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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
5.従属編:125-157話
126/323

126.取引



 扉が叩かれ、台車と共に侍女が入ってきた。

 視線を向けた聖女が許可を出し、侍女が給仕を行う。

 机に並べられた器は、この部屋と同じく装飾が少ないながらも、お菓子と飲み物を静かに飾っている。皿に盛られたお菓子は種類が多い。

「ラクレ、ありがとう」

 礼を見せて侍女が部屋を出ていく。後の給仕は各自で行うのだろうか。脇に停められた台車に、飲み物とお菓子の予備は残っている。


 扉が閉ざされて、少々。

「話を切ってしまいましたね。ごめんなさい」

 こちらに向き直して聖女が誤る。

「勝手ながら、アケハさんの情報を調べさせてもらいました」

 ダンジョンコアを報酬で貰った事を知れば、経緯も調べるだろう。簡単に手に入るものでは無く、ダンジョンに異変が続いていた事もあって、注目されるのは当然だ。

「とはいえ、急な調査で整合性も低いもの、誤りがあれば指摘してください」

「わかりました」

 聖女から書き残すような準備は無い。口頭でいいのか気にしたが、噂話でもない限り、誤情報は少ないだろう。元々、情報の照合が主目的ではない。

「最初に経歴を確認させてください。これまで大物狩りの経験は無く、圏外の活動も無し。難度の高いダンジョンへ侵入経験も無く、収入は低め。素行は普通。……あくまで統計上の評価なので、……大体の探索者は同じだと思います。重要記録に記載のある方は、重犯罪者か貴族に匿われる者かと」

 随分調べられている。教会は討伐組合の情報を入手しているらしい。大勢を管理する上で、職員が一目で判断できるような基準は要るため、情報自体に不満は無い。

「獣魔は登録済みですが、ここでは詳細を伏せさせていただきますね」

 種類や個体数を隠したのは、正誤を確かめる理由も低いという意味だろうか。

「これを読んだ時点では、獣使いという点を除けば、ありきたりな探索者だと思いました」

 まあ、間違いない。目立たなかった事は都合良いくらいだ。

「ダンジョンの最深部に行き、組合施設の異変を察知して救助を行う。ダンジョンの崩壊は阻止できなかったものの、施設職員と協力して襲撃者を撃退、犯人の死体も状態を維持したまま確保する。施設の最終点検を補助、地上までの護衛、帰還後の情報提供」

 聖女の語りが遅くなっていく。

「そして私が注目する原因となった、報酬のダンジョンコア……」

 途切れた言葉、

「……特段実力があるわけでもない探索者が受け取る報酬ではありません」

 後に言い渡された結論は、自分でも考えていたものだ。


「組合が出す破壊依頼の報酬は買取額の半分が限度でした。確かに今回の施設襲撃が重大な事件であるのは事実です」

 通常の報酬も説明してくれる。組合の依頼でと限られているため、個人でダンジョンを破壊した場合は別なのだろう。

「それでも職員の救助と直接関係しない、ダンジョンコアを報酬とするなど、まず正常な処理ではありません。査定を終えての金額ではなく、実物を早い段階で渡している事も不可解です」

