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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
4.偽装編:94-124話
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123.心持ち



 朝食を作るニーシアの袖に隠れた上腕の傷は、昨夜も確認した。

 誘拐された時に付けられ、助けたサブレによって治療された傷跡だ。上腕の半分に、肉で埋められた、歪みのある一本の腫れが残っている。長く切られたというのに出血と痛みが無い。非常に優れた方法だろう。

 腕を濡らすほどの流血を止め、身体の動きを悪くする痛みを抑えてくれる。治療時間も短かったため、戦闘が続く場所では重宝されるに違いない。

 目立つ色も、衣の下という位置であり、ニーシアの元の肌色が薄いためだ。傷が絶えない探索者からすれば、気になる状態ではない。

 腫れを触れられた感触は無く、周りの肌が押されている感触が常にあるらしい。それ以外は正常である。鍛錬を再開するには不安で、今は様子見を続けておきたい。

 赤みのある膨らみは消えないまま、運動量を増やしているが異常は感じられない。遠くない内に探索者として活動もできるかもしれない。

 日常の動作は続けられ、普段の食事風景があった。


 食事を終えて庭に出る。

 雨衣狼たちは寝床を離れて庭に出ていた。掃除を行い、水取り換えや夜気鳥の餌を足しておく。

 走る3体に声をかけて、朝一に自宅から出した、ヴァイスを呼び戻す。他2体は離れたところで様子見して、駆けっこを再開する。毎日の習慣となって疑われる事は無くなった。始めの数日は妨害されていたため悪い気はしていたのだ。

 屈んで腕を伸ばすと、ヴァイスが近くまで寄ってくる。腹回りに巻いた包帯が目立つ。

 正面から首周りに腕を回して、毛皮を広く揉みほぐす。ヴァイスは機嫌が悪い時は少ない。今日も抵抗する仕草は無いらしい。熱を持った指を止めると、途端に顔が反応した。

 体格が同程度とはいえ、ヴァイスの寄りかかりは重たい。

 怪我を確認をするため長く接している事もあり、毛に入り込んだ虫が移ってくる。庭を駆けまわるだけでも、小さなごみは入り込む。手入れに集中しているが、無視できても、無にできる程度ではない。

 専用の外着を着ていても、回避できない問題になりつつある。最近は衣服も別で洗っており、レウリファの忠告もあって干す場所も離している。怪我を気にしている間は、このままだろう。

 レウリファが清潔さを保つための労力を考えれば、毛並みの広いヴァイスに対して、同程度の質を求める事は不可能である。戦力として頼る以上、自宅に閉じ込めるといった選択もできない。

 櫛を使って粗く整える間も、ヴァイスが無視して構ってくる。

 両手で分担して、ひとまず済ませた後は、先に機嫌を持ち上げておく。敷物に寝転ばせると落ち着いて従う。学習した結果でもある。

 四肢の付け根では空気をかき混ぜるように撫でて、首周りも同様に行い、ヴァイス自身で管理できない部位を念入りに確かめる。しこりやできものがあると、健康にも影響があるらしい。以前から変化には意識していたが、オリヴィアの知識もあって動機は強まった。

 全身をほぐす際には、皮膚を広くわずかに動かして、中の肉にも伝える。

 傷の周辺でもかゆみを訴えてくるため、その時は指を流すほど力を抑える。毛を剃っているため違和感は消えないだろう。

「痛くても我慢してくれ」

 ヴァイスには布を噛ませて、口にも布を巻いて閉じさせる。腹に巻いた包帯を解く、包帯の内側には変色は見られない。塗り薬を洗い落とす際に身体を揺らして抵抗してくる。毎回命令しても反応を抑えらないらしくい。ぬるいお湯でも刺激は多少あるようだ。

 灰の肌に赤みが加わっているのは、傷を受けた初期化からだ。傷口が塞がった後も色は落ちない可能性はある。膿みは無く、出血も無い。

 本人が顔を向ける頻度も下がっているため、傷の治癒も進んでいるだろう。処理を行った組合職員の説明では、あと2日ほどで抜糸を行う。長く放置はできないものらしく、傷が悪化していない事は助かる。

 傷口が開くようなら再び処置が必要かもしれない。獣魔を治療してくれ医師を探すのは難しいだろう。探索者個人で道具を揃えるにしても、細かく加工された道具は高価だ。

 確認を終えて、新しく薬を塗り直して、包帯も巻いた。

 晴続きで地面の湿りも少なく、毎日確認する傷は治ってきている。ヴァイスを外に寝させても問題は無いだろう。

「よく耐えたな。助かるよ」

 口の拘束を解いたところで、ヴァイスを起こさせて、道具を自宅脇に一時置く。軽く触れ合った後に、庭を一緒に走る。まず勝てない。

 自宅を2周した辺りで、ヴァイスを寝床に戻す。ルトやシードのように動くのは我慢させている状態だ。そのうち運動も再開させるため、食事量はあまり変えていない。本人に残す気は無いらしい。悪くないはずだ。

