107.2つ目のダンジョン
岩に覆われた通路の地面が不確かだ。人の手により整地されたとされう道でさえ、荷車の揺れが大きい。湿気と土の匂いに包まれており、泥が撒かれたような場所では水の跳ねた音が鳴る。杭と手持ちの照明でも天井まで光が届かない広い空間が複数あり、傾斜と分岐は数えるまでもなく多い。
発見当時は自然洞窟にしか見えず、迷宮酔いを除いたダンジョンという特徴は見られなかったと資料にあった。人ひとりが這って通れる岩の隙間を抜けて、入り組んだ洞窟と魔物の群れを目にした。ダンジョンの位置を特定した後で周囲の探索を行うも出入口が他に見当たらない。長い期間人力で掘削を行い、探索者が効率よく通れる道を整備していった。最奥が見つかるまでの人的被害が相当あるらしい。
ダンジョンの中でも洞窟を取り込んだものは、魔物と自然を相手に戦う事になる。魔物によるものに限らず、自然地形が原因で亡くなっている。急傾斜、毒のある空気溜まり、地底湖。身近な危険では転倒による死亡例があった。
進路によっては崖を伝う必要があり、封鎖されている場所も多い。魔物でさえ往来が難しく、上から落ちて肉塊が生まれる地点まである。柵で囲われているらしい。おそらく、血の臭いが消えることは無いだろう。
頼みの地図は通行不可や危険地帯、魔物の出現場所までの記号があり、情報量が多い。高低差もあいまいで、極端な場所でなければ線の下をくぐるような途切れで表される。
通路を示すのは、太さの定まらない線だ。最奥を始点に木の根のように張り巡らされている。指で押さえていようと居場所を誤る不安があり、以前のダンジョンと比べると規模に見合わず複雑である。
魔物が出現する場所は、ダンジョンの壁が露出している場所がほとんどで、せまく限られている。通り過ぎたところでは、探索者が集まって狩りしているようだった。鞄や縛る紐を背負った探索者が多く。彼らは移動も早く、狩場も多く選択できる。
荷車を使う自分たちは、進む道が大きく制限されている。魔物と戦うにも奥か末端か、人のいない場所を探さなければならない。獲れ高がまったくない状態で進んでいる。
狩場の外では、飛ぶ個体か珍しく出会う小さな魔物しか望めない。人が通れない隙間も残っているのだろう。
狩場は魔物に恵まれ、入口近いものから探索者が群がる。組合が管理していたダンジョンが壊れ、自分と同じく、移ってきた探索者もいるはずだ。平時より奥に進まないと、まともな収入が得られない。このダンジョンに限った話ではないだろう。
着くたびに休憩する広い空洞では、他の探索者も集まっていた。
少しずつ、出会う人数が減る。
地図は入口が書かれていないものに切り替わり、最奥までの半分は過ぎただろう。
眠る際は、身を寄せて暖を取り、薪を多く使い火を保った。
魔物と遭遇する機会もあり、警戒は欠かせない。
暗さと洞窟の肌に、目が疲れてくる。
自分たちの足音は聞き飽きた。
壁と床の境目が見えない。
杭は、まだ続いている。
大きめな荷車を押す者はいた。
探索者同士が協力して運搬と戦闘を分担すれば、荷車が通れない狩場でも継続して活動できる。荷車の待機場所まで人力で運ばせているのだろう。
途中に探索者村が設置されないほどダンジョンが小さく、素材の売値も奥と入口で差が少ない。入口側に探索者が集中するのは、素材の質よりも、運搬の手間を省いた方が儲かるからかもしれない。
それでも、自分と同じように奥を狙う者はいるだろう。近くの狩場に寄らず奥に向かっていても、離れた狩場から移動してきた魔物には出会うのだ。奥の方であれば団体や即席の集団が少なく、個人でも稼げると考えている。
どこかの集団に加わった方が稼ぎは望める。
ダンジョンの浅い部分は壁まで掘られた場所が多く、狩場が多い。
探索者が集まって行動するため、分配で争う事はあっても安全に戦えたはずだ。団体ごとに狩場を利用している可能性もある。
