11.ダンジョンとは
朝食を終えた3人が外で座っている。
手足を縛っていた縄も外れているオリヴィアを見る。しっかりと腰掛けに座る姿は、ここに住み慣れたようにも見えてしまう。
「ダンジョンについて教えてください」
ニーシアがオリヴィアに顔を向けて話をうながす。
「私も長い間、研究をしていたから詳しく話せます」
対するオリヴィアはニーシアと自分に視線を向ける。
オリヴィアは他のダンジョンも知っているだろうか。
「まず、魔物の侵略が激しくなった原因がダンジョンです」
人間を殺す目的で魔物を生み出している事は、精霊から教えてもらった。
「ダンジョンでは魔物が繁殖をする以外でも魔物が出現するため、外に魔物が溢れてきます。縄張りを追われた魔物たちが人間の住処に襲い掛かるようになりました」
他のダンジョンもDPを消費して魔物を召喚しているのか。
一度は他のダンジョンも見てみるのもいいかもしれない。
「教本には大昔に出現したとしか書かれていないのですが、少なくとも百年以上前であることは確かです」
「他のダンジョンはどんなものなんだ?」
「ここのように狭く浅くなく、通路がいびつだったり、分岐路があったりしますね」
生まれたばかりの自分のダンジョンでは難しい。
長い間溜め続けるか、生き物を殺さなければならない。
「何年もかけて侵攻している場所もあります。特に都市部の下に張り巡らされて、壊したくても壊せない事も問題になっています」
「ダンジョンを壊せるのか?」
「はい、最奥にはコアが有り、物理的に壊せば活動が停止し、魔物の出現が止みます」
ここでの生活はダンジョンに頼っている以上、壊されるのは困る。
ダンジョンのコアを見つからないように隠すべきか。
「コアを壊した際の破片が、強力な魔道具に使われる魔力の貯蓄器として非常に優秀でして。一時期は夢を見た人たちがダンジョンに群がっていたことがありましたが、今は魔物討伐の専門家が管理しています」
ダンジョンに侵入する人は優秀な場合が多くなるのか。
人間を殺せるような生物を大量に生み出される事を防ぐためだから当然だろう。
「手持ちの魔石で見せるもの危険なので、生きた魔獣のねずみ……は止めて、そこに吊るしてあるねずみの頭部を1つだけください」
オリヴィアがねずみの頭蓋を割って中から塊を取り出す。洗われたばかりの刃物が汚された。
そのまま前に掲げようとして止まり、塊を地面に擦り付ける。
「これが魔石です」
指で摘まみ、こちらに近付けて見せる。
小指の爪ほどの大きさ。全体が青くまばらに透過しており、面が細長く集まったような結晶だ。
「魔石に魔力を送ってみます」
魔石が溶けて指から零れていき、
「このように魔力を込めすぎると魔石が崩壊したり、込める勢いによっては爆発します」
溶けた魔石が地面に染み込んでいく。
使い方を誤った魔道具が壊れるといっていたのは、これが原因になるのか。
「魔石の内部組織が密なほど、飽和から低い状態でも貯蓄能力を有するため、魔石の質は魔道具の性能、大きさに直結します」
ダンジョンコアから魔物が生まれるなら、魔物よりも魔力を溜められてもおかしくはない。
「そういった防衛面や経済面の理由で、ダンジョンには定期的に人が入ります。魔物は魔石以外の素材も使えますから」
見つかると専門家の手で管理されてしまうなら、ダンジョンの操作に問題が出る。専門家でない自分は立ち入れなくなるだろう。
「貴方たちもダンジョンが成長するようであれば、ここを離れた方が良いでしょう」
まともな人間ならここから離れる。自分の場合はダンジョンを操作できているから離れていないだけだ。
「ダンジョンは大きくなる程、強力な魔物が出現しますから。会話ができても従わない魔物も出現するかもしれません」
配下として生み出しても従わない場合があるのかもしれない。これは考慮しておくべき問題だな。
