121.オリヴィアとの再会
歩いてきた道は直線が多く、横幅も十分ある。地図があれば覚えやすい形をしているだろう。
土地に余裕がある整備で、各邸宅を広く囲んでいる塀から庭木が見える所もあった。身の丈の倍ほどある塀が倒れてきても、自分たちに当たらないほど、道に余裕がある。
街並みを走る馬車は市街より少なく、一人の声が目立つほど静かで、絶えない騒音は草葉が揺れか、風か。住む人より多く設置されただろう街灯は、私的な土地を除けば、照らさない場所は無い。
貴族街は以前の都市でも見かけたが、こちらの方が景色は良い。広くならした土地で市街は見えないものの、王城の方向では自然や建物の個性まで見える。高所側らしさが半分残っている。
金銭面を配慮しないなら、住居も庭も広く住みやすいそうだが、獣魔を外に連れ出すのは面倒そうな立地だろう。庶民の仕事場からも離れており、違いが分かる場所だ。
目的地に着き、案内してくれた衛兵たちに感謝を告げる。
「助かりましたね」
隣のニーシアが歩き去る姿を見ながら言う。
「ああ」
離れていく彼らは、市街との境界を守っていた者で、貴族街に入ろうとした自分たちに警告をしてきた。武装を隠さない相手に襲撃を疑うのは単純すぎると考えたが、手紙を見せると、持ち物検めを受けずに進入を許された。元々、証明を見せて門を通るべきで、予約無しに通る者はいないようだ。
止められた後は駐屯所に連絡されて、連れてきた兵士を付けてくれた。監視目的だとしても、案内は助かる。襲撃を受けた場合も護衛をしてくれただろう。帰る場合も、道を巡回している者を頼るべきだ。
入らず留まっていると不審に見られかねない。目的を済ませるためにも、体の向きを正す。
オリヴィアの邸宅は、都市クロスリエで見たものより大きい。それでも、離れた隣にある他人の邸宅と比べれば、小さな規模だろう。庶民が暮らす場合、30人は快適に暮らせる。個人の探索者であれば、その4倍は収容できる。街灯の付いた庭を含めると考える事が面倒なほどだ。
門番はいないため。脇の小さな扉を自分で開けて、庭へ入る。石敷きの道は建物まで続いており、小石も落ちていない平な足元は、馬車も快適に通れる。
背後にいるニーシアとレウリファを2度見返した時には、邸宅の入口に辿り着く、正面扉を叩いて少し待つと、以前に見た御者が応対に出てきて、応接間まで案内してもらった。
手紙には時間が示されていなかった。仕事終わりである夕方まで待機すると構えていたものの、都合よく、オリヴィアが屋敷にいるらしい。
長椅子に座り、室内を眺める。
見覚えのある家具は、以前いた都市から運んできたのだろうか。取り外せない物や、部屋ごとに設置する物もあるため、断定はできない。
扉横の硝子細工は、照明石が使われているらしい光がある。これ1つでも応接間の明かりを保てるほど。照明代の浪費ではなく、家具の装飾まで見せる習慣があるという差だろう。機能性だけ求めている自分では持っていない美意識だ。
扉が外から叩かれる。入ってきたオリヴィアは、向けられた視線を透かしながら、目の前の椅子に座る。機嫌を保った表情で、視線を合わせてきた。
「アケハ。気を楽にして構わない。2月ぶり、だったかな。再会できて嬉しいよ」
正面にある顔が笑みを深める。
「あの時は、返事もできずに立ち去って悪かった」
「まあ、焦らした私も悪い部分はあるからね。生きて会えただけでも十分だ」
オリヴィアが、ニーシアとレウリファの方にも目を向けた。
「一応言っておくけど、君たちが暮らしていたダンジョンは発見されたよ」
コアは持ち運べたものの、ダンジョンの外形は残したまま立ち去った。都市周辺の調査が進めば、人が立ち入るのは当然だろう。
「そうか」
「うん……」
こちらの表情を探すような視線が見える。
「調査結果としては、ダンジョン跡という事になった。周囲の生活跡と埋められた死骸も発見されていて、大襲撃のはぐれが住み着いたという説が有力だ」