 異常な対応が取られた結果、教会にまで注目されたらしい。

「討伐組合の問題であり探索者個人に指摘はありません。むしろ、アケハさんには感謝しています」

 こちらの身の上を疑わないらしい。

「ただ、ダンジョンコアという餌に呼ばれて、貴族も含めて複数が動いています。襲撃を指示した者が含まれている場合、非正規な手段を取ってくるのは確実でしょう」

 探索者より目立つ、組合と周辺の動きを探っていたのだろう。貴族が関わるという話は噂も聞いていた。


「時間も限らせて、弱みを盾に脅迫しているのは自覚しています」

 口出しする内容も無いため、一方的な会話になっているのは事実だ。

「魔物の襲撃を受けて教会が崩れた事は前代未聞で、光神教も対処に追われているのが状況です」

 教会関係者を避けていたため、状況は知らない。普段より忙しいのだろう。 

「都市規模の復旧となると使われる魔道具にも上質な魔石が使わるのですが、国が適切に運用できるほどの量を確保できていない。当初から見通しの甘さもありました」

 魔道具は見慣れたものでは無い。知らないところで普段の生活を支えているらしい。


「都市の城壁が破壊された事が民衆に不安を与え、追い打ちをかけるように各所のダンジョンで騒動が起きています」

 魔物の襲撃は都市周辺に配置された村の存続にも関わっていた。村を放棄した件でも、生活を失いたくなかった者がほとんどだろう。

「混乱に乗じて戦力を整える動きがあり、急激に増えた魔石の需要で、関係する相場も乱れています」

 探索者からすれば、買取金額が上がるのは助かる。というのは自分が実績の少ない探索者で、魔道具以前に装備の質を上げているためだ。

 魔物の素材で魔石と肉の買い値に差が生じるなら、肉で稼ぐ者の場合は、魔道具を買う事が難しくなる。

「戦闘用の魔道具を欲しい人は増えても、資金に余裕がある限られた者でさえ足りない状況で、競うように魔石の値段が上がる。値段の吊り上げを狙う者がいるのは仕方がない事ですが、遊びに付き合うほど今の社会に余裕はありません」

 話が長くなってきた。いや、理解しきれない内容を次々と告げられて、混乱している。


 聖女の話が止まった間に呼吸を意識する。

「ダンジョンコアを譲っていただけませんか?」

 交渉目的だと、途中で言われた覚えはある。

「教会としては即金で聖光貨50枚をお渡しできます」

 聖光貨50枚。普通の者なら探索者を辞めろと言われても従う、質素に暮らせば一生過ごせる金額である。

 組合の手違いでなければ、おかしな報酬を受け取った事になるだろう。自覚はあった。

「ただ、時勢を考慮するなら、せめて70枚は欲しいところです。私としても、後で追加の申請をするつもりですが、実現できるかは確実ではありません」

 値段の交渉ではなく、単純に取引の有り無しを問われている。

 聖女が教会を運営しているわけではなく、大勢の意見がまとまるのも時間がかかるだろう。聖光貨50枚という提示は、魔石の価値が上昇する以前の想定かもしれない。

 始めから値段が大きいため追加で上げてもらう魅力は少ない、というより想像できない。

「どうか、一度お考えください」

 礼を見せる聖女に対して悪い事をする。


 自分がまともであればダンジョンコアを譲っていた。光神教が洗礼を広め、魔法を使えるようになった者が強い魔物を退治する。聖者だって魔物の襲撃で活躍しただろう。暮らしを守ってくれる存在に協力したくなるだろう。

 自分はまともではない。ダンジョンを操る事が可能で、生み出す魔物に命令できる。獣使いという範囲は越えている。人間の生活を脅かす魔物を生み出すなど、警戒されるのは当然だ。見つかれば監視され、どこかに隔離される可能性もあるだろう。

 自由を守るためにも、戦力を残しておきたい。ダンジョンコアという予備は残しておきたい。


「悪いが譲れない」

「聖女として可能な事であれば何でもします」

 聖女の一声で、こちらの身の安全が守られるだろうか。

 光神教が魔物を操れる者の自由を認められるとは思えない。一人が認めても、他が認められなければ難しい。聖女が絶対的な立場を持っているなら、交渉金額にも余裕は与えられるだろう。ダンジョンコアに価値がその程度という事なら、自分の保護にも限度はあるだろう。

「それでも、受け入れられない」

「そうですか……」

 拒否されたというのに、聖女の顔には念のひとつも見えない。感情の機敏さが薄いためか、面と向かっている気がしない。

「では仕方がありませんね」

 目を閉じた姿は隙だらけで、部屋の外が騒がしくもならない。

 聖女が一つ、呼吸を見せた。



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