「ここは貴方たちが住んでいるので今は壊しません。危険になれば、あるいは私以外なら、壊すかもしれません」
オリヴィアの考えを教えてくれる。
「ダンジョンについて教えていただけて、助かりました」
ニーシアは満足したようだ。
オリヴィアも笑顔で答える。
「いえいえ、可愛らしい女の子のためなら、このくらいしますとも」
オリヴィア、……約束を忘れていないか。
「それでオリヴィアさんはどうして、ここで倒れていたのですか?」
「……疲れて休憩したかったからです」
「いつまで休む予定ですか?」
「2日ほど居たいです」
「食事や寝床を提供する代わりに、何かいただけませんか?」
「いくつかの魔道具とお金でどうだろうか」
「ありがとうございます、食事も作りがいがありますね」
「……大丈夫、都市に着けば金はある」
オリヴィアがニーシアより小さく見えてしまう。
消音と障壁の2つの魔道具とお金の他にも菓子をもらい、オリヴィアを2日ほど受け入れることに決まった。
消音の指輪は展開に時間がかかるが音を抑える膜を張るもので、障壁の指輪は指輪付近から透明でやや硬い盾が現れるらしい。どちらも一度で魔力を使い切るものらしく、使用も魔力の補充も楽な魔道具らしい。
洗礼を受けないと使用できないみたいで。貰ったのは良いが売却用になってしまった。
貰ったお金はルクス通貨の聖光貨だそうだ。ニーシアもこれは知らなかった。土貨、草貨、木貨と続いてさらに価値の高いの硬貨で、貴族や商人ぐらいしか用途が無いらしい。そんな聖光貨が3枚。
両替にもお金がかかるようなので、安い買い物では使用できず、用途が限られてしまう。
他の魔道具はオリヴィアが外で活動するのに必要だったり、扱いが難しいらしいので貰うのはやめておいた。
オリヴィアはダンジョンのコアには近づかないものの、壁に手を付けたり剣で叩いたりして、何かを調査している様子だった。
ダンジョンの外と内を行ったり来たりした後に考え込むことがあった。配下の魔物たちに興味が移ったらしく、頻繁に近づいては避けられ逃げられていた。嫌われているからやめるように言うとオリヴィアは頷いて、それ以上に近づくことは無くなった。
腹切りねずみを食事に出しているから、このダンジョンはねずみが出現するダンジョンだと思われているかもしれない。彼女は食事に出されたねずみの魔石を貰って集めていた。質が悪くても使い道はあるのだろう。
日も暮れていき、食事の後片付けを終えて休憩していたらオリヴィアが話し掛けてくる。
ニーシアも同席するように言われて3人が集まる。
「こんな孤立した場所で生活するのは難しくないか?」
オリヴィアがここに住んでいることに疑問を持っている様だ。
「このあたりの魔物の数も増えているし、君たちだけじゃ戦力も足りないかもしれない。獣人の奴隷なんてどうだろう?」
個人を従えさせられる奴隷制度があるようだ。ニーシアを皮袋に入れていた盗賊も、奴隷として売るつもりだったのか。
「人間よりも身体能力も高くてお得だし。社会的身分も低いから貴族じゃなくても持つ事ができる。男2人でニーシアちゃんは怖いかもしれないけど、奴隷はしっかり調教できれば安全になるよ」
都市へ行く事さえ2人の戦力では不安になるから、人数は多い方がいいだろう。自由の少ない奴隷なら情報の管理も楽になるだろうし、都市までの護衛にもなる。
「本当は強い魔獣を勧めたいところけど、表で売っていないし許可が要るからね」
許可があれば魔物を市内に持ち込むことができるようだ。
「ニーシアちゃんも会話できる護衛が欲しいでしょ?」
簡単な合図は彼女もできるが、話して命令できないのは不安かもしれない。
「ゴブリンは獣魔登録できないから連れていけないけど、都市までの護衛なら私がしようか」
都市に行く上で、ありがたい提案ではある。少し時間をおいてからニーシアと相談してみよう。
ニーシアも何かを言いたそうにこちらを見ている。