調査内容を覚えていたらしく、オリヴィアの手は空で、書類といった物は無い。
「魔物も文化を形成する。特に圏外は個体数が多い、村程度の構造物ならあり得ない話じゃないよ」
魔物の数が多い所といえばダンジョンだろう。魔物が建物を作る場面を知らない。規模が大きく、探索者が到達していない場所なら見れるだろうか。
「発見者は迷宮酔いを感じたそうだが、後の調査では感知できないほどだった。保留欄に記録はしたけど断定するには証拠も足りない」
複数経験しているため、壊れたダンジョンで迷宮酔いが続く事は知っている。ただ、放棄していると薄れていくらしい。
「発見から調査までに薄れたとして、規模を考えると破壊は最近になる。都市襲撃の前後、緊迫した状況で魔道具の需要も増えている頃だ。優秀な素材が欲しいために独断で破壊した、としても納得できる」
確かにダンジョンを壊す目的で、人間を殺してでも入手するような連中が攻めてきた。オリヴィアの仮定は間違っていない。
「悪い現実だけど、高質な魔石は裏取引される方が普通で、足取りを追う事は難しいからね」
ダンジョンコアの行方を探しても、入手経路まで調べる者は少ないだろう。
「発言が真であれ、そういうダンジョンとして処理されるだろう。他の場所でもはぐれが確認されているから、都市周辺の警戒を求める実例になったよ」
自分たちが暮らしていた事実が発覚しなかったのは、都合がいい。
「事実を隠して問題が起こらないのか」
「言えないさ」
顔をそらして、表情が落ち込ませている。
「貴族と違って彼らは、まだ寛容じゃない。殺される事は間違いないよ」
ダンジョンで暮らしていただけなら、探索者でもありえる。生み出された魔物に命令できるとなると別だろう。全ての魔物に命令できると思われて、勘違いで殺されかねない。
獣使いも似た立場だが社会で管理されているため、危険視される事は多くない。皮を借りている自分の経験になるが。
「権力絡みの競走道具になりたいなら教えるけど、捕縛に拘束と、豪邸か牢屋に軟禁か監禁と、予想はできないね。意外と、恵まれた生活が望めるかもしれない。様々な家を渡って、荒い馬車だとつらい時もあると思う」
貴族に知られても面倒になる、オリヴィアに匿ってもらっても結果は同じかもしれない。
オリヴィアが手を小さく叩いて、姿勢を正す。
「ところで、王都の暮らしはどう?」
「家も借りて、獣使いとして探索者を続けている」
「暮らしが安定しているなら良い。なら、ダンジョンで稼いでいるのか」
「ああ。小さい場所か浅い部分しか歩いていないから、まだ稼ぎは少ない」
「ダンジョンが2つ壊されて、選択肢が減ったのは大変だね」
「おかげで、往復が長くなったよ」
「……サブレとは休暇中に出会ったのか、それとも探索者を辞めたり?」
「それは――」
扉が叩かれた音に止められる。
「お話途中に失礼します」
扉が開かれると、台車と共にサブレが現れた。
オリヴィアはサブレの行動を知っているのだろうか。
人間を襲う程度では魔族とは決めつけられない。人肉を食べたのは程度に収まらず、多少危うい行動だろう。助ける以上の事をする必要は無かった。
ニーシアの怪我を治療したのも、肉塊を操っていたのも魔法かもしれない。確かめるにも魔法の知識が無い。洗礼後に表れる手の印も、化粧で隠されている可能性はある。
サブレは台車を机に横づけして、運んできた軽食を配膳してくれる。食べ物の匂いが届くまで、部屋に対して何も感じなかった。慣れた臭いか、嫌いが無かったのだろう。
焼き菓子は甘みを控えてあり、飲み物も刺激が薄そうな感じがある。食事の直後であっても、食べ疲れをしない品選びだ。手に取って食べると、予想を裏切らない味があった。
「おいしいな」
「王都に来てから、嗜好品には困っていないね」
オリヴィアは食べ終えて、喉を潤す。器を置く音も静かだった。




