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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
4.偽装編:94-124話
103/323

103.雑談アンシー



 受付嬢の隣、アンシーが動き出す。

「理由無しに口外するな、では納得できないだろう」

 アンシーは受付嬢との距離をつめる。

「ダンジョン内部の情報は少ない。組合は外側から調べ始めた」

 受付嬢の耳を塞ごうとした腕が、アンシーに掴まれる。

「異常が起きる以前の利用状況をね。討伐個体、利用者、観察資料と。まあ、様々ある」

 目を閉じ伏せた体へ、アンシーが腕を回す。

「異常はダンジョン中層全域にも広がっている。深部も恐らく同様だ。深部に向かえる探索者は少ない。通過した者をさかのぼって調べ、列挙していった」

 腰と肩に手を回されて、受付嬢の体がアンシーに傾けられていく。

「有力な探索者は、貴族に囲われる場合がある。素材の融通を求められる代わりに金銭や身分が保障される。人間関係を調べていく内に、貴族が関わっている可能性が増した」

 受付嬢は抵抗を見せないまま、アンシーの腕に納まった。

「依頼を受けてダンジョンを壊したか、犯人も断定できない段階だ。それでも最深部に異常が確認された。悪い状況である事は確実だよ」

 アンシーは会話中に何をやっているのだろう。話に集中できない。

「貴族は貴族以外に裁かれない。探索者が暴徒化して屋敷でも襲おうなら、実行者は全員処刑される。勝手に動かれると、組合と国の関係まで悪くなってしまう。万が一にも国を潰したくないからね。一部を情報規制をしているところなんだ」

 討伐組合と国が対立すると、国が潰れるのか。組合が撤退したところで、探索者は個人で活動できる。国も組合の代わりを設置するだろう。魔物被害で国の兵士を動員しても、技術や人数に問題があるという事も予想できる。そもそも、貴族一人のために国を潰すような判断はしないはずだ。


 とにかく、受付嬢の反応が異常だ。

「伝えて良い情報なのか?」

 相手の隣で縮こまっている体が一瞬揺れ、震えだした。

「……もう、やだぁ。アンシー嫌い」

「エルシュ、ごめんね」

 受付嬢は伏せたまま、抑え声で泣いている。

「知らないと危険な場合もあるから、今回だけだから」

「お仕事、無くなっちゃう」

「大丈夫。私が勝手にした事だから、責任は私にある。エルシュは悪くない。私が悪いの」

 アンシーは抱き寄せて、顔を寄せた。

「証言するから、お仕事も無くならない。もしもの場合は養ってあげる。仕事探しも手伝うから」

 受付嬢の姿勢を上げさせると、アンシーは片手で自身の上着の中に入れる。

 指の先程度の小さな包みを掴みだし、外装をめくって、受付嬢の顔に運ぶ。

「ほら、気付け薬だと思ってお食べ、甘いお菓子だよ」

 涙目のまま、お菓子を食べている。

 空になった包みはアンシーに潰されて、机に置かれた。

「こっちは熱いから、口の中ですすぐように冷ますんだ」

 アンシーが服の裏に再度手を入れる。

 取り出されたのは手に隠れる大きさの筒で、栓を外して、受付嬢の口に当てられた。

 小さく泣いている受付嬢が、アンシーの手ごと抱えて動かす。

 腕を下ろした後は、息を吐いて落ち着く。

 飲んだ後の容器は、包みの隣に並べて残された。


 アンシーは手拭いで受付嬢の目元を拭う。

 次に背中を撫で、空いた手も受付嬢の手に重なる。

「今夜は一緒に寝ようか。良い窯の店があるんだ」

 拭われた後も閉じていた目が開かれる。

「いえ、推薦状で構いません。それとも専属にしますか?」

 受付嬢が姿勢を正しして、はっきりと答えた。

「えー、もう少し響いてほしかったなー。あと、手を放して。痛いよ」

 下がろうと動くアンシーの腕が張る。受付嬢が捕らえようとする。

「最近になって迷惑が増えていませんか? 後片付けも雑ですし」

 身が倒れかかるアンシーは、振りほどく事はしていない。

「同志が減ったからだよ。昔は人手で今は金」

「事務方に雑用を回さないでください」

「他の探索者も手伝ってくれるでしょ」

 軽くつかみ合いをする2人が長椅子の端まで移動していく。

「討伐組合は品行方正を目指していますから」

「昔は野蛮だったけど、かわりに寛容だったよ」

「それは……」

 アンシーは遠くを見るように見上げ、受付嬢の勢いが落ちる。


「酒場を血塗れにしても、酒のつまみ扱いだし」

 顔は止めたアンシーが、覗き見だけしている。

「当時の支部長から感謝状まで貰えたんだよ」

 アンシーはこちらを見る。

 受付嬢は気付いたように視線を揃え、次にアンシーに向き直した。

「彼らに誤った情報を流さないでください」

「一部を伏せただけだよ」

「先輩から聞いていますよ。邪教の儀式を行ったと」

「それこそ、印象操作だ。申請した企画は化粧研究会だ」

 受付嬢がこちらに顔を合わせる。

「アンシーが暴走した場合、皆さんは組合に連絡してください。聞いた話になりますが、常軌を逸した行動だった事は間違いないです」

 自分は今のところ助けられている。

「ぼろ布をまとった20人ほどの集団が、縛られた魔物や樽の山を待合に運び込み、生きたまま解体を進めた事が始まりで。取り出した肝や肉を、持ち込んだ植物や粉と一緒に鍋に入れて、混ぜたり、煮詰めたり。骨を砕き削り、刃物がまな板を打つ、粘った液体の泡ぶくの音が一刻ほど続いたまでは良いとしましょう」

