111.ダンジョン襲撃者
雨衣狼の突進と噛みつきに警戒して、とどまらずに動く敵が、こちらの剣を受け止める。
避けられるはずなのだ。自分とヴァイスの連携には隙が多く、敵の体に当たらない。前後から攻めようとも相手は軽々と対応していた。
攻撃する余裕があるのに、ひたすら回避している。時間稼ぎをする必要も無く、こちらを殺せるだろう。
敵が複数いて、別の場所では討伐組合の職員が戦っている。階段を登った2階で戦闘が続いているなら、目の前の男もそちらに加勢するために決着を早めるべきだ。戦闘を長引かせるなら、敵勢力か組合員が寄ってくる。敵の実力が上なのに、待っている意味が分からない。
動き回る相手に合わせて、視界を動かすと遺体が端に見える。床の血痕、砕けた武器。自分のいる場所でも、戦いがあったかもしれない。
一階の中央を制圧して、手を広げ始めたところで、こちらが侵入してきたという状況だろう。
建物の反対側で戦闘音は続いている。レウリファとルトの姿は、どこか部屋の奥に消えた。崩れていた辺りなので、戦いの場には適さないはずだ。
味方との距離を遠ざけられたといっていい。
施設内に侵入したのは失敗だ。
胴と足を相手は、四方に目があるように攻撃をかわす。剣同士が音を立てている事が疑問だ。戦闘を周囲に知らせるにも、こちらの様子見をするのは飽きただろう。反撃をする様子も見えない。
腕の動きは最低限、足の動きも緩やか。敵の武器を警戒して体当たりすらできない。
挑発にしては遊びなれた体運びで、訓練のために見せているようにも感じてしまう。それほど差がある。
背後の格子枠の辺りから、低い衝突音が鳴る。
2階の音が止んでいる。
敵から目は離せない。
階段が騒がしく音を立て、段飛ばしに落ちてきた武装の男。
「そいつから離れろ!」
振り下ろしを避けた敵が距離を大きく取った。
男の屈んだ身体から弾き飛んだ剣が、奥の壁に亀裂と音を生み出す。
わずか横にいた敵が足を止めていた。
新しく剣を抜いた後は、敵に向かって動いた。
残像が走る斬撃、振るわれる途中は剣の輪郭が無い。受け止め続ける敵は、見せてこなかった早い動きをしている。鉄の硬い音が雨音のように鳴り渡り、擦れて頭に響く音も混ざってくる。
絶えなく動く両者の身。その前線となる腕では、武装さえ破け飛びそうだ。
加わる隙が無い。
加勢したところで壁になるか、弾き飛ばされるだけだろう。
ヴァイスも離れて場所で、様子見している。
繰り返された音の連続が途絶える。
職員らしき男が水平に跳ねたように敵から遠ざかり、こちらを見た。
「時間が無え、コアについた装置を壊してくれ」
いくつか投擲物を投げながら、指示をしてくる。
「わかった」
敵を任せて、自分は格子に近付く。
返事の後、再び衝突音が鳴りだす。
「またかよ」
背後の職員の声に疑問を持つ。
床に落ちた音が数々。
「避けろ」
振り向いた後ろ。敵がせまっていた。
敵の短剣を防ぐ、ことなく盾が欠ける。
反撃で突こうとした剣先が飛ぶ。
腹部に受けた衝撃のまま後退して、通り抜けた格子枠が視界に納まる。
ヴァイスが敵の前を通り過ぎて倒れた。
職員の男が敵の背後に向かったのを目に、盾を捨ててダンジョンコアまで走る。
ダンジョンらしい床の先、ダンジョンコアを通り抜けた。
職員の男は抜いた武器を使い捨てる。
壊れた破片が次々と落としながら、敵を格子の入口から遠ざけている。
コアと台座に取り付いた装置を見る。
箱のような見た目で、球体上部から柱との接合部までを、半分ほど包み込んでいる。
