12.都市と道のり
滞在は2日という約束だったが、2日目の朝に都市へ一緒に向かうことになった。滞在費を余分に払った形だがオリヴィアは気にしていないようだ。
ダンジョンを出て林の中を歩いているとオリヴィアが都市の説明をしてくれる。
「都市へ行くのは初めてかい?」
「ああ、その通りだ」
「なら、石が広く敷かれた大通りだけを通った方がいい」
都市では村と違い地面も整備されているようだ。
「すれ違いに刺されても誰も助けてくれないし、後ろ暗い連中が多い。都市の端の貧民街に追い込まれた時には、次の朝には自分の名前も忘れている。なんてのもあり得るらしいよ」
奴隷になったりするのか、あるいは精神的に壊れるみたいだ。
「表通りならお店も信用を重視するからね。多少値段が高くても命を捨てるよりは安い」
金持ちと知られれば殺されることもあるらしい。奴隷を買えるように聖金貨と草貨はすべて持ってきている、狙われることもあるだろう。
「ここの都市はかなり大きいし、食材は集まってくるから、買い食いも楽しめるはずだ」
何日か過ごすつもりなので、楽しめる場所があるのは良い。ダンジョンの近くで手に入らない食材は多めに買っておきたい。
「あと、歩くのは通りの端だよ、真ん中は馬車が通る場所だからね。言っておくべきことはこれくらいかな」
「助かるよ、オリヴィア」
都会に慣れていない自分たちの事を心配してくれたのだろう。
「こっちも泊めてもらった恩があるからね」
慣れてきた道のりを進むと林を抜けて、踏まれた跡が続いている道が見えてくる。
「道だなー、久しぶりに道を踏みしめるよ」
オリヴィアが呟いてから深く息をする。
道まで来れば野生動物に襲われる心配も減る。配下の魔物たちを触りたがっていたオリヴィアの怖がる様子が想像できない。
「散歩日和だよ。ほどよい雲が空にかかっていて暑くないし、風も弱くて砂ぼこりも少ない」
動き回っているオリヴィアはニーシアの村にあった衣服を着ている。傷の多かった服や持ち物は背負子にしまわれている。
「オリヴィアさんはどうやって私たちのところまで来たのですか?」
「それはもう、野を超え、山を越え、空を飛んで来たんだよ」
「オリヴィアさん……」
ニーシアは笑顔を絶やさない。自分はあきらめている。
「飽きれ顔のニーシアちゃんもかわいいよ。持ち帰りたいぐらいだよ。それに比べて君は。少しは愛想を覚えた方がいい」
ため息をつかないだけの配慮は持っているつもりだ。
村が道から半日なら、都市までは1日半かかることになる。都市に入るのは明日の夜か、その次の朝になるだろう。そんなことを考えながら、人と交差しない道を歩いていく。
人が通らないのに道の形が残っている事は気になる。これまで何度か道を歩いたが、盗賊の男2人以外に道を通る人を見かけていない。最近になって人が通らなくなる出来事があったのだろうか。
「ニーシア」
「アケハさん、どうかしましたか?」
「都市に続く道は、ここまで人の通りが少ないのか?」
「いいえ、村にも商人が来ていましたし、一日歩けば人を見つけられないことは無いと思います」
村を襲った盗賊団の存在が大きいのか。個人での移動を控えている可能性があるな。
「オリヴィアさん。この道の人通りについて何か知っていませんか?」
ニーシアがオリヴィアに質問する。都市に詳しいオリヴィアなら何か知っているかもしれない。
「ここは都市間を繋ぐ道の一つだから、普段なら人も通るはずだね。まあ、先の分岐路まで行けば人には会えるよ」
「そうですか」
オリヴィアも人がいない理由は知らないようだ。仮に人が歩いていたとしても、配下の魔物を連れていないので、自分たちが隠れる必要はない。
たわいもない会話をしたり、雲が流れる空を見ながら、林に挟まれた道を歩く。
夜は道から離れたところで休む事にした。
