117.共存
試すべきだろうか。
ダンジョンの利用者が増えれば管理も楽だ。交代で行えて、任せるまで可能になる。
「ニーシア」
「はい、アケハさん」
隣のニーシアから反応が来た。
「ダンジョンを操作してみないか?」
反応が遅く、横を見ると、ニーシアの視線が落ちている。
「私で良いのですか?」
迷いを残した表情を向けてくる。
ダンジョンを扱うとすれば、ニーシアが適している。
奴隷の首輪をはめているレウリファとは離れた場所で活動できない。主人の後追いで死ぬ危険もある。獣人が単独で活動するには目立ちすぎるのだ。
自分が死んだ場合に生き延びるのは、ニーシアの可能性が高い。
「嫌なら断わってくれて構わない」
機能があっても利用する必要は無い。断わられた場合は、別の候補が見つかるまで待つだけだ。
「いえ! 私で試してください」
目を合わせたニーシアの全身が押し寄せてきた。
「ありがとう、ニーシア」
頷いた事を確認して、振り返った位置にいるレウリファを見る。
「レウリファは3歩下がって見ていてくれないか」
「かしこまりました」
下がったところでダンジョンコアに正面を向ける。
「ニーシアはダンジョンコアに触れてくれ」
「わかりました」
球体の表面に重ならないようにそれぞれ手を付ける。
権限の付与を行うのはダンジョンコアありきであり、自分は単に頼んでいるだけだろう。
硬そうな質感を手で確かめて、操作を行った。
目の前にある球体は変わらず、透けた鮮やかな青を映している。同じように触れている手も、続くニーシアも見える。
以前は見慣れていた、周囲が壁に囲まれた空間にいる。地下室から移動してコアルームに移動したらしい。
「アケハさん」
一言の後に動き出す。
触れていた手を下げたニーシアがこちらに振り向く。
「これでアケハさんの手助けができます」
「自由とまでは言わないが強制する気は無い。緊急でない限り、相談してくれると助かる」
対等になって、同じ危険を負った仲間だろうか。
「はい、そうしますね」
安全を考えるなら無駄遣いはできない。状況が読めないなら余裕は多いに限る。操作をする役も同じだ。
「操作はわかるか?」
「何となくですが、手探りというより予想できる感じです」
最低限の操作は、不自由なく行える。こちらが苦労せずに操作できた程度は、ニーシアも覚えるだろう。
手を伸ばして球体に触れる姿は見慣れない。これまで他人に触れさせたのはダンジョンを放棄する直前だけ、触れていたはずのニーシアでも行わせる事に抵抗感がある。
自分の存在価値にも関わる存在で、警戒する事は仕方がない。多少の危険があっても、試さないわけにもいかない。今後の活動にも関係してくるだろう。
目を閉じたニーシアが笑みを浮かべている。
「外はこんな風に見えるのですね。レウリファさんの姿も。目がたくさんあるより便利だと思います」
「ああ」
自分が立っていない場所を監視できるのは、ダンジョンを守る上で便利だ。魔物を出現させる位置も選べて、命令も場所ごとに行えた。過去に行った操作を説明しておいた方が安心できるだろう。
ラインを通して視界を確保したのか、ダンジョンの空間そのものを認識したのか。
操作しているニーシアがどこを見ているのか確認できない。
平行作業ができるのは便利かもしれない。ダンジョンを広げる場合でも複数を同時に広げたり、魔物を誘導するのも複雑に行える。今の規模では一人でも手が余るほどだが、これからは分からない。
操作も一人で行えるため、相談も口頭で十分だろう。
「いろんな……」
ニーシアの言葉が不自然に終わる。
ダンジョンコアに触れたまま、ニーシアの表情が止まっている。
「ニーシア」
肩に触れて気を確かめると、ニーシアの全身が跳ねる。
同時に湿った粘り気を打ち付けた音。アメーバが床に落ちた光景があった。
「はっ、はい!」
突とした返事が後から来る。
「アメーバか」
「……えっと、そうみたいです」
視線を迷わせたニーシアが一点へと視線を下げた。
後で庭に運んでおこう。
アメーバを出現させた時点で、ニーシアがダンジョンを操作できる事は確実だろう。隣で立ち姿を見て、言葉を聞く限りでは、操作が可能か不確かだった。
「大丈夫か」
ニーシアはダンジョンコアに触れていた手を見て、動かして、最後に頷いた。
こちらに顔を向け直してニーシアが両手を低く浮かせる。
「えっと、アケハさん」
慎重に距離を詰めて、身体を寄せてくる。
抱きしめてきたニーシアに同じ行動を返す。
目の前の体と背中へ回された腕が、締め付けない程度に動く。
「私もアケハさんと同じでしょうか」
「そうだな」
下にある表情は見えない。
実際にダンジョンを扱えるようになって、喜べる事なのか。
外見に変化は見当たらない。ダンジョンの操作ができる時点で何かは変わっている。自分たちと他人を区別できる者がいないとも限らない。良し悪しも事態が起こるまで分からない。
同類が生まれた事には安心できる。無いより損はしていない。
「後悔していないか?」
正直に答えられる質問ではないだろう。
背中を意識するように叩かれて、ニーシアを離す。
「しませんよ。たとえ死ぬような事態になっても」
視線を交わして断定される。ニーシアに迷いは見えない。
「ありがとう」
「とりあえず、外に出ましょう。レウリファさんも心配しているかもしれません」
「そうだな」
二人でダンジョンコアに触れて、同時に出る。
視線を外すと、地下室があり棚に並べられた物が目に入る。
容器や布地の表面が見えるだけでも、地下室が扱いやすくなっただろう。天井に埋められている照明石は役割を失っている。
レウリファがいる背後に体を向ける。
「今のところ問題は起きていない。外から見てどうだった?」
「気付いた変化はありません」
「そうか」
隣のニーシアから肌を小さく突かれる。
「少し試したい事が」
「どうした?」
「私の言葉が分かるんですね」
ニーシアが魔物に命令する言葉を使っている。
話をしても近くにいるレウリファには理解できない。
「権利を渡す事は私にはできません」
自分の時も最初は無かった。
別のダンジョンコアに触れたり、ダンジョンを一度放棄したり。同じ行動を行えば、機能が増えるにも条件が分かるかもしれない。あくまで可能性である。利用者ごとに機能に違いがある場合も考えられるため、こればかりは試して確認するしかない。
「確認してみるか」
予備にした2番目のダンジョンコアに触れさせてみる。
「駄目ですね」
「とはいっても何度も使うものではないだろ」
「はい」
会話を終えて笑ったニーシアから目を離す。
レウリファは獣人で、魔物である。魔物の中では人間の社会に紛れ込んで生活できるため、ダンジョンを操作する者としては、首輪で縛られていなければ都合の良い存在だっただろう。
殺したいはずの人間によって、ダンジョンの操作が可能というのは意外だ。確かに人間を理解している者なら、効率の良い殺害方法も思いつくだろう。他の人間を絶滅させた後は、操作する者を殺すのか。寿命を待つだけで操作する者も死ぬため、人間より長く存在できるダンジョンとしては大した問題ではないかもしれない。
ダンジョンの利用者を増やす場合のDP消費は無いらしい。
作業の間にDPの変化が無い。自然増加が無いのは、規模が小さいためだろうか。設置直後で変化がない可能性もあり、一度時間を置いてから確認した方が良い。
ダンジョンを設置したところで用もなく、3人で地下室を出た。




