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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
4.偽装編:94-124話
108/323

108.孤高の1



 女性の探索者はインテグラと名乗った。

 食料が欲しいという要求される事は普通にありえる。

 滞在期間を延ばしたい、あるいは帰りを考慮していなかった場合など、準備や予定を誤まるのは誰でも起こる事だろう。

 小さいダンジョンなら、魔物の肉で食いつなぐこともできそうだが。目の前にいる相手は、調理の火を作れないのかもしれない。鞄の大きさを見ても、薪や油を運んでいるとは思えない。


「先に相談させてくれ」

「わかった」

 十歩ほど下がり、距離を取ってくれた。

 他に音は無いため相談の声を聞き取られるにしても、配慮のある人間ではある。目線はこちらを時々、周囲の警戒も残している。

 荷台のそばに寄ったニーシアとレウリファとも、相手の探索者を意識した位置に集まる。

「どうするか、意見はあるか?」

「食料を分けるにも、詳しい話が聞きたいです」

「そうだな」

 食料に余裕はある。鞄と荷車、相手と比べて荷は多い。加えて、こちらは火を扱えるため、いざとなれば売り物になる肉を消費できる。問題は食料を分けたために、活動期間が減って稼ぎが少なくなることだ。

 レウリファの反応は頷く程度で、顔が相手の方に寄っている。食料を強奪されたくはない。目が少ない場所で油断はできないな。


 離れて立つインテグラの方に顔を向ける。

「インテグラ。まず、具体的な量を教えてくれ?」

「できれば6食」

 一人なら3日は持つ量で、分ける事に問題は無い。

「食料の種類は?」

「火がいらない食材で」

 固形の携帯食でも構わないだろう。探索者にとって一番信用できる食料だ。

「水も要るのか?」

「欲しい」

 細かい要求はしてこない。判断材料はこのくらいだろう。

「木貨まで出せる」

 顔を近くに戻す前に、インテグラから声が届いた。

 このダンジョンの難易度や現在地への往復費用を考えると暴利になる。売り物の肉でも6食分では草貨に届かない。手持ちで支払える最大を言ったのだろう。こちらを試す意味もない。相手はとしては安全を買いたいのだろう。

「魔石か通貨」

 取り出されたのは、頭一つは入る程度の小袋で、半分ほど溜まっているのか底が膨らんでいる。魔石であるなら、この辺りの魔物を200は倒しているだろう。一般的に重さ、大きさ当たりの換金率は魔石が高い。目の前の探索者は魔石のみを回収しているのだろう。

 運び手がいない分、素材を厳選して利益を出している。戦いに自信がなければ選ばない選択だ。残った死骸を放置せずに、人の通らない場所に運んでいるだろうか。狩場近くなら生み出された魔物が処理してくれる。

 通貨と比べて場所を取る代物だ。ただし、獲れ高で示された方が気分は良い。金では討伐組合の記録にも残らない。

「わかった」

 金も物も揃えている。交渉相手にはなるだろう。


 ニーシアとレウリファに視線を戻す。

 予定を変える事になるし、金額も相談したい。

「固形食と水を分けて構わないか?」

「はい、一番安全な食べ物ですから」

 味に関しては我慢をしてもらう。安くて保存が利く、個人が持ち運ぶには都合良い食料だ。ただ腹を満たすだけを追及されているおかげで、店を探して何種類か揃えるほど飽きやすい物が多い。普通は別の料理と一緒に食べるものだが、面倒嫌いな探索者は単品で食べる。

 店売りでは土貨1枚足すと味付きが買える、そういう類だ。棚に積まれた様子を見たなら、皆が節約している事が分かる。

「金額はどうしようか」

「私たちの一食分ですから、急という事で割増して一日分。その間の稼ぎも予想して、……草貨2枚といったところでしょうか」

 このダンジョンを入って今に至るまでの、稼ぎは無いに等しい。1日で草貨2枚というのは、貯金が減らないという理想の儲けである。ダンジョンまでの往復や家賃、食事、整備代、といった諸経費を含めた予想だ。気持ち増してあるのは、聞き耳に対してだろう。

