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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
4.偽装編:94-124話
120/323

120.距離感



 建物の壁には一片の汚れも見えず、物を引きずった跡が広がっている事を除けば、離れた周囲に争った痕跡は無い。元々、争いにもならなかった。

 誘拐犯の8人は顔も素性も知らないまま、崩れた。正面にある肉塊の周辺だけ、成り果てた小盛りができている。


 その中に立つサブレは、自分が現れた肉塊に手を入れ込む。

 急激に体積が縮み、サブレの中に消えると、地面に倒れている姿が残る。

「ニーシア!」

 サブレがニーシアに近付くと、屈んで腕を伸ばす。

 身を起こそうとする動きを助けている。

 立ち上がったニーシアが、サブレの元を離れる。


 血に染まった衣服で歩くニーシアと距離を詰めて、抱き寄せる。

「傷の処置を――」「――いえ、腕は大丈夫です。痛みもありません」

 一度離れたニーシアが、斬られた腕を持ち上げる。表面の血を拭われて、肉の埋まった切り跡が見えた。

「膨れた感触はありますが、血は止まっています」

 上腕の半分はある長い縦筋がある。血管とは異なる、皮膚の張った色が目立つ。

「ごめん」

「仕方ありませんでした。それに……」

 ニーシアの視線の先、サブレが立ち上がる。

「気にしなくて結構ですよー」

 こちらを見て、軽い声で話しかけてきた。

「……彼女に助けられたみたいです」

「ああ」

 ニーシアの言う通りだ。

 サブレが来なければ、抵抗できずに殺された可能性が高い。誘拐犯が要求したダンジョンコアを渡したところで、人質も含め、殺さない理由は無かった。

 ニーシアが背中を預けてきたため、腕を回して支える。


 動きだしたレウリファが、放り捨てた鞄や武器を回収する。

 サブレを遠く回り込むと、血の中にあったニーシアの鞄を拾って戻ってきた。


 ニーシアが残した足跡をたどるように、サブレに近づく。

 血だまりに入る直前で足を止める。

「助かった。ありがとう」

「いえ、私も知り合いが殺される光景は見たくありませんでしたから」

 サブレがこちらを見回して、地面へ顔を向ける。

「汚れますので、離れていた方が良いですよ」

 再び視線を合わせて教えられる。

 下がると3歩辺りで、サブレが動いた。

 

