13.出会い
都市クロスリエの城壁は厚く、生身の人間では壊すことはできないだろう。そこを通って都市へ入る。
見える町並みには、温かみのある壁色を持つ建物が多くあり。それらが密集して建っている様子はニーシアの住んでいた村とは比べ物にならない。
3、4階の建物が多く、開いた窓に布を干してあるところも見える。
手前側には馬車を預ける建物が目立つが、今歩く通りの先には屋台や店舗がある。ニーシアが村の事を近くの兵士に伝えた後、街の区画について質問した。
話終えたあたりで別の兵士が近付いてくる。
「先輩! うちの店も紹介してくださいよ」
「お前の家は酒場だろう、洗礼前の子供の金をむしり取るのか?」
「あれ、そうなんすか、気付かなかった。さすが先輩」
「お前の店は俺たちが立ち寄る分で足りているだろ」
「もっと飲んでくれてもいいんすよ」
「俺につけ払いをさせる気か! ……済まない二人とも。俺が知っているのはそのくらいだ」
ついでに何か所か宿屋の場所を聞いておいた。
宿屋や奴隷屋の場所を何軒か教わり大通りを進む。
ニーシアが繋いだ手を強く握ってくる。人の声、車輪が石畳を蹴る音、活気の感じられるこの通りは、離れてしまうと見失う事もあるだろう。
襲撃されたらしいが人が都市から離れる様子もない。そういった人は既に都市を離れているだろうか。
城門近くにあった駅から出てきた馬車が、人を多く乗せて道の真ん中寄りを進んでいる。自分たちは急ぎの用もないので、初日は歩いて都市をまわる事に決めていた。
食料が並ぶ店が見られるようになると、味見させてもらい何個か買う事を繰り返す。
「この食材も使ってみたいですね」
「この街を出る前にもう一度見に来ようか」
「そうですね、ずっと持っているわけにもいきませんから」
「物を多く買うなら荷車も買った方がいいかもしれない」
屋台が数えきれないほどあり、扉の開いた店舗も立ち並んでいる。都市に来て一日目は、宿に泊まることを目標にすれば十分だろう。
店舗の壁には売っている商品らしき彫刻や絵があり、文字らしきものが書かれているところがある。取り扱う商品も生活必需品ではない事が多そうな印象である。
武具店があればニーシアを誘っていきたいところだ。ゴブリン達には農具も武器にするように指示してあるが、戦いには武器を使わせて農具の消耗を押さえておきたい。修理や購入ができるのはこの都市だけであり、ダンジョンでは調達できるものではない。
「この実はどんなものでしょうか」
「生でも食べると青臭さが強いが熱を加えると臭さも消えて酸味が利くようになる、肉や魚をこの実を崩したもので煮てやると臭みを抑えてくれるんだ」
「おもしろそうですね、畑でも育ててみたいです」
「やめときな、お嬢さん。素人が育てたのを聞いてみるとかなり実割れを起こすらしい」
「そうなのですね」
ニーシアは野菜を売る屋台の店主と話している。おもしろそうな農作物があると作り方を聞いていたりする。村では見かけなかったのだろう。
農具が揃っているので食料確保のために農作業をしてもらえると非常に助かる。
ダンジョンのDPで取り出す餌に、ニーシアも慣れてしまっていた。食べる機会を減らすのではなく、どの料理と一緒に食べるかに話題が移っているのだ。体調にも問題はないため雑穀団子もどきは、かさ増し食材として優秀だったとしか表せない。
屋台で立ち止まりながら教えてもらった宿屋に向かう。都市に入るまでは獣を警戒していたので疲れている。空はまだ明るいが早めに休んでおきたい。
宿屋で2人部屋を頼み、部屋に上がる。この宿ではかんぬき錠を使っているらしく、木の棒を壁側に動かしてしまえば扉が閉まるようになっている。