頼み込んでいれば作業に加わえられただろうか。即席の集団だとして連携するには信用も相性も必要になる。自分たちを好む人は少ないだろう。
獣魔とはいえ雨衣狼も魔物だ。会話はできず共闘できるかも不確かだ。他人から警戒されやすい。ニーシアとレウリファが女性だという点も不都合だ。レウリファはともかく、ニーシアは少ない同性の探索者の中でも体型が劣っている。
加わる集団も選ばなければならない。
他人性別を問わず、仲間内でも殺傷事件は起こる。討伐組合でも相談を受け付けており、問題を起こした者は評価に影響する。組合によって除名され牢に拘束された例もある。
人目が少なくなる場所は欲に駆られて犯行におよびやすい。都市の外はもちろん、都市の中でも暗い場所は危険だ。探索者は戦いの道具がある分、人殺しは容易で。強盗、脅迫、窃盗と、一般人を相手に有利に動ける。
犯罪に防止するには群れて隙を見せない事になる。
野営をする場合でも人間3人では扱いにくい。1人が見張りという現状でも危険な行動だ。やや死角が残る2人体制にするとして、5人は仲間を確保しておきたいのが普通だろう。
奥に進むためにも仲間を増やすべきではある。
現地で組むなら別だが、探索者と協力する場合は生活環境を合わせる事になる。連絡手段や効率を考えるなら拠点を共有する。
見せたくない物は多い。殺した探索者の持ち物やダンジョンコアは怪しまれるだろう。
奴隷を新しく買う金は無い。手に入れたとして秘密が守られるとは思えない。王都内では人も兵士も教会も近い。逃げられたら終わりだ。
人数を増やした場合でも、戦闘技術を上げる事に変わりはない。現状でも生活費に見合った実力は無い。
3人が横に並んで歩けるほどの横穴を進む。
杭が設置された道で、最深部まで運搬道具を使えるように、最低限の整備がされている。長い利用の跡なのか削れた砂や小石が床に残っており、湿った場所よりは足が軽い。
奥に杭とは異なる、動く明かりが見えた。
照明石の光が、先にある開けた場所に留まっている。
野営や休憩をする探索者が、分岐のあるような場所に留まるのは普通だ。
他の探索者が安全な距離を取れないため、狭い通路で寝る事は少ない。盗賊と間違われないように武器をいちいち納めてくれる者はいない。お互い無駄な警戒をさせる事は前もって避けるのが常識らしい。遠距離武器を隠し持っている場合もあるのだ。
相手側も明かりを持つレウリファには気付いているだろう。
レウリファが止まると、ニーシアも荷車を止める。
「ご主人様」
相手は照明を持ち上げて、姿を目立たせている。広場の横に移動したため、邪魔をする気はないらしい。光の動きも穏やかで、警戒をうながす行動でもないだろう。
「近付こう」
横穴を進み、開けた場所に入る。侵入の際にレウリファが顔を伸ばして見渡していた。相手の探索者は地味に下がり、こちらからの警戒を薄めていた。
広場には3人と1人。雨衣狼と夜気鳥は、離れないよう指示してある。
珍しい探索者だ。おそらく女性。髪は鉄のような色で、目も似た白をしている。
背中から横にでる程度の鞄に、革装備までは良い。武器も見たところ短剣のみ。複数あるため戦う事はできる。持っている照明が火を使ったものでない時点で、稼ぎと実力はあるのだろう。
1人で活動する間、睡眠はどう対応しているのか気になる。複数の魔物と相対した場合も危険と思う、壁を背にすれば戦えるのか。ダンジョンの地形に詳しければ、都合のいい狩場も存在するのかもしれない。
身長はレウリファと同程度だ。体型は個性が見当たらず、防具も平凡な見た目をしている。
広場に他の気配は感じられない。複数ある分岐の先も杭の光が見えるだけ。囮にしては反応も薄く、奇襲と思えない。
距離を残したまま観察していた相手が近づいてくる。照明を腕に下げたまま、武器に手を伸ばす様子は無い。
間にいたヴァイスが身動きした途端に、探索者は足を止める。
「食料を分けてくれ、金はある」
平坦な声で、遠くまでは響かないだろう。