「美味しくないんですよね」

 小山の一つに近づくと、顔を覗かせた後に腕を入れた。

「暗殺者の武器は要りますか?」

 摘まむ形で引き抜いた塊を見せてくる。

「いや、止めておく」

 現場を見ていれば誘拐犯と表すだろう。未遂といってもニーシアの傷は致命傷とは言えない。サブレは敵の情報を事前に入手していたのかもしれない。

「そうですか」

 地面に膝をつけたサブレが、布や金属片を取り除いていく。

 熱心に動かす両腕には、大きな布も巻いて脇に積むほど、丁寧さがある。

 十分に区別したのか、残っていた生物の断片を持ち上げた。

「これなんて、まだ良い方です」

 サブレが拾った肉片を口に含む。腕と口を次々と動かして、小さな身に合わない量を食べている。

「健康な体を保つために、食生活は整えられていて、運動前には節食で、内容物の煮詰まった刺激が薄い」

 比べるように評価を語るため、過去にも経験があるのだろう。

「柔軟な動作を支える肉は、質感にむらが無く、部位ごとに味が分かれて、飽きにくく、あまい」

 脆く崩れる生ものを、慣れた手つきで頬張り、固いものが砕ける鈍い音だけが鳴る。

「骨には、まだこだわりがありませんよ。体よりも器官の方が、個性が出やすくて、集中してしまうんです」

 処理をする手を止めて、こちらに向けられた顔は無表情だった。汚れた袖で拭う仕草をするが、口元は汚れは落ち切っていない。

「ただ、人間を食べるという事に意味があるんです」

 服で拭い落とした手の方は、何度も確認するほど汚れを気にしていた。

「得るため、知るため、越えるため。……そして怯えさせるため。相容れない存在だと認めるために」

 サブレが立ち上がり、血だまりを抜け出て、こちらに近づいてくる。

「これが私です。あなたは人間ですか?」

 手の届かない位置で止まった後は、反応を待つように顔を向けてきた。

 汚れた姿は探索者なら見慣れたものだ。直前にあった食人行為を見ていなければ、獲物の解体作業を終えた姿と見間違う。サブレからすれば人間も獲物かもしれない。

 サブレと人間は、敵対ではなく捕食関係だと。


 ひと山を片づけたサブレは、立ち去る事を提案してきた。

 時間も許されて、周囲に人影が無い事に違和感を覚えつつ、ニーシアの血濡れた服を替えた。血の臭いが残る体で、表通りを避けて市街を抜けて、自宅まで戻った。

 お湯の用意を終えた今は、ニーシアが浴室で体を洗っている。あとで、鞄や服も洗うため、水とお湯も量はある。


 食卓に料理は並ばず、渡された招待状が置いてある。

 サブレの名が書かれた紋章付き手紙は、オリヴィアが喜ぶから王都の邸宅に来てくれ、と帰り際に誘われ渡された。遠くない内に顔を見せに行く。

 サブレの正体を教えてくれた事には疑問が残っている。噂を流されれば処理が面倒だというのに、簡単に殺せるはずの目撃者を生かした。命の恩があるとしても、脅威になりえるサブレを排除したいと考えるのは自然だ。顔見知りであり、こちらの状況を知っているため、行動を見透かしているのだろうか。

 魔族の告発をして、国や教会から身元調査を受けるのは避けたい。ダンジョンコアを複数持っている事が知られて、証言の信用が消えるどころか拘束される可能性もある。

 自分とサブレの正体がどうあれ、外に言いふらす気は無い。身の危険をおかしてまで助けてくれたのだ。裏切られたところで生活に影響がある程度で命にまで関わらない、と断定しているかもしれない。それでも、こちらの生活を守られた事実を無視するわけにはいかない。

 魔族によって知り合いが殺されていれば、考えも異なるだろう。ニーシアとレウリファにも相談した方が良い。

 机の体面に座るレウリファは、誘拐を受けて以降、口数が減っている。護衛の役目を果たせなかった事を悔いているのかもしれない。とはいえ、任せた側も責められる立場ではない。

 警戒に優れた獣人でも、確かでない敵に対して、要人の2人を守り切るなど不可能だ。周囲の状況が敵に利していた。一人が連れ去られ、もう一人も狙われる危険があった。実力以前に体が足りない。

 避けられない状況に追い込んだのはレウリファではない。予想以上の報酬に違和感を覚えながら、可能性を想定せず油断していた。それでも、3人で対策ができる問題ではない。組合との連携に隙があるか、それぞれに問題があった。

 ダンジョンコアの運搬するにも隠す手段が不足していただろう。中身が見えないよう袋に包む程度では、襲撃の関係者でなくても察する可能性がある。

 以前のダンジョンの崩壊から期間も空いておらず話題に残っていた。2度目とあれば、興味も湧く。影響があるのは探索者だけに限らない。魔物の素材は日常生活にも関わるため、噂話は都市に暮らす全ての耳に届いたかもしれない。人目に触れた時点で、個人で対処できる範囲を超えている。


 扉が空く音がして、通路からニーシアが現れた。着替えた後で、髪が湿ったままなのか布で包み隠している。

 隣の椅子に座ると、手紙を一目見て、次に視線を合わせてきた。

「ゆっくり洗っても構わなかったが」

「えと、かなり時間も経っていますよ。それに夕食の準備もあります」

 汚れ物を洗う用事があるため、早めに場所を空けてもらえたのは助かる。

「そうか」

「あの」

 事を進めようと席を立つ動きが、ニーシアに止められる。

「連れ去られた時、駆けつけてくれた事は嬉しかったです」

 ニーシアは言うが、助けたのはサブレだろう。自分は追い駆けただけで、後は敵の言いなりになっていた。

「腕を斬られて痛かったのは事実ですが、人質にされてアケハさんが止まったのは、快くもありました。」

 視線を下げたニーシアは、傷跡を確かめるように自身の腕を撫でている。

「悪いとは思います、けど誘拐されて良かったと。アケハさんの胸中を疑いなく試す機会があって助かったのも本当です」

 再び、向けられた顔には笑みが漂っていた。

「助かったから言える言葉ですけど。これからもアケハさんと一緒に暮らし続けたいです」

 何と答えるべきだろうか。

 危険が多い以上、常に一緒を強要したくはない。探索者という死にやすい仕事を続けて、今さらに状況が悪くなっている。目の前で死なれる事態も考えられ、安全のために離れた先で死なれても困る。

「ニーシアが構わないなら、これからも助けてくれ」

「命令しないと、逃げ出すかもしれませんよ」

 差し出された手を取ると、ニーシアが静かに抱き着いてきた。

 座っているこちらに合わせて、顔を寄せる姿勢が傾いている。負担をかけないように背中へ応え、触れた肌が湿気を感じる。

 温まった手からニーシアが離れた。

「レウリファさんにも助けられていますから」

 机を回り込んだ後に、ニーシアがレウリファを抱きしめる。落ちていた腕も持ち上がり、抱きしめ合う形に変わる。


 手作りの夕食を食べて、就寝の準備を終える。

 寝台で寝転んだ時に、普段より2人が近かった。



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