116.確認
十分な休憩を取った後は、地下室に降りた。
小物を運ぶわけでもないため照明は持ってきておらず、階段からの届く光と天井の照明石だけが照らす、室内は暗い。
奥に進んで、先に元から隠していた方のダンジョンコアを確認する。箱に詰めた上で布を被せて棚の下に置くという、すぐに見つからないように保管していた。
取り出して触れてみると、問題無く使える事が分かる。
10,124DP
保管している間に変化は無い。
球体のままダンジョンコアが取り出した事実が広まれば、持ち出すのは難しくなる。現物を見た人は討伐組合の中でも少ないかもしれない。記録として残されるなら、いずれ広く知られるだろう。
検問所を通る際に球体のダンジョンコアが怪しまれるようになる。討伐組合に確認される事は確実だが、1つだけなら言い訳ができるという意味では、以前より安全に運べるだろう。
確かめた後は、元の位置に隠しておく。
次は新しく手にいれた2つ目のダンジョンコアを確認する。
包みを取り外すと、外枠がはまった状態で現れた。転がり防止の枠は邪魔にならない間は残しておいていい。暗いここでは輪郭程度しか見えていないが、組合で見た時は青い結晶が透けて見えていたため、取り換えられている事は無いだろう。
手を伸ばして球体の表面に触れると、伝わってきた情報から自分が扱える事が分かる。
61,035DP
ダンジョンの規模からすると溜まっている量が少ない。多くの探索者が生計を立てられる数だけ魔物が出現していると考えれば、疑問も無い。魔物が余ると探索者も集まる。
ダンジョンコアの1つ目が壊れた場合の予備として使える。利用は少ないが換金価値が高いため、保管しておいて損はしないだろう。
包みを戻してから端の方に置いてから、地下室から離れた。
地下室に続く階段に板をかぶせて、入口を隠す。
居間に戻るとニーシアとレウリファが食卓に留まっていた。2人が飲み干した器は端に寄せられて、片づけを待つばかりとなっている。
近寄ったこちらに気付いた、ニーシアが振り向く。
「アケハさん。明日は買い物に行きませんか?」
「わかった。何を買うんだ?」
金を使い切る事態は考えられない。
「生活雑貨が欲しいです。できれば服もいいですか?」
ニーシアは、他の出歩く姿と比べて、色味も少ない。群衆と個人を比べるのは考え物だが、王都に住む大体の個人より貧相に見えるかもしれない。自分でも思い浮かぶほどなら、ニーシアは断定しているだろう。
女性であろうと探索者は地味な服装の集まりである。作業着を着る時間が長く、生死に関わるため、装備の新調と整備に消費が偏るのは仕方がない。生活手段や稼ぎの違いが、街歩きの服に表れる事は当然だ。金銭的余裕や着る機会の多少で、選べる服と判断基準は変わる。
とはいえ、地味で目立つというのは問題だろう。周囲に溶け込めていなければ、視線が集まる。改善されるなら服を買った方が良い。
全員で稼いだ金であるため、獣魔の生活環境でも改善点を探すべきだろうか。
「余裕がある間にしか買えないから、後悔しないように選んでくれ」
「あと、生還祝いに夕食も食べませんか?」
襲撃を受けても生き残れた事に、報いる報酬があってもいいだろう。組合から受け取った報酬の正しい使い道だ。
前回の外食をした理由も生還祝いだったか。ダンジョンが破壊される事件に連続して遭遇するとは予想できなかった。
「報酬がある分、前回より高い店にも行けそうだな」
「それは当然、言い訳できる内に欲深く狙いますよ」
「そうしてくれ」
自分よりニーシアの方が働きは大きかった。
襲撃事件の功績を差分した場合、自分の役割は探索者の身分を保証する程度、仲介役といったところだろう。職員と協力して襲撃者を一人倒したと言えるなら、半分は組合に移る。レウリファとニーシアの2人の意見に従う。最初から反対する気は無い。
「レウリファも買い物に行きたいか?」
「お願いします」
「明日のために地図を確認しないとな」
二人とも和らいだ表情を見せてくる。
地下室に向かった動きで察するはずの、ダンジョンコアについて聞かないようだ。こちらに配慮している可能性もある。
