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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
5.従属編:125-157話
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128.検査(第一章)



 異常だ。


 寝起きだというのに、鼻に通る冷たさが無かった。全身を動かし、布団に隙間を作っても温かいまま。両隣に寝転ぶ姿も無い。

 起き上がろうとして、支えにした両手の方から重い音が鳴る。抑えるように途中の姿勢を保つ。

 部屋を見渡すと覚えのない空間が広がっている。まず部屋として広い。白が強い色調の壁や天井。そこから際立つ家具には、装飾や艶が見えている。

 壁に埋め込まれた暖炉。硝子張りの棚。大きな衣装棚。姿見。いくつかの扉。今いる寝台もそうだ。

 居場所が知れない。


「お目覚めになりましたか?」

 声の元は、長椅子に座り、背を見せている。奥にも対の椅子が見えるため、応対用の席だろう。床には絨毯が広く敷かれている。

 声の主が立ち上がると、席を離れてこちらに歩いてきた。

「アプリリス」

「はい、その通りです」

 教会に連れ去られて、部屋に案内されて、……首を回して見つけた窓は明るい。一日寝かし続けるような面倒はしないだろう。内装には教会の雰囲気がある。

「2人はどこだ?」

「別室で眠ってもらっています。身の安全は誓いますよ」

 取り押さえる際に家具を壊されないよう、抵抗する気を奪うというなら理解できなくはない。それでも人質ではないだろう。揃っていたところで戦力は低い。

 隔離するなら牢屋だ。保護するために2人を分けたとしても、強制して反発を招くような損を選ばないだろう。あるいは説明する間もなく、緊急に行う必要があったのか。

 寝台のそばで止まった聖女は、以前と違い、衣服に装飾が少ない。上下を合わせた緩やかな衣、腰の帯だけて留めているため寝巻着に見える。

 拘束している敵に対しても武装を怠るような油断はしない。ニーシアとレウリファの方が問題なのか。分断した時点で容易に対処できる問題があるのかもしれない。

「これは何だ?」

「逃げないように、繋がせていただきました」

 こちらの両手をそれぞれ繋いでいる鎖は、布団に隠れていたもので、見たところ寝台の下部と繋がっている。余りが少なく上半身を起こす以上は動けそうにない。両足も鎖が繋がれているらしく、足を動かすと環の重みが返ってきた。

 はがされた衣服は、丁寧にも、窓のそばにある机に並んでいる。

「ここはどこなんだ?」

「私の部屋です」

 答えた聖女が寝台に腰掛けてくる。

 短剣の一つも持てない今、叫んで暴れたところで、部屋の外にいるかもしれない教会関係者が聞くだけだ。状況を把握するにも情報を得たい。

 残念ながら、話をしたところで目の前の聖女が解放を許さないだろう。


 真意をたずねるべきか。

 抵抗が危険でも、従うような指示が出されない。


 剣を帯びた騎士に取り囲まれていたなら息もできなった。とはいえ、聖女しかいない状況を甘く見る気も無い。聖女自体、洗礼を行う教会が推している存在である。魔法が使えて当然だろう。使わないとしても、武器は歩けば届く位置にある。