泊まる部屋は寝台が左右に置かれていて、奥に物を置くための空間があるといった程度である。
宿が用意する食事を食べる前に体を拭いておこうと思う。洗い道具は宿代とは別料金で、宿の中庭にある井戸で水を汲んできて、中庭か部屋で身を洗う。ニーシアのために水を溜めた桶を部屋へ運ぶ。礼儀があるかは分からないが、不意に見てしまわないように荷物の整理をして時間を過ごす。
今日一日は都市に慣れようとする程度で、買い物は土貨しか使っていない。屋台では、食べ物がかごに積まれて、まとめ売りされていた。軽くなったはずの背負子は数回の買い物で埋まる。
宿屋での食事は一階の食事処で食べる。宿泊客は席についてから木札を渡す。
出てきた食事は野菜が入った味の濃いスープと煮た穀物、それに軽い酒がついてくる。酒は自家製らしく他の客もそれを目的に来ているらしい。お金をだして頼んでいる。ここの宿の酒は舌に効く為、少量でも楽しめるのが良いらしい。そう言った客は大きい持ち手を何度も逆さにしてあおっていた。
ここに来て初めての酒だったが、提供された分では彼女も同様に酔う事も無く。酔うなら追加で頼めといった具合だろう。
料理も食材の量が多いためかニーシアが作っていたものよりも美味しい。都市と村の違いを舌で知った。彼女を一目見るとこちらに気づいて少し頬を染めていた。ただの煮物にも確かに味が加えられていて、それ単品でも食べられる仕上がりになっている。
食事を終えて寝台に座り休んでいる。
「アケハさん、今日はすごい人混みでしたね」
「ああ、人の声に包まれていたからな」
下の階の騒音がわずかに部屋まで届いている。明かりを灯しているため遅くまで酒場は続けられる。今頃は街灯も灯っていて客の家路を助けているはずだ。
「都市がここまで人が多いなんて知りませんでした」
「俺も初めてだから疲れたよ」
「私も同じです」
薄い布を何枚も重ねられた寝台だが、ダンジョンに置いてある自作の寝台の方が柔らかかった気がする。横を向くとこちらを向いて眠る顔がわずかに見えた。窓も大きくないこの部屋は朝にならない限り、明るくならない。
起きると朝食を食べてから宿屋を出る。
目の前では大勢の人が行き交っている。通りを渡った人も対面にある人混みに溶け込んだ。
屋台に立ち寄る事を少なくして早く宿に着くようにしたい。昨日は最後の空き部屋だったらしい。今度の宿は都市の中心に近くなる分、利用者も多くなるだろう。部屋を確保してから宿屋の周りで見物した方が良い。
人の流れに従って石を踏みしめて歩く。
変わらない賑やかな景色に終わりが見えてくる。魔物による襲撃の影響が残ったここは、広場のように物が無く視界が通っている。
人が多く集まっているその空間の中で、少し高い位置で護衛をつけて演説をする人間がいた。離れていても姿を確認できる。
「ですので次の襲撃があっても、これほどの被害はありません」
一度視線が合った気がするが、今は違う方に顔を向けられている。
「洗礼が可能になるまで時間がかかりますが、その間は私がこの都市に滞在しています」
金の長い髪はこの人だかりの中でも目立つ特徴だ。
「洗礼について聞きたいことがあれば、明日から相談会を行います」
教会の関係者らしい。
「洗礼を受けていない方がいたら、ぜひ、相談にいらして下さい」
周囲では演説をする者を呼ぶ声が発せられている。アプリリス様と敬称をつけて呼ばれる彼女は聖女の一人らしい。
彼女の演説よりも観衆の声がわずらわしく耳に入り記憶に残る。
ニーシアの手が自分を強く引っ張りそれに気付く。
「すみませんアケハさん、人混みで気分が悪くなってしまいました。ここから離れる事はできませんか?」
人が少ない場所を探してすぐに移動する。




