ。

 市街に下りて、初めに買ったのは荷車だった。

 前回のダンジョンで、予備が無いまま唯一の物を捨てた。惜しいとは思う。丈夫で駆動部に劣化は見られなかった。置き去りにした理由は積載量が不足していただけだ。三か月近く、毎日ではないにしても長く使っただろう。悪路を走らせては汚れ、ダンジョンの中では整備を欠かす場合もあった。略奪品の中でも武装より、扱い慣れた道具だ。

 骨組みに金属が使われていた事もあり、類似品の購入には草貨を数枚差し出した。以前より一回り大きく、ダンジョン内の活動でも邪魔にならない範囲は守っている。経験したところでは、運搬道具の大小よりも有無の方が活動範囲に影響する。背負い鞄だけで行動しようとは思わない。ニーシアが去るため、今後は買い物の際に空きが生まれるだろう。

 市場を回り、商店街の馬車道を進む。見慣れた道で、重量が増していく荷車を交代して動かす。日用品の容器には、布の仕切りをして物の衝突を押さえた。

 ニーシアが選んだ鞄は、背負った状態で両腕と並ぶ幅があった。求める生活に合わせたのか、まず、戦場には向かない。代わりに頑丈な革張りで作られており、中には小さな収納も縫い付けてある。職人風を感じる一品で値段も相応だった。

 市街での準備は三日目も続き、今度は鞄を背にして3人歩く。小物の類を売る店を探して、照明器具から護身武器まで、荷台では進みにくい通りを回った。

 最終日には準備した道具を並べて、不備が無いように再確認する。この際は言葉をかけずに、居間の寝台や食卓を広く使わせた。その間の自分といえば、獣魔と遊ぶか、自宅用の薪を割るだけだった。

 休憩時には呼び出されて、食卓に揃って座る。前日に買った庶民向けのお菓子を食べて、一服。残りのお菓子をニーシアの荷にあった金物容器に入れたりと、気ままな時間を過ごした。

 準備の期間は、家事も普段通りに行い、ニーシアの準備も手伝う。忙しい日が続いたはずでも、休憩時間は減った気がしなかった。


 朝食を終えて、食器の片付けも済ませた。

 ニーシアが一階脇に置いてあった鞄に手を付ける。確認した後は出ていくだけだ。

 離れる前に聞いておきたい。

「ダンジョンコアを持っていかないか?」

 振り返ったニーシアが頷いた。

 地下室に下りて、予備のダンジョンコアを持ち出す。邪魔になりそうな枠を自宅中で解体して、表面に着いた破片も拭き取る。一応布で包んで、待っていたニーシアに渡す。

 予備として残そうと考えていた。他人にダンジョンが見つかれば怪しまれる。予備を持って逃げる暇など与えられない。余裕が無いなら最初から距離を離した方が安全だろう。

 ニーシアもダンジョンコアを扱えるため、もう一人の自分と言っていい。特殊な状況で便利になる事は、見知っているはずだ。

「少し大きすぎませんか?」

 受け取ったニーシアが笑う。断わる場合も予想はしていた。

「ごめん」

「鞄を詰め直さないといけませんね」

 ニーシアが床にある鞄の口を開けて、荷物を広げていく。中ほどに納められると、後から積まれた荷物に隠された。

 鞄の口を閉じると、立ち上がり、こちらに身体を向ける。

「ありがとうございます」

 悪い表情は見えない。

 ダンジョンコアを売られたら、渡した事を後悔するかもしれない。元々個人で得た報酬ではなく、命を張ったニーシアに感謝すべきだろう。誘拐を受けた際に怪我をさせてしまった謝罪金にも変わる物だ、上手に売却できれば一生暮らせる資金が手に入る。個人が持ち歩くには過ぎた物だと思う。

 同時に、同類である証拠になる。こちらを告発するとしても直後には難しくなった。共倒れを狙う以外は、自身の物を隠すか処分する時間が要るだろう。ニーシアなら口外しないだろう。どちらかが1つ持っているだけなら問題無い物だ。

 鞄を背負ったニーシアが玄関に行き、扉を開ける。分かれる場所は玄関前と決めていた。自分とレウリファが追い駆けた場合、許されるとしても庭が限界だろう。

 家から外に踏み出したニーシアは、一度振り返って礼を見せた。その後は、道の方へ歩き去った。


 扉をしめた後は、念のために二人で忘れ物を探す。視線を流して、余計な物が落ちていない事は簡単に確認できる。

 2階に上がって、ニーシアの使っていた部屋に入る。個人的な物は残っていない。元々少なかった小物も鞄に納められていた。

 寝台は使える状態で残っているため、すぐ誰かが使えるだろう。探索者の活動を再開した場合には、活動中の安全を優先するかもしれない。知らない相手に一室を貸すほど、信頼も信用も安くない。増して、一緒の寝台で寝ろという強要は無理だ。

 これまでの生活で、ニーシアに依存していた部分は多いだろう。レウリファに対しても同じだ。簡単に補える存在ではなく、欠けるには不都合な存在だった。


 休憩時には並んで座り、夕食は向かい合って食べる。

 レウリファと2人になった後も会話は続いた。



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