2人の生活に関わるため、快不快を問わず知っていた方が良い。引き返せない立場だろう。
「少し試したい事がある。地下室にダンジョンを作ってみたい」
「今回手に入った、ダンジョンコアが使えたという事ですか?」
直接言うより前に、ニーシアに推測されていた。
「その通りだ」
予備が手に入ったため、試す気が起きた。
「地下室ですか……」
王都の外では見られる可能性もある。証拠を隠せる場所といえば地下室が安全だろう。
それに、生み出した時点のダンジョンは大きくない気がする。これまでの操作感や見てきたダンジョンの個性から、せまい場所に納まると思う。
ダンジョンごとの規模に差があり、迷宮酔いの範囲も大小が変わる。小さい内は目立たず存在できるかもしれない。
万が一、迷宮酔いの範囲が家を上回る場合は、ダンジョンを即座に放棄する。
家同士が離れているため、試すには適した場所だろう。
「わかりました。試せる内に行いましょう」
ニーシアとレウリファが立ち上がった。
レウリファとニーシアには家の周囲を確認してもらう。レウリファに人の気配を探ってもらい、ニーシアが連絡する役を担う。
ダンジョンを生み出す際は、自分だけ地下室にいた方が安全だろう。
階段を下りて、最初に手に入れた方、1番目のダンジョンコアを取り出す。
外枠が取り付けられている2番目の方は溜まっているDPも多く、再び組合に見せる可能性もあるため残しておく。
地下室の中央は台座が生み出される場所を確保してある。
「外に人はいません」
階段からニーシアの声が届く。
「わかった。ニーシアは離れていてくれ」
「はい」
外に出られる時間を待ってから、手に抱えていたダンジョンコアを操作する。
ダンジョンの生成を意識した後、床に置いた。
伸びていく台座にダンジョンコアが持ち上げられ。生まれた薄明るさで、ダンジョンコアの青色がよく見えるようになった。
台座近くの床が明るく伸びてきたため、後ろに下がるが、最終的に一歩程度の範囲しかダンジョンの床が広がらなかった。
地下室にダンジョンが生み出された。
迷宮酔いも感じず、騒音も無かった。注目されても困るため、静かで良かった。
家の中に設置したため、探索者が無断で侵入する危険は少ない。魔物に守らせる必要もないだろう。
並んだ棚に保管された物も見やすくなった。人が通れる幅は十分あるものの、部屋が狭くなるというのは少し不都合かもしれない。埋め尽くすような利用も無いため、当分気にする要素ではないだろう。
2人の意見も聞きたいため、地下室から上がる。
玄関の扉を出たすぐにニーシアがいた。
「どうでしたか?」
振り向いて、
「作った。何か異常を感じたか?」
「いえ、音にも気付きませんでした」
迷宮酔いも感じないか。
「レウリファはどこへ?」
「家の裏手に行きました。呼んできますね」
答える間もなく、ニーシアが駆けていく。
待たない内にレウリファも戻ってきて、異常を感じない事を教えられた。
様子を見せるために、3人で地下室に下りる。
「本当にできていますね。あと明るくなりました」
階段を下りて早々に、ニーシアが言う。
目の前にダンジョンコアが見えているが、ダンジョンの床を踏むほど近づいていない。
自分の両隣でニーシアとレウリファが立って、台座に固定されたコアを様子見している。
「ここまで近づいても迷宮酔いを感じないか」
「はい」「私も感じません」
2人の意見も同じらしい。
直接見られない限りは、ダンジョンだと気付かれないだろう。人を呼ぶ機会も恐らくない。
「放置してもよさそうだな」
安心したところで、ダンジョンコアに触れる。
10,124DP
ダンジョンを生み出す場合に、DPの消費は無いらしい。
機能を確かめてみると、以前のダンジョンで収納した道具まで取り出せるらしい。新しい道具があるため、取り出す意味は無い。残したものを処分する理由も無いだろう。
意識の端に抑えていた、一番気になる確認をする。触れた時点から教えられるように、機能が追加されていると自覚していた。
ダンジョンの利用者を増やせる。