 怪しげな集団が料理を作っているという風だろう。

「作り上げた、にぶ色の濁液を仲間同士で塗り合うなど、狂気の沙汰でしかありません。それぞれが高笑いを上げて、血濡れた敷物の上で転げまわり、泥にまみれる。解体後の頭蓋を掲げて、奪い合い。寄ってきた観客を誘い込み、美容品と言い張って塗り付ける。最終的に、止めに入った当時の支部長にも被害を与えて、受付業務まで中断されたんですよ」

 明らかに問題行動を起こしている。ただ、重罪に関わるものは無いようだ。

 迷惑を重ねた上で探索者を続けられる事は驚きである。手本にしたくはない。

「床も壁も掃除して魔法で換気をして、何もなかったように痕跡を消した事は良識的ですが。

夕方から食堂の脇に変な出店を開いたそうですね」

 他の探索者も似たような事をするのだろうか。関りが少ないため見た事が無い。

 ダンジョンを協力して進む、団体という集まりがあるのだ。団結を強めるために、独自で集会や企画を行う事もあるだろう。組合施設を利用する場合は申請が必要になる、といった規則があるかもしれない。

「あれは、いいんだよ。後で組合長にも感謝をもらったし。結果的に商品が増えて、組合の素材買取の向上にも貢献した。頭上に迫っていた問題を回避できたんだ」

 元々、予定されていた行動で、組合側の利益も存在したらしい。

 にしては、受付業務の妨害や支部長から制止が求められるなど、予測できる事態を防がない理由が分からない。アンシーの性格なら気にしていない可能性もある。組合も拒否できなかったのだろうか。

「ゲテモノ料理も机に並んだ、男にも良い日だった。払った場所代も稼げたし、一般の人も買いに来る盛況ぶり。組合の庶民的な印象を与えられた。切った張った、ではない探索者を見せるのもいいでしょ」

 魔物の解体を見せるのは、壁の中に住む人にとって庶民的とは思われない。店に並ぶ肉も解体された後だ。魔物を目の前で倒す光景というのは、見世物になるかもしれない。

「不穏な気配に気付き施設内に誘導するという、職員の機転が無ければ、街の住民も通る広場で魔物と狂人の悲鳴が鳴り渡る事になったのですよ?」

「賢い子だったから、捕まえて顔に塗ってあげたよ」

 アンシーの行動が意味不明だ。

「囲まれて服をはぎ取られて、全身に塗り込まれて泣いていたと聞いたんですが」

「んー、私の勘違いかな。集団のさがだね。悲しい事だ」

 了解を得ずに捕まえ、追いはぎを行う。すでに探索者でなくても犯罪だ。

「とにかく、あれは商品の宣伝だったんだ。事前に検証していたし、肌に合わない場合の注意もした。売れなければ、店の人が困るからね。大々的に行っただけだよ」

 アンシーは牢に入っていないのは、単に貴族名を持っているためと考えてしまう。いや、牢屋を経験している口ぶりだった。

 軍の計画に参加する際に精神鑑定をした、と以前アンシーから聞いた。貴族だからといって問題行動は許されないだろう。ダンジョンの中では、アンシーも真面目になると考えていたい。


「とにかく、アンシーは黙って。雑談をしたいなら、部屋を離れてからにしてください」

 言いながら受付嬢が、机に残った包み紙を手に隠す。

「そうだ、アケハたちは次のダンジョンを決めているのか」

 アンシーは隣の飲み物らしき容器を服に仕舞い込んだ。

「まだ、決めていない」

 この後に資料館へ行くつもりだ。

「王都以外でも組合管理下のダンジョンが壊される、と言ったらどうする?」

 ダンジョンで生計を立てる者も多い。探索者全体が討伐組合に反逆する事は無いはず。

 貴族と関わりを持つ一部がダンジョンを壊し続けるなら、次は未攻略のダンジョンを選ぶべきだろう。コアが発見されていない分壊されにくい。自分程度の実力なら、資料や地図の範囲外には進まない。

 ただ、ダンジョンが壊れた事で、他のダンジョンに影響が表れるなら別だ。魔物の種類や数が変動するなら、安全を重視した方が良い。以前より小さいダンジョンを選ぶべきだろう。

 王都を出て家を手放す事は考えていない。移動できる資金的余裕は既に無い。他の都市も同じ状況であれば、移住はしない方が良い。

「情報は確かなのか?」

「貴族でもダンジョンの価値は知っている。安定した資源より、ダンジョンを壊す方に利があるなら別だ。討伐組合に利が無い事は確実だ」

 アンシーが立ち上がる。

「これ以上は言えない、まだ死にたくないからね」

 言い残して、部屋を出て行った。

「組合の方で情報は得ていないのか?」

「知りませんし、おそらく話せません!」

 受付嬢が書類のある箱を両手で掴む。片側だけ持つ指が少ない。

「要件は終わりですので、部屋を出ましょう」

 受付嬢の指示に従って先に部屋を出る。

 ニーシアもレウリファも、まったく会話に加わっていなかった。

 扉を出て通路を歩く中、振り返る。

「アンシーさんは獣使い相手でなくても、問題を起こしていたみたいですね」

「そうらしい」

 ニーシアに返す言葉が他に無かった。

 建物を出て、資料室へと向かう。



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