118.視線
朝食を食べると、自宅がある山側を下りた。
昨日の内に決めた行き先は、慣れた道から遠く。片手にある地図を頼りに進む。
市街に並ぶ建物には個性が見える。看板や建物の色。通い慣れた者なら、大通りや小道を数えなくても、この通りを利用できるのだろう。
探索者という立場では、食料の市場や飲食店が多く。生活の小物まで買い揃える機会は少ない。急な消費や引退後の備えとして溜め込むか、娯楽で散財するのが探索者らしい行動だろう。死ねば家も金も無駄でしかない。
慣れない場所でも安心できる理由は、帰る方向を誤らないからだろう。はぐれた場合の待ち合わせが難しくとも、自宅に戻れない事は無い。歩いていれば、いずれ王城と教会を見つけられる。外と違って壁に囲まれているため、遠く外れる心配もない。王都も迷えば大変だと理解できるが、日常から壁外を歩いている者は距離に対する間隔に違いがあるかもしれない。
王都の中も外とは違った危険がある。通りを歩いている者たちとは、見るところも違うかもしれない。
外壁沿いよりは多く、食料品の通りと比べれば少ない、といった人混みである。行き交う人とは、会話が漏れないか距離を気にする程度で、体がぶつかる事はまず無い。
消耗品ではないため買う機会が少ないというのは、探索者に限らず、王都の中で暮らす大体が同じだろう。
歩幅に余裕ができる道でも、どうしても人々の視線が寄っている。獣人のレウリファが気になるのか、ダンジョンを操れる自分が怪しさを隠そうとして、逆に目立つ仕草をしている場合もあるだろう。
他人より目立つ理由を見つけられるため意識しすぎている。人に紛れ込めない現状では、暮らしづらい街並みである。
「次は服屋ですね」
「はい、主だったものは買い終えたかと」
前を歩くニーシアは、隣のレウリファへ話しかけている。
庶民的な服に鞄一つを背負った姿で、運べるものも少ない。探索者の姿で目立ちたくないため、武器も隠し持つ程度にしている。ニーシアはともかく、レウリファも護衛の姿でない事は今まで無かっただろう。
「レウリファさんも、遠慮せずに買うべきですよ」
「いえ、元々お金がかかっています。食事や身支度の費用を減らせないので、こういう時こそ消費を抑えたいです」
この数日は雨雲を見ておらず、乾いた石畳は滑る危険は少ない。ごみが見当たらない道で、生活臭も薄い。適切に区分けされた、買い気を臭いで邪魔されない通り道だろう。
見かける人の清潔な着こなしは、普段、自分たちが向かう食料市では見れないものだ。馬車道の両端には荷車が停まっており、荷物を積み込んだり届ける姿がある。
「遠慮されるより、頼ってもらえる方が安心できると思いませんか。繋がりが固いほど離れられなくなるので、依存というと悪い印象ですけど、共存させてしまえば良いんです。思い切って、替えのきかない関係にしてしまいましょう。脅すのは無しですよ」
視線高く、互いに協力して、生活を支えている。足元を気にしなくても、普段から整備されている。荷運びと通行人が衝突せず、道を譲る。
「抑えていると疲れませんか。たくさん頼りながら、強みで恩返しをしていけばいいんです。一方的に負担をかけていると思うなら、将来は無くなるように強みを育てて欲しい。ですよね、アケハさん?」
引いたレウリファに押しかけるニーシア。言い終えた顔が、こちらに向けられる。
「ああ、助けてもらっている。レウリファ無しでは生活も続かない。身体の維持は、仕事の上で欠かせない大切な事だ。必要な消費だから負担と思わなくていい。稼いだ分はレウリファの物でもある。勝手に抑えるより、欲しい物があれば相談してから買うでも構わない」
あいづちを細かく打って確かめていたニーシアが顔を戻す。
「同意が得られたので、服だけでも私に選ばせないよう、頼む練習をしましょう」
「わ、わかりました」
両手を掴まれ、下がるにも下がれない姿がある。
「私より年上ですから、服も多く買いましょうね」
無言ながら、頷きを何度も返している。
「それは良いとして、移動しないか?」
「ですね。ごめんなさい」
ニーシアは準備していた様に下がり、レウリファのわずかな反りも治った。
道の端を進んでいたものの、通行人は距離を置くように避けている。流れを止めるほどではないが、抵抗になっているだろう。
目的の店を探すために、再び足を動かす。
立ち入った古着屋は、通りから店内を見渡せるほど入口が広く、客もまばらに見えている。机と棚に積まれた服は、全てを確認するには一日では足りないだろう。放置された布の臭いは、空気の出入りが多い構造をしていても分かるほどだ。
そのまま着られる衣類もあれば、破れが目立つ服、修理用の布も売り出されている。服を売る機会といえば、汚れや破れを気にした時か、体格が合わなくなった場合である。大半は使った跡が残るものだ。裁縫の腕があれば問題無いという品を店側が集めて選別している。飾られた奥には近寄らず、外に近い所に留まり、各々で分かれた。
埋もれた山や積んである物にあさり、手に取った服の良し悪しを確かめる。使い込まれた臭いが落ちない場合もある。縫い目のほつれ、、物によっては虫食いも見つけられる。
積もった底から拾い上げた売り物は叩くと粉が落ちてくる。庶民やや下向けの男物だと扱いはこんなものだ。丈夫なら構わない。何年も埋もれていたなら、丈夫に作られているかもしれない。底を返す機会は月に両手で数えるほどだろう。当然、最初の洗いは水が黒くなる。
2、3着の上下を候補に絞った後は、際立った品を探す。
「アケハさん。これは似合いますか?」
呼ばれて振り向くと、ニーシアがいた。
体の前に当てている服は、下に着ている服と比べて色もある。目の前で身体を動かしている様子に覚えはない。
以前から揃えていた服は、作業着という様で耐久しか考えていない。生活費も予測できない時期で仕方が無かった。
「似合うかは分からないが、色も増えて明るい雰囲気がありそうだな」
「なら買いますね」
「1着でいいのか?」
運んできた他の服が売り物の上に預けられている。
「いえ、他と見比べる前に。ほら」
ニーシアが避けて、道を空ける。
進み出たレウリファが見真似して着姿を見せてきた。
「どうでしょうか?」
身長も体付きもあってか、先ほどと比べて、選ぶ服も変わってくる。足取りが悪くなるため、外出着にスカート系が選ばれない点は同じだ。
周囲から目立つというのはニーシアも含めて、探索者としての活動で避けられない理由もあるだろう。指摘する点ではなく、こちらが助かっている点である。活動の合間、王都でさえ力仕事をする事もあり、一般ほど自由に着られない。
「買おうか」
「ありがとうございます」
レウリファが不慣れそうに声を返してきた。
耳と首輪だけは目立つ。本人は隠さないし、特に首輪に関しては隠せないものだ。
「この際、新しめの服も買っておかないか?」
「確かに欲しいですね。揃えてしまいましょう」
中古が数着で暮らしは可能だ。さらに新品1着を用意できれば、格式のある場所にも入る自信がつく。探索者然としていれば、周囲から悪い意味で納得してもらえなくもない。目立つ気は無いため、備えを用意しておく方が良いだろう。
店の奥にある、見えるように飾られた服も選び取る。抑えている気持ちも、多少は薄れてくれるだろうか。結果が表れるのは着慣れてきた頃であり、今の様子も一時的なものかもしれない。
買った服を鞄に納めて、外の通りへ出た。




