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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
4.偽装編:94-124話
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112.脱出



「無事でよかった」

「いえ、遠ざけられてしまい。助けに入れませんでした」

 武器を下げると、レウリファがこちらに来る。

「ニーシアは大丈夫なのか?」

「はい。”これ”なら多少は扱えます」

 ニーシアは、汚れの多いクロスボウを抱えている。

 遠隔武器なら動きも少ない、とも思えない。魔物を射るためか見た目が大きい。

「安心しろ、それは両腕が無くても使える」

 ロックの説明を聞いても納得はできない。

「それよりもヴァイスはどこへ?」

「怪我を負って休ませた。先に周囲の安全を確保したい」 

「夜気鳥を飛ばしましたが、屋外で動いている人間はいませんでした」

「あとは中か」

 魔物が多く生き残っているため、長く滞在するには向かない。生存者も一つに集まっていた方がいいだろう。


 壊れた防壁から侵入してきた魔物を倒しつつ、施設内を歩き回り、建物を大まかに調べた。

 襲撃者は少数だったらしく、途中でそれらしき死体も見つけた。施設周辺に魔物が群がっていた隙を狙って侵入してきたらしい。

 生存者がいたのはダンジョンコアが監視されていた本館のみで、上の階に立てこもっていた非戦闘の4人だけ、部屋の扉を押さえていた物を退けさせてみると、武装も無い職員の姿があった。

 防壁を修復するには人手は足りず、被害がまともな本館で立てこもる事に決まった。


 治療棟から運んできた道具を、床に並べる。

「我慢していろよ」

 ヴァイスに布を噛ませた後は、傷口に大量の水をかけて、近くの毛をそぎ落していく。

 腹の正面に座ったロックが肉の隙間に落ちている邪魔なごみを取り除くと、傷口の様子が正確にわかる。

「憎いほど、良い切れ味だよ。まったく」

 傷の深さは思ったより浅い。襲撃者が使っていた短剣からすると刃渡りの半分も無い。格子を砂のように崩す短剣には驚いたが、魔物の丈夫さというものはそれ以上だ。

 切れ味については、自分が魔物を解体する時とは比べ物にならない、一線である。

「持ってたやつは死んだから、下手なら謝る」

 傷口は人間用の塗り薬で埋められた次に、針と糸で縫い合わされていく。給湯設備が使えたのは助かった。

 内臓に届いていないにしても脂肪の層を越えて赤みが見えていた。

 ヴァイスの動きを抑えている間に、曲がりのある針が何度も糸を通されて、裂け目は塞がれていった。

「当分身動きはできないな。ひと月はまともな動きをさせるなよ」

 抜糸は2巡は先、歩くにもさらに3巡。半月は寝たきり状態で休ませるらしい。

「薬を毎日洗い落として塗り直す。薬は自由に持っておけ」

 ダンジョン最奥の施設には、40人以上が暮らす設備が揃っていた。魔物と戦う以上、重傷者が出る事も想定されている。獣魔の一体に使う余裕があるどころか、生き残った数人では使い切るのも難しい。

 怪我の次第だが、今日明日でヴァイスが死ぬ事は無いだろう。


 夕食は食堂に集まり、全員で食べた。

 料理人が生きていた事もあって、贅沢に食材を使った品数の多い食事だった。使わない机を端に寄せて、大量に並ぶ光景は、めったに見られるものではなかった。人数的に大したものではないが、ダンジョンの中では一番豪華だろう。

 生存者が一堂に集まるというのは、安心感を得るための行為でもある。数刻前は戦いに包まれていて、跡も各所に残っている。少しだけ危険を忘れる時間があって良いはずだ。

 魔物が侵入する事態を考えると油断とも思えるが、食堂は匂いを広める窓が付いているため、建物内の異変も多少は気づきやすい。最低限の武装は忘れておらず、調理場に関しては火も金物もある。

 皆、支障が無い程度に酒を飲んでいた。何度か酌み交わしていたのは、今後を考えれば助かる。初対面に近い相手も人柄を知っておきたい。1つの建物内で生活するため、顔は覚えておきたかった。地上までは互いに協力を必要とする、悪い仲になる意味もない。