巻き付いた帯を外して装置を掴む。
『利用者を確――』
抱え損ねた装置が床に落ちて、中身が壊れるような音がした。
装置から離れた、ダンジョンコアが地面を転がっている。
今いる空間が、心なしか暗くなった。
視界の外、響いた音に顔を向ける。
敵が短剣を向けていた。
「何をした?」
鉄格子の一部が転がっている。通り抜ける場所作ったらしい。
敵が取り付けたらしい装置を拾い上げて、前に構える。
迫った敵が短剣を斬り付けると、装置が砕かれていく間に、少ない衝撃が腕に届く。
掴んでいる装置の中央が削られていき。短剣の刃先が見えた時には、二つに割れる。
装置を捨てる。
突き付けてくる短剣を、手で掴んだ。
刃とはいえない厚みを残した短剣だった。
敵の手から噴き出す音が出る。
短剣の持ち手部分の底から、液体が漏れ出て、青い雫が落ちる。
視線を持ち上げると、目を見開いたままの敵がいた。
背後に忍び寄っていた職員の男が、敵の頭部を金属棒で叩きつける。体勢が横に傾いていき、短剣を持つ手もずり落ちて、床に崩れた。
「囮に使って悪いな」
倒れた敵を見下ろしながら、武器を握り直す。
棒の向けた先は、顔一つ動かず驚きの表情を保っている。
死んだらしい。
「手、大丈夫か? ……って、熱!」
こちらに近づいた職員の男が、短剣の持ち手に触れようとして、手を遠ざけた。気になったため、もう片方の手で柄に触れてみる。確かに熱い。使えそうにないため、遠くへ捨てた。
短剣を受けた手袋は一筋の切れ跡が残っている。硬化魔法で止められるとは思わなかった。
職員の男が敵の遺体を漁り、はぎ取られた装備は端に捨てられていく。
投げ捨てた内の小袋から、加工された魔石が2、3頭を出した。魔道具によって大きさも異なるため、短剣に使われたものだろう。
「一人で来たのか?」
「いや、仲間がいる」
「じゃあ、使え」
敵が持っていた細身の剣を渡された。
職員の男が物色を終えて、歩き出す。
床に転がっている腕は、吹き抜けになっている2階から落ちてきたものだろう。上の様子は確認していない。
格子枠の扉を抜けて、ヴァイスの倒れた元に向かった。
職員の男は屈むと、倒れたヴァイスを調べる。
「お前の獣魔は、まだ大丈夫だ」
ヴァイスの腹には縦の血染まりがある。呼吸は続けていて、流血も傷口近くに留まっている事から、処置が後でも間に合うだろう。
「動くなよ」
ヴァイスに一言告げておく。
立ち上がり、周囲を見回す職員の男。近くで音は聞こえない。
「先に襲撃者を潰すぞ。……名前を聞いてなかったな?」
「アケハだ」
「よし、アケハ。俺の事はロックでいい。仲間とはどこで分かれた? 警備室か」
示した方へ、ロックが進んでいく。
部屋の中に入ろうとして、止められる。
「中には入るな。天井が崩れていて危険だ」
「動く姿もねえ。外見は?」
「獣人で女だ」
こちらに振り向く動きを抑えた気があった。
「少し待ってろ」
ロックが入った後で部屋を覗くと、部屋の奥では建物の外が見えている。
室内は暗く、崩れ落ちた天井や壁の破片が近くの床にまで転がっている。机や棚といった家具は残骸として残っているだけで、原型も元の配置も想像できない。
ロックが積まれた山を進む。
「待て! 嬢ちゃん、……方」
外に近付いたところで、ロックが棒を構えて止まる。
「すぐ行く」
声だけかけて、侵入に使った入口から遠回りして向かう。
回り込んで現場に着くと、ロックに対して構えているレウリファとルト。その背後にニーシアとシードがいた。