オリヴィアが点火の魔道具を使い、たき火を素早く用意する。持ってきた火打石は帰りに使えばいい。火打石より簡単に火がつくが、回数も少なく緊急用らしい。
「運動した後でも、この団子は不味いね。ニーシアちゃんのスープがあって助かったよ」
オリヴィアにもダンジョンから生み出した餌を食べさせている。
他にも野宿する人がいるのか、離れたところでも小さな明かりがいくつか見えている。この辺りは都市の安全のために獣狩りを行う範囲に入るみたいで、おそらく明かりのどれかは狩人なのだろう。道から大きく外れない限りは罠の危険は無いらしい。
「明日には都市に着くし、もうすぐお別れか」
オリヴァイがたき火の薪を静かにくべる。
交代で見張りをしながら、地面に敷いた布の上で眠る。
道のまわりの木々は薄れて草原が広がっている。いくつか道の分岐を過ぎて人の通りが増えてくる。馬車に追い抜かされたり、荷台の上で遊ぶ子供たちを大人が護衛している様子を見ながら都市の方へと向かう。子供たちは洗礼を受けに行くのだろうか。
「あそこに見えるのが目的地だね」
オリヴィアの指した先には大きそうな建物が見える。都市は壁で囲まれているらしい。
そこに近付くにつれて人が多く集まっており、各々が動いているのが見える。
「二人に悪いけど、ここで分かれる」
厳しい声質に変わったオリヴィアは都市に顔を向けている。都市はまだ遠くてはっきりとは見えないが、何かがあったのだろうか。
「すぐに会うことは無いだろうけど、また会おう君たち」
「ここまでありがとうございました」
走り去りながらもニーシアの声に反応して手を挙げてくれる。
少しずつ周囲の人の流れに合わせていく。
近づくにつれて、多くの兵士らしき人が外にいるのが見えてくる。揃った装備で帯剣しており数人でまとまって周囲を警戒しているようだ。
目的地からこちらへ向かってくる人々の話を盗み聞きすると、城壁内に大量の魔物が侵入したという事が分かった。都市を横断する形で壊されて、今も復旧作業が続いているらしい。兵士たちは崩れた城壁の周りで守りを固めているのだろう。
離れていても高く見える城壁。壁よりも一段高い塔が間隔をあけて埋め込まれている。道の正面にある大きな扉は閉ざされている。
壁を直すためか、人より大きな石材を運ぶ荷車が城壁の周囲で動いているのが見える。
一つ一つが人よりも大きな石材で城壁もこれらを組み合わせて作られているのだろう。自分の持つ配下の魔物では城壁に穴を空ける事はできないだろう。強そうな魔物の情報を探してみたいとは思う。
そんな修理の様子が見える頃になると、都市に入る列に加わって歩みも遅くなる。ニーシアも兵士が多く集まっている方を見ている。
大量の魔物が同じ方向から攻めたみたいで、地面が大きく削られている。何人かの兵士は地面に落ちた武器を拾い次々と荷車へ積んでいく。兵士と魔物で大規模な衝突が行われた痕跡が今も残っている。
見上げる城壁の高さは、ダンジョンの奥行と比べれば半分程度だろう。
数か所に分かれて都市に出入りするようだ。
門にある検問所で手荷物を兵士に預ける。
「この都市に来た目的は何ですか?」
担当の兵士たちに聞かれる。
「洗礼と奴隷の購入のためです」
魔道具が持ち腐れにならないように、二人とも洗礼を済ませておきたい。
兵士と自分の間にある机の上に手荷物が置かれている。
目の前でお金や食料、衣類が調べられていく。聖光貨を見せるのは不味いかもしれないが、隠すことはしていない。
「洗礼ですか……、奴隷は買えますが、洗礼は他の都市に向かった方がいいでしょうね」
対応していた兵士が気まずい顔をしている。
「この都市の教会は先日の襲撃で倒壊しています。臨時の教会が建設される事も当分先になっていまして、教会の業務はそれ以降になります」