 相手は全員年上であり、任期も長く、この施設に暮らし慣れていた。戦闘ができない者でも、設備の説明や娯楽の楽しみ方といった話題は限りなく、日誌も交えて話を続けていた。

 多種多様な趣味を叶えてきた本棚は分類が極端になり、勉強用の児童書まで揃えられている。時間も余るため、任期の間に一芸を鍛える者は多いらしい。

 ロックに関しては鍛えたという宴会芸も見せてもらった。食材を落として無駄にしたりと過激な部分も含めて、探索者生活ではなかなか見れないものだ。

 果実水に抑えていたニーシアの様子を見つつ、盛り付けた皿も減らしていく。

 後片付けも協力して行い、客としての待遇を楽しむ事はできた。


 洗身も終えて、与えられた2階の部屋に3人で休む。

 部屋自体は狭く、布団を並べて敷くと床の大体が埋まる。

 用意された寝具は普段使いの物ではなく、施設に置かれていたものである。使った癖が残っているものの品質は良い。閉鎖環境で魔物の気配が近い場所で、少しでも快適に暮らせるよう配慮されているのだろう。

 聞いたところによると、定期的に運ばれる物資には、個人の要望も加えられ、ある程度希望に沿った形で叶えられる。娯楽の部屋も最初は存在しなかった、と最初期の日誌に書かれていたらしい。古い日誌は地上に運ばれるため噂でしかない。それでも設備の更新は早いとの事だ。

 ダンジョンを出るまで職員の護衛をする事になる。出発までに少しでも体調を整える必要もあり、撤退するにも貴重品の整理が終わっていない。魔物の駆除以外に手伝い頼まれるだろう。役得と言えなくもない。

 自分たちの荷物も運び込んだが、大体は使う機会が無い。荷車も帰りは組合の物を使うはずだ。


 部屋の元の扱いは、娯楽室のひとつで音楽を楽しむ場所だ。窓が無いため外の湿った空気も遠い。建物自体に窓の無い部屋は多く、その中でも使用が少ない良い部屋だ。


 放置された死骸は相当な臭いを放つ。地上より涼しいにしても、あれだけ群れていれば、一日もしない内に食料には向かない肉に変わる。全てを焼却などできるはずもなく、解体して魔石を取り出す事もまず行えない。

 腐った肉に広く囲まれれば空気も悪くなり、身体に悪影響が出る。

 魔物の出現が止まっているなら普段以上に労力が要る。まだ、魔物が食べて糞を広げてくれた方が安全だろう。施設や自分の持つアメーバに処理させたとしても、腐った沼になる事は間違いない。長く滞在するのは避けた方が良い。

 盛り土で道を作る事を提案しておくべきか。一部にあった窓を布で塞いだため、想定しているのだろう。鼻と口をふさぐ布も作るかもしれない。


 獣魔は別の場所で休ませており、怪我をしているヴァイスの様子見も忘れない。見張り番を2人1組で決めたため、夜の間も見る機会があるだろう。

 早い内に眠った方が良い。


 ダンジョンコアが球体のまま外れたのは、職員にとって驚くべき事実らしい。今まで破壊してきたものは破片状態で回収されており、襲撃者の反応からしても異常だと納得できた。 コアに取り付けられていた装置は壊されており、破片も含めて詰めた袋は地上へ運ばれる。おそらく調査を行うのだろうが、今回の件とは関係が薄いと思う。

 今手元にないダンジョンコアだが、触れた時の反応では壊れていない。外れた理由は想像できなくても、ダンジョンを再び作れる気はしている。

 もう一度触れて確かめてみたい。本音を言うと欲しい。

 まあ、組合が管理するダンジョンであり、貴重な品で襲撃事件の証拠でもある。物の価値からすると、救援を行った探索者の報酬にするには、組合も到底頷かないだろう。近付けるのはこの施設にいる間だけになる。悪い現状で面倒を増やしてしまうのは避けたい。ほんの一時だとしても、向こうからすれば、遊んでいるか不審に見られるかもしれない。



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