104.我慢
次に向かうダンジョンは簡単に決まった。
組合の資料館に入ると、王都のダンジョンを確認する。最奥まで攻略され、前回より危険度が低い事が条件だ。
照明石が採掘できるダンジョンも最初の候補には含まれていた。足場の確保が難しく荷車の扱いが制限されており、入る探索者も雇用されている者が多いため、自分たちには向かない。
最終的には、距離が半日ほど遠いダンジョンを選んだ。
洞窟型で、弱く発光するはずのダンジョンの建材が岩に埋まっている。以前より暗いため、照明を多く持ち込む事になる。移動時間も増え、ダンジョンを進む間も費用がかさむ。魔物も多く狩る必要があるだろう。
一つに絞られた後は、魔物の資料を読み返して資料館を出た。
市場から離れた通りで、人混みは少ない。馬車道の両側にある街灯に明かりは無く、火付け役がまわるのも、まだ先の光景だろう。
日の真ん中を過ぎており、昼食も終えている頃だ。資料館にいる間は、鐘の音を気にしなかった。
飲食店の並ぶ通りでは、探索者らしい姿は見ない。街中では用がない限り武装しないだろう。荷物の保管場所があるなら、軽装で過ごす方が移動は楽だ。
防具が無くて不安になるのは、弱い探索者の悩みだろうか。街の暴力行為に対抗するため、小さい剣だけ隠し持っている。武器を持ったところで頼りになる機会は少ない。
普段の重さを感じないだけ、楽な気もある。
商店街の地図は範囲が分かるだけで、個々の店までは書かれていない。
通りを進みながら店の看板をながめて、夕食を探す。
後ろにいるレウリファは、こちらを護衛するように視線を留めている。
「アケハさん。看板を見たいので、おんぶして欲しいです」
隣のニーシアの背は、ひと頭ほど低い。店の看板が通行人で隠れるらしい。
看板を見逃したり、一部が見えない事は、店を探す際に不便だ。人混みは少なくても、気になるのかもしれない。
外食をする事もニーシアの提案だ。満足できる形は整えたい。
「わかった」
ニーシアが平坦な表情をした。返答が意外だったか。
顔を直すと、背後に回り込んで、こちらを待っている。周囲の進みを確認して、その場にしゃがむ。背負った鞄を前に移すと、ニーシアが体を預けてきた。
背中に乗ったニーシアの位置が低く、持ち上げる。ニーシアは肩へと手を預けてくるだけで、不安定な姿勢ではある。歩く程度なら問題無い。
ニーシアを背負った状態で立ち上がる。
「危なければ、前に手を回していい」
「はい」
以前別の都市で飲食店を探した時は、人混みも多かった。今までは言い出せずに我慢させていたかもしれない。
危険も少ない都市の中なら、おんぶをしても構わないだろう。
「看板も良く見えますよ」
ニーシアは洗礼前後で子供とみなせる。自分とレウリファはその年上。仕事でも見習い程度の若者だろう。若者が集まって歩く姿は、街でも珍しくない。
ただ、獣人という要素は別だ。レウリファは耳と尻尾を隠さない。人間と一部が異なる容姿に対して、物珍しそうな視線が少し向けられている。
命を奪う首輪で使役している自分に、嫌悪の目が向けられていない。事実を知らないか、奴隷は貴族が持つという事が関係しているだろう。それでも獣魔を連れている時と違い、避けられている様子までは見えない。
探索者でも獣人を持つ者は見ない。稼ぎのある者なら、単なる獣人奴隷では戦力が足りず、仲間としても適していないのだろう。
歩いていると、後頭部を触れられている。こちらの髪の毛をいじっているのは、ニーシアだろう。
顔をぶつけそうで、振り向けない。
「ニーシア」
「はい」
「看板が見れなくないか?」
髪で遊ぶ間に、いい店を通り過ぎるかもしれない。後から気付いて後悔したくないだろう。
「大丈夫ですよ」
こちらの顔を動かせない。店探しはニーシアに任せよう。
気づいたニーシアが髪に触れなくなった。
「アケハさん、あの店は、どうでしょう?」
伸ばした腕の先を見る。
店の外装は普通だ。比較して看板は目立つ。
黄色いスープとその材料、焼き目がある房稲が飾られている。野菜が多く、暖色系が濃く描かれている点もニーシアの好みだろう。