 受け取る金だけ見れば、探索者は大金を稼ぐ仕事だ。ただ出費をみれば、金の行き交いが激しいだけ、小さい通貨を広く運ぶ仕事とも考えられる。

「その予想を基準していいか?」

「はい」

 ひとまず、相談は終わった。次は相手の合意を得る。

 相手からすれば先に金額を決められると不安だろう。不備という弱みを狙うのは、こちらの生死にも関わるからだ。奥で留まる期間が減る分、代わりが欲しい。 

「インテグラ。値段交渉だ」

「わかった」

「草2、でどうだ?」

「木1」

 無駄か。

「草3」

「木1」

 値切りできていない。

「……草5」

「木1」

 手加減しろと言いたい。

 木貨しか持っていない可能性があるな。相手の持ち金次第では、お釣りが用意できない。木貨は買い物をする場合に使い勝手が悪い。細かい通貨を奪うつもりは無い、という心持ちかもしれない。配慮か無遠慮か、相手の意図を聞いてみたい気もある。

「魔石で取引しよう」

「わかった」

 こちらを選ばせるために、魔石の存在を示したか。質の良し悪しは判断できそうにない。外れを引くかもしれないので、目分量で多少盛る事にしよう。


 荷物から集めた携帯食を予備の麻袋に詰める。

 インテグラに食料を渡して対価も受け取った。水に関しては、相手の革袋を2つ貰い、こちらが水を詰めた。確認をしてもらい不満も言われなかった。

 袋の中に詰め物は無い。かき混ぜた魔石が手の上を転がる。偽物にするなら通貨の方が楽だろう。魔石の量も多かったため、分けて返そうとしたが断わられた。結果として受け取った魔石は木貨1枚分に相当するかもしれない。


「名前は?」

「アケハだ」

 目の前で、答えた名前が3回ほど小さく呟かれる。

「アケハ、感謝する」

「こちらもだ。インテグラ」


 交換を終えた後も、相手はこの広場から離れようとしない。相手も稼ぎを減らした以上、奥に戻って魔物を狩るのかもしれない。正反対に分かれるという事は難しい。先を譲っているのか、この場で眠る可能性もあるだろう。背後を狙われる事も無くはない。


「負い目を感じます。火がある食事も提供しませんか?」

 ニーシアの言い分に共感できる。

「早い食事にしてもいいな。誘ってみるか」

「行きますね」

 離れてインテグラの方へ近寄っていった。

 2人の距離は握手をできるほど近い。

「今から一緒に食事というのはいかがでしょう? 温かい料理も作れますし、野菜と肉も付けられます」

「食べる」

 感情も読めない声で答えたインテグラは、口数だけなら自分と競えるほど少ない。この場限りの他人という関係も理由にある。


 同意を得たため、荷車を通路から離れた壁際に移動させて食事を用意した。

 火を作り、鍋で調理する。ニーシアにはレウリファが付いている。自分は獣魔の状態を観察していた。出来上がった食事は、火を囲みながら食べた。


 食後で器の汚れも残っている。

 離れた隣に座るインテグラは空になった器を持ったまま休んでいる。2杯ほど盛り直され、肉も一人分は食べていた。

横に置いてある照明は、オイルランプに比べると大きいものの、照明石らしい落ち着いた光がある。ダンジョン内では魔石要らずというのだから、値段さえ安ければ探索者は全員持ち歩くに違いない。

 使い終わった器を受け取って、他とまとめておく。


「奥の方だと魔物は多いのか?」

 インテグラの視線が、獣魔と荷車に動いて戻った。

「奥は数が多い。荷車で動ける範囲でも、荷台が肉で埋まる。探索者は少ない。狩場を離れた魔物が群れで動いていた」

 自分たちが割り込む余裕はあるらしい。


 インテグラは小型の水筒を取り出すと、口をつけて傾けている。手に納まる小ささで金属容器だ。指が回るほどの薄さで量は望めない。頑丈そうではある。

 ダンジョンにまで持ち運ぶ物だろうか。初めから大きな容器で運べばいい。酒だって小樽に積められる。携帯性を考えて、小さくても頑丈な容器は入れたのだろう。

 すぐ、容器は口から離され、体の裏に隠されていった。


 2回は深呼吸ができる間が空いて、インテグラの顔が戻される。

「気を付けろ。見ない探索者がいた。一人だけ背負う大きさの魔道具を持った集団だ。何度か見かけた」

 魔道具だと気づくなら、物を知っているのだろうか。奥にいる探索者も狩場の取り合いは行う。こちらも始めてきた探索者だが違う区別があるかもしれない。

「助かった。もう行く」

 腰を持ち上げると、敷いた布を素早く鞄に納め、照明を手に移動をしていく。

 動く光も追っている間に消えて、足音はずいぶん前に聞こえなくなった。


 立ち去った後は、片付けを行う、眠るまでは歩みを進めた。



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