 動けない自分では負ける。硬化の魔法も、多少の殴打なら負傷を防げる程度、刃は防げない。

 聖女が印のついた手を伸ばして、布団の上から足へ触れる。布のこすれる音が聞こえる。

「喉は乾いていませんか? 飲み物はありますよ」

 手を遠ざけて立ち上がると、先ほどまでいた椅子の方に戻る。再び来た時に運んできた盆は寝台脇の机に置かれた。

 一人分を運ぶために盆を使う事も、あるにはある。この場で注がれた物でも安心できず、拒否も難しい。

「毒を警戒しているなら、私が先に飲みますね」

 目の前で飲んで見せると、次はこちらに向けられる。

「器にも毒はありません」

 聖女の手で口元へ運ばれる。避けるような刺激は無い。色は透明、薄く甘みが付けられたお湯だった。遠ざけられた器は盆に戻される。すぐ死ぬような毒ではなかった。

 不快だ。相手の意図が分からない。

 警戒を薄める姿で、毒の心配まで演じて、距離を詰めてくる。安心させたいにも早計だ。

「ダンジョンコアを要求するとは思えない」

「はい」

 顔が向けられている。

「何が目的なんだ?」 

「覚えていないのですか?」

 顔を見かけた程度の相手というだけだ。他に何も無い。

 聖女の手がこちらの手に触れる。ただ、手のひらへ重ねて触れている。顔まで向けて、他に何をするでもない。

「そうですか」

 勝手に納得して聖女が、こちらに向き直る。寝台に乗り上げると、正面に抱き着いてきた。

「私の聖者様」

 背に回された聖女の手で、引き寄せられる。

「呼び出す時に見つけたの。なのに、召喚陣に現れなくて。とても心配しました」

 耳元から息は聞こえない。

「召喚陣とは何だ?」

「聖者を呼び出す儀式の基点です」

 知らないし、覚えもない。

「何も知らないのですね」

 答えられない。


「気にせずとも構いません。貴方は人間として生きるだけで良いの」

 聖女が近く、面と向かい一方的に告げてくる。


「あなたが、どんな存在だろうと構わない。ひとつでも好きなところを見つけて愛したい」

「私が、あなたに与えられるのは歪んだ愛だけだから」

「あなたから、自由を奪ってしまう。そんな私でも好きと言って欲しい」


 聖女が触れた、肩の刺激を避けられない。繋がれた手首が痛み、鎖が音を立てる。遠ざける動きは無意味に終わる。


「こんな怪我だって負いたくなかった」

「周囲の動きに怯えて、眠る事もできない」

「つらいかった、苦しかったでしょう?」


 煮えた腐肉のような質感が、肩から肘へと肌を伝い、這った後にかゆみを残す。手を閉じたところで、隙間から入り込まれて、力を解きほぐされる。湿った臓腑を塗り付ける動作に反して、擦れた音が鳴る。


「敵とは戦わなくても、傍にいるだけでいいから」

「私が守ってあげる。あなたを役割から救ってあげるから」

「他に煩わされないで、一緒に家庭を作って静かに暮らしましょう?」

 

 熱を持つ塊が、飽きたように進路を反転する。まだ浸食されていない部分を確実に狙っている。手から肩まで、往復した疲れが見られない進みで、戻ってくる。


「あなたは縛られて無理やり犯されただけ」

「不快で抵抗もした、強要した私が悪い」

「反撃できなかった、それで良いの」


 こんな肉に混ざれば、誰の目からも廃棄物として扱われる。肌の下を刃で切り刻まれ、守る骨さえ鈍器で砕かれ、体を細切れにされる。肉片がこびり付いた汚い樽に詰め込まれて、ごみ同然に処理層へ投げ捨てられる。


「私から逃げないで」

「私に愛されて」

「私を愛して」


 こちらの構造が既知であるかのように迷いなく進んでくる。正常だった胸元に異常を貼り付ける。普通だと覚えさせるように、何度も、幾重にも、繊維の隙間を通すように、肌へ異物を押し付けられる。


「最初は形だけでいい」

「肉体関係を得るだけでも、強制的に感情を生み出せる」

「きっと私も自分を騙すために」


 触れてくるのは、ただの手だ、元を探ればわかる。こちら腕より細い肉、関節らしき曲がりもある。形を保っているため骨もある。人の身のはずなのだ。


「快感や相性を求めるなら、大勢から選べばいい」

「どんな存在でも物でしかない。代わりはいくらでもある。だから……」

「あなただけを選んで、あなたとだけ交われば、あなただけに特別な意識を向けていられる」


 話す言葉も理解できる。正常な会話をしていた時はあった。


「安心してください。この身は処女です。病の危険もありません。操も誓います」


 目の前の存在が布を外して、隠された身をさらす。離れたはずの手が、今度は首を経由して顔まで登ってくる。

 知らない異形ではない。あるがままを捉えれば、過剰に恐れる事も無いはずだ。


「命を養う麦穂のような、明るい髪」

「歪みを知らない、無垢な瞳」

「困難でさえ捉えて、諦めない意思」


 金の髪は艶を持ち、腕の動きに柔らかく応じている。顔の構造だって人そのものだ。

 理解できないのは思考だけで、それ自体は他人と同じ事だ。


「できれば、噛まないでくださいね」

「このにおい。愛おしい。守りたい。私だけのあなた」

「今だけはこうさせてください」


 顔を真横へ重ねて腕で絞めつけてくる。

 脈が聞こえるほど自分の鼓動が荒れている。

 聖女の荒い息が首筋まで温める。


「私はあなたで気持ちよくなりたい。いつか、あなたも気持ちよくなってもらいたい」

「私があなたを拒絶しない。他人があなたを異常に扱おうとも」

「私とあなたの存在が、大きく変わらないと知っています」


 顔を離して、向き合う。

 何度目か、変わりない表情で口が動く光景を見る。

 警戒して意識し続けても、痛みが与えられない。


「聖者と称えるから戦え、とは求めません」

「あなたは戦いから逃げてもいいの」

「私の胸の中で赤子のように休んでいいの」


 容易に殺せる状況を作っておいて、武器を解く意味は。

 返事も求めず、一方的に話を続けている意図は。

 アプリリスという存在が起こす行動を予想できない。


「目が覚めたら、一緒に朝食を食べて」

「隣り合って木陰で本を読み、寄り添って昼寝をして」

「浴室で洗い合って、抱き合って眠りましょう」


 頬を撫でる腕が下がり、首筋へ流れる。

 首元へと垂れて、胸の前を落ちた。

 比べて、弱々しい聖女の肩がある。


「きっと、それでなんとかなる」

「そのためなら私は、今の貴方の心を踏みにじってでも……」

「でないと、私もあなたも、耐えられなくなる」


 聖女の瞳から涙が伝う。

 細められた目を拭い隠し、終えた手が離れる。

 それている視線がこちらに移った。


「あっ」

「アケハ、……様」

「私、もう」


 聖女が全身を重ねて、倒れかかってくる。

 抑えられていた身の丈に合う重みが伝わる。

 上半身を支えていた両腕が傾き、姿勢が崩れた。



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