看板を見るために店に近寄る。
「レウリファはどう思う?」
「この店にしませんか」
肉料理が背景に隠れている事も良い点だろう。
都市から離れると、食事に偏りがある。ダンジョンの中では現地調達が難しく、持ち運ぶ量にも限界がある。大体の獲れ物は肉に限られるため、都市にいる間は野菜を食べた事もわかる。
「入ろう」
ニーシアを降ろしてから、店に入る。
温かい空気には、優しい甘さが含まれていた。空席も残っており、待つ必要が無い。壁際の席に座ると、察した店員がくる。
6人席を使っても相席になる気がしない。店側も少しの面倒は許してくれる。他の客たちも机を広く使っている。今の時間はどこの店でも、この様子が見られるはずだ。良い時間に来店した。
3人分を頼み、提示された額より多めに渡す。草貨は越えない。越える場合は相談しただろう。
「野菜だけに金を払うなんて、屋台では見かけないですよね」
ニーシアに迷いが残るなら、草貨2枚までは払うかもしれない。
「ニーシアも、レウリファも、追加は好きに頼んでくれ」
「はい」
2人は頷く。
料理をする周りの客より、来る料理が気にする。
「温まりますね」
「そうだな」
店内に広がる湿気は、主に厨房から漏れたものだろう。自宅より熱の残りが良く、時間を気にせず、料理を食べられる。
対面にすわる2人も内装を眺めている。壁材の細かな凹凸や木の柱は、見慣れたものだ。レウリファが、こちらを意識して目線を戻した。邪魔をしないように目を別に移す。
半階ほど高めな天井を見上げ、壁の隅に薄い染みを見つける。料理を考えると、数日で生まれる汚れではない。濃くなった事に気付くとすれば数年先だろう。掃除の手が届かない場所でも、照明の光が良く届いている。
料理を待つ間に、つまみと水が用意される。
駄菓子の炒り豆で、香りの中に少々の油が加わって、濃い味だとわかる。
乾燥させた豆を水に戻して炒るだけなら、簡単な調理だ。味に外れが無い分、安心して食べられる。
つまんで食べると、粉質が崩れる食感に、噛み鳴らす音が続く。
水に味が欲しい。薄い酒なら、料理の味も損なわれないだろう。これはスープが来るまでの我慢だ。他の探索者の酔う姿を想像すると、飲む気は収まる。自宅まで遠く、道慣れもしていない。
口を空けない程度に3人がつまむ。
残り数粒といった辺りで、店員が料理を運んできた。
茹で、蒸し、焼き、と野菜が肉に勝っている。
異なる種類の肉を並べる料理は少ない。
野菜が何種類も使われた料理は、色が豊かだ。茹でられた盛り付けが、明るく照っている。肉を含んでいても脂は薄いだろう。
蒸された肉詰め料理は、包む皮と厚い果肉の食感を楽しめるだろう。
それでいて値段も抑えられる。まあ、腹持ちは少し悪いかもしれない。
掴める太さをした長めの芯があり、小指の先程度の黄色の粒が並ぶ。そんな房稲を焼いた、料理の見た目が看板と違う。
ひと口の幅で房が切り分けられ、粒の一部で断面が見えている。食べやすいのは良い点だろう。どの両断にも香ばしい焼き目が見えていて、料理に小さな手間が足されている。
スープの方では細かく砕かれ、原型が見えない。
肉まみれの探索者としては、良い光景だ。
酒場の騒がしさでも、壁外で単独行動をする者は温かく感じるはずだ。脅威から隔てられた場所なら食欲も湧く。
肉も武器にも疲れてきた時には、目の前の料理や空間を望むだろうか。
ニーシアも養生を求めているのかもしれない。
小分けのスープと取り皿を配る。
油のはじける音が少なく、湯気を落ち着いて眺められる。
取り分ける間に、腕を温める余裕まであるだろう。
「アケハさんの分も取り分けますよ」
ニーシアの親切を受け取る。
取り皿を渡すと、積まない量の料理が盛られて返される。彼女自身の器は最後に盛られた。
「私たちの生還を祝して」
音頭を取ったニーシアに答える。
「ニーシアとレウリファに」
「お2人の努力に」
レウリファも小さく告げた。
「乾杯」
他の客を気にして、控えめに声を合わせる。
手を動かす間に、まともな会話は無い。
料理を口に運び、喉と体を温める。




