115.違和感
取り調べが一段落したらしく、職員が手を休める。
「事件の把握のために、今後も協力をお願いします」
解決するのは、襲撃のあった施設が調査された後になるだろう。先の話だ。
こちらも身体を落ち着かせたい。何度か寝た後でも、血だまりを思い出して目を背ける事がある。魔石を売ってお金に余裕もある。
「可能であれば、王都に留まれる期間を教えてもらえませんか?」
調査が進む内に聞き取りの頻度も下がるだろう。こちらが組合に向かう事も毎日ではなく、調査の都度、職員が自宅に訪れるのも手間だろう。まず、探索者に定住は望めない。
「10日から最大でも20日だ」
正確に答えられるものではない。
休暇が長く、訓練を続けても体が鈍ってしまうのは避けられないだろう。怪我を負ったヴァイスの養生期間という意味が大きい。
「10日もあれば、二次調査を待つ時間はありますね。5日置きに来てもらえると助かります」
現場が離れているため、単純な往復時間を考えれれば、妥当な間隔だろう。
「それと、獣魔の一体が怪我を負っていると伺いました。探索者を辞めるといった事は考えていますか?」
戦えないと判明した場合は、ヴァイスの扱いを変えるだろう。ダンジョンに潜るなら家を離れる期間は10日を越える。世話をするために誰か一人を家に残すようなら、今後の活動に支障が出る。
壁外で野営を続ける探索者は4、5人以上で活動すべきなのだ。自分たちの現状は、寝番でも3人交代と睡眠時間に余裕が少なく、戦力も獣魔で補っている。一人と獣魔が減る場合は、まともな活動はできなくなるだろう。
戦えないが走れる程度の障害で済めば、一緒に連れて行ける。済まないなら、殺してしまうのも選択としてある。戦えない仲間の生活まで保障できない。
急な収入を得ても、貯蓄は減っている。
他の探索者と手を組む場合は、獣使いという立場で、報酬の分配に問題がでるかもしれない。家賃に対して実力が足りない部分もあり、経費に差もでるだろう。
「探索者は続けるつもりだ」
「わかりました」
頷きを返してもらっても意図は分からない。怪我の治療費を貰えるわけでもない。
事件とは無関係の個人情報を聞いてきており、会話も一人が対応するのみ、横2人は様子見を続けている。
「今回の報酬について、話を続けて構いませんか?」
「ああ」
組合だけで決めると予想していた。
「事件が解決したわけではないのですが、前払いの報酬を受け取ってください」
話す職員の隣で、大きな包みの上から小さな袋が取り出されて、机に移される。
「緊急の護衛と情報提供を含めたもので、聖光貨1枚と木貨2枚が入っています」
口止め料も含まれているだろう。
ニーシアの予想が当たっている。置いてきた道具を買い直してもなお、現状の生活が一年伸びる金額だ。中身を確かめた後、落とさないように自分の鞄に納めた。
「本来の報酬として、確認してもらいたい事があります」
職員が横を向く。視線の先にいた2人が包みを机に置く。
包みが外されていき、転がり防止の枠で囲われたダンジョンコアがあった。
「ダンジョンコアである事は確かです。ただし、現状では換金価値がありません」
青い結晶が内部に詰まった球体は見覚えがある。
「どういう事だ?」
高質な魔石として魔道具に使われるため、高価に取引されるものだろう。
「検査では魔石の性質を示しませんでした。おそらく、砕けた状態で選別する必要があります」
魔石として利用するのが一部で、捨てる場所もあるとは知っていた。
砕けないと素材にならず、扱いに迷っているのだろう。
「破壊の後で換金するのは駄目なのか」
「価値が変化してしまう可能性もあるため、要望があれば従います」
魔石の大小で値段が変わるなら、砕け方によって売却額も変わってしまう。あるいは、球体のままで利用方法が見つかる可能性も考えているだろう。
こちらだけで決める事ではない。襲撃時は自分たち以外が職員だったとはいえ、ダンジョンは管理していた討伐組合の資産である。ダンジョンコアを売却した額を部分的に貰う程度であり、組合側が判断してもいいはずだ。
金に換算できないお礼という形で、譲歩しているのかもしれない。
「破壊する場合は準備期間でひと月は先になり、それまで預かってください」
価値を考えれば、組合で預かるべきだろう。討伐組合の施設の方が盗難される可能性は低い。
分割前の大金を個人の探索者に預ける事は変だ。
「盗まれた場合、処罰を受けるのか?」
「ありません。あなた方の報酬です」
都合が良過ぎる。ただ、職員の顔をそれぞれ見たところで、判断できる事は無い。
後の話は簡単に済まされて、部屋を出る事になった。
取り付けられた外枠が邪魔でダンジョンコアが鞄に納まらず、包みのまま持ち運ぶ。
一階に降りて、受付の建物を出て、どこにも寄らずに家に戻った。
玄関の扉をくぐり抜けて、全員が土間を踏んだところで、小さく息を直す。
人の頭2つ分の重さはある荷物は、無駄に力強く抱えていたためか、包みが手汗で濡れている。帰るまでは会話もできなかった。
告げて地下室に降りると、暗い空間の奥に包みを置いて、上に戻る。
ニーシアとレウリファは武装を解いている。外出するにしても探索者の姿では目立つため、自分も着替えて身を軽くする。
急ぎの用も無くなり、3人で食卓に集まった。
「今から買い物に出かけますか?」
ニーシアの提案は、座った後に言う内容ではないだろう。
「休ませてほしい」
「そうですね。わかりました」
否定される事を予想していたようだ。
体が揺れたレウリファへ視線を向ける。
「ご主人様、伝えておきたい事があります」
「どうかしたのか?」
「ダンジョン中で食料の取引をした探索者、インテグラと名乗った方を警戒してもらえませんか」
襲撃者の存在に気付いていた探索者で、ダンジョンを破壊する魔道具を知っていた。大量の魔石を持っていた時点で戦力は高いと考えている。
「勘違いだと良いのですが、外見と合わない臭いがして、人間でも他人に似せたような……、決して臭いを隠している感じは無く、向こうも悪意は無かったとは思います」
言葉が乱れている。
「ただ、奇妙な気配が怖くて、ダンジョンを離れるまでは伝えられませんでした」
死角が多い場所では、尾行に気付けない事もあるだろう。相手に聞かれたくない内容かもしれない。
「組合に情報提供しなくていいのか?」
「あいまいな理由で、信頼できない証言とは存じております」
獣人は、人間より優れた感覚を持っている。レウリファが異常を感じるなら注意すべきかもしれない。不確かでありながら共有するほど違和感の理由を危険視しているらしい。
「わかった」
外見と合わない臭いというと、怪我をしている人の血や薬の臭いといった感じだろうか。
「俺の体臭でも判断できるのか?」
問う時点で自分の存在を疑っている事になる。レウリファも、ダンジョンを操作する存在が普通の人間と思わないだろう。
「……人間だと思います」
レウリファは開きかけた口を一度閉じた、溜めを含んだ返事をした。こちらが間違って死ねば、奴隷も死ぬ可能性が高い。危険を増やすような噓はつかないだろう。
少々問題があっても人間と思われる臭いは出している、と考えて良いはず。
会話が尽きたため、飲み物を用意して休憩を続けた。