 自宅の玄関で寝かせるのも、同時に終わるだろう。

 怪我をしている事は自覚しており、他の雨衣狼も傷を広げる真似はしない。砂利で汚れにくく、巻いて包帯もある。中まで汚れが入る事も少ない。寝転んで傷口側を地面に触れる程度なら、肌の張りも少なく、傷が開く事も無い。

 抜糸以降は、雨の日に自宅で寝かせるくらいで観察を続けていいはずだ。皮膚を包む毛が重要な獣も多く、傷周りの毛が戻るまで待つ事も考えている。濡れなければ、群れて眠る雨衣狼に寒さの影響は少ない。

 ヴァイスの寝床には使い古しの服や布があり、外よりは温かいとは思う。以前は3体が集まって寝ていたため、寂しく感じているかもしれない。引き離す時間も短い方がいいだろう。

 外着を叩いて、ごみを落とす。脱いだ後は、自宅を入ってすぐ脇に掛けておく。昼には雨衣狼の食事のために再び着る服だ。


 食事の片付けを終わっており、ニーシアとレウリファも自由な時間を過ごしている。見たかぎり、食卓周りか寝台に寝転ぶか、自宅に留まる今は時間に余裕ができている。

 外出も控えた方が安全で、レウリファも護衛の意識を残している。武器を携帯するまでは無い。寝台の近くに用意しておく程度だ。

 ニーシアの誘拐とその後の脅迫事件があって、外出では武装は欠かさない状態だ。


 まだ討伐組合に報告していない。

 報酬が過剰な事と誘拐犯に情報が漏れている事。組合と連携して対処をしたくない。原因がこちらにあるとしても、まず回避できない事だ。

 仮に事件を報告するとして、伝えられる自信が無い。事件現場に近づくのは人が少なさもあって危険で、地図上で示す。サブレが関わった事を伏せる事は難しい。虚偽の報告は避けたいが、知り合いに助けてもらったでは隠せない。口外していいのかサブレに相談すべきだった。事前に相談できなかった。

 誘拐犯が全て死んでいても、他に居ないとは限らない。ダンジョンの最奥施設の襲撃事件から続いているとするなら、敵方に人手が残っている可能性は高い。

 護衛を雇うにしても、組合に仲介させるには不安で、個人的に雇うのも信用にならない。相談したかったアンシーも隣家にいなかった。

 頼れる相手が少なく、自力で解決できるかはわからない。今のまま、自宅に隠れていても終わりは見えない。


 獣魔の餌を与えて、夕食を終えて、ヴァイスを自宅に戻して、日が終わりに向かう。


 先にレウリファに浴室を使わせて、自分は2番目に入った。浴室の汚れが残らないように使い終わりを確認すると、夕食後にヴァイスの様子を見るため、排水溝の網には雨衣狼らしき毛が残る。

 寝台に行きレウリファの状態を確認した後、やってきたニーシアの傷も確認する。

 ニーシアが誘拐された事でその日の外食は諦め、自宅で夕食を食べた。ダンジョンの崩壊、施設襲撃と誘拐。災難が続いて気も休まらない。


 明かりも消して、3人が寝転ぶ。

 ニーシアの方を見ると、仰向けの顔がこちらに向けられた。

「明日は外食に行かないか?」

「嬉しいですけど、……大丈夫でしょうか?」

「朝食を少なめにして、昼の内に帰る。夕方ではなく昼前なら狙われにくくならないか?」

 再び奇襲を受ける可能性はある。前回が昼過ぎだったため、時間が早かろうと変わらないかもしれない。暮れの時間に出歩くよりは安全だろう。

「確かに、寝起きで空腹のままでは、不注意になりそうですね」

「武装をするから場合によっては断られるだろうな」

「作法のある店は元々入りませんよ」

 ニーシアの声に断わる様子は感じられない。

 反対側を向いて、レウリファにも確認する。

「レウリファの意見も聞きたい」

「身体を隠した方がいいのでしょうか?」

「そのままで頼む」

 獣人らしさを隠せば、人混みに紛れる事は可能だろう。それでも、警戒にレウリファの耳は欠かせない。平常と同じ状態を保つ方が良い。

「はい。わかりました」

 食料を買い足す事もあって、外出の機会は失くせない。外歩きの頻度を減らしつつも、行動に慣れていかなければ身動きが取れなくなる。

「外食でも気休めになるだろう」

 言った後に2人の確かでない返事が返ってきた。



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