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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
4.偽装編:94-124話
102/323

102.雑音アンシー



 面を合わせてはいない。顔は互いにずれている。

「君の体は脆い」

 こちら届くアンシーの声は耳に近い。

「戦士なら誰もが無意識に行う、基本的な事ができない。君は平凡以下だ。戦おうとする事自体が愚かだ」

 急に非難してくる。

「刃物を向けられた時、生身で受け止める事ができるか? 肉は引き裂かれ、骨は砕けて折れる。そこが違う。彼らは知っている。己が肉で食い止められる自信がある」  

 戦士として意思の強さが足りないのだろうか。

「一つ間違えば死ぬ? 利き腕が使えなくなる? いいや、彼らは取り返しがつく。むしろ敵の武器を止められる分、好機となるだろう」

 身を切る覚悟があったあとして、自由に戦えないだろう。怪我一つでも持久力は下がるはずだ。傷を抱えるほど動きが悪くなる。動きが悪くなるほど攻撃を受ける。

 間違いではないはずだ。

「街を駆ける少年少女が君のように悩むと思うか? 君の非力さを理解できると思うか? 断言しておこう、無理だ。生物としての質が、基礎が違う。彼らは難無く通り過ぎる事だろう。君の苦悩など知らない。知るすべがない。君の手をみれば、彼らは勝手に想像してくれるだろう。恵まれなかったのだと」

 アンシーは何が言いたい。

 才能が無いと伝えたいなら、直接伝えるだろう。

「私は君を共感できる」

 周りを悪く言って自分を良く見せたいという事も無いだろう。

 見せつけるだけではない、魔力の操作を指導してくれた。

「君は意識的に調節できる。自分の意思で操れる。彼らは知らない。知る必要が無く生きていけるから。君は常に意識して制御しなければならない。かわりに自由だ。秩序を組み立てられる。……ここまでは比較的な情報だ、気になって言っただけ、根性論だから忘れて構わない」

 息を整える音が小さく聞こえた。

「評価を言おう。魔法の技術については大丈夫だ。訓練の成果は十分に表れていたよ。これからは、さっきの効果を自身の体に試すと良い」

 アンシーの手の平が硬い状態であるのは、アンシーの補助を得た結果だ。自分ひとりでは行えないだろう。

「魔道具では、手のひらより先の宙が範囲になっていた。今度は体表の一部に効果が表れるように流れを調節する。手以外で魔法の練習をしていたなら、今までより制御が楽な工程だ。疲労も少ない。ただし、体を動かしながら効果を保つ。日常生活をする間も、探索者として活動する間も。戦う時こそ意識して操作しなければならない。常に保つことではなく、必要な時に効果を発揮させる程度から始めよう」

 アンシーはこちらの手を掴み直して、手のひらに触れてくる。

「精密に印が描けない状態でも良い。むしろ、見せかけの技術は要らない。多少の誤差は流れを保っておけば、悪影響を抑えられる。流れを徐々に弱めていけば問題ない。そういう性質があるからね。操作の制御よりも、実戦で慣れる段階になった。才能は確かにあるよ」

 声が大きくなっている。

「これからは、戦闘にどう使えるか考えると良い。これまでの訓練も忘れない程度に行ってね。異常があれば、私を見つけて教えて欲しい。言う事はこのくらいかな」

 耳元でなくても聞こえる声だった。

「……そうだ良い事を教えてあげよう」

 嫌な気がする。


 アンシーは目線が合う程度に、顔をこちらの体から離す。

「君は縛られていない、子どものような印象を受ける。だから本能で嫉妬する事がある。悪く思わないでくれ。彼らも奥底では――」扉が開く音がした。「――君の事が好きなんだ」

 手前の扉は開いていない。つまり奥側。

「流石に脅迫は駄目でしょう」

 声の主は受付嬢だろう。

「いや、魔法の指導だ」

「嘘ですね」

 アンシーは沈黙する。

「一人を壁に押さえ付けて、他を距離を置いて椅子に座らせている。他の仲間を人質に迫ったのでしょう。2人とも悲しい顔をしていますよ。相手の手を掴み、胸を押し付け、顔を寄せてと。相手も引いているようですし」

 ニーシアもレウリファも、座っている向きを変えてこちらを見ている。

「体の関係でも誘った、断わられたから強行策に出たのですね」

 受付嬢はアンシーの背後まで来た。

 持っている箱には書類が入っている。

「まあ、貴方にそんな趣味があるとは思えませんが」

「当然」

 アンシーがようやく声を出す。

「その噂を知っていたとは、久しぶりに頑張ろうか?」

「迷惑です。他をあたってください」

 受付嬢はこちらを見てから、アンシーへ向き直した。

「今、新しい趣味を見つけた」

 アンシーが離れる。遠ざけられた手に傷が無い。

「気にかけていますが、弟子にするんですか?」

 受付嬢が書類を取り出す。

 受け取ったアンシーは一目見て返した。

「いや、隣で見たいだけ。引退する気は無いよ」

 書類は仕舞われた。

「……若作り婆」

「言ったな。さとい小娘程度、やたすく叩き潰してやる。こう見えても古参。影響力も多少はあるのだよ」

 楽しげな口調で会話を続けている。

「似顔絵を描き残して、同じ年齢になったら比較して笑ってやろうか? その時になって、互いに年を取った、なんて言い訳するなよ。10年もすれば泣きついてくる。若作りの秘訣を教わっておけば、同類になれたものを」

 抑揚ない笑い声を上げた後に、顔を向けてきた。

「どうだアケハ、どちらと暮らしたい?」

 受付嬢は歪ませた顔でアンシーを見ている。

 アンシーは返事するまで、目を離さないだろう。

「断わる」

 息を詰まらせたアンシーは背まで落ち込むと、受付嬢に近付く。

「独身同士、仲直りしようか」

「大年増」

「その通りだ」

 顔を床に向けたアンシーに、受付嬢は柔らかい笑みを浮かべている。

「こうなったら、あと20は生きてやる。地に還るのは、見納めしてからだ」

「婚儀に参列する際には、祝儀も積んでくださいね」

「ぐぬぅ。婿より良い宝石を送ってやる」

 握り手を震わせて、息を吐いていた。

「先に取り調べを済ませましょう。アケハさんも席についてもらえますか」

 受付嬢の指示に従って席に着く。

 何もなかったように、受付嬢とアンシーが隣り合って座る。

「ダンジョンで起きた異常について、覚えている事を話してください」

 受付嬢は白紙の紙を箱から取り出す。


 相手からの質問は現地で受けたものと変わない。話せる内容も異常が起きる以前との違いは少なく、救助を初めて行った程度だろう。ニーシアとレウリファに情報を足してもらい、ダンジョンが暗くなった時の居場所、雰囲気などを答えていった。

 聞き取りの間、アンシーは無言だった。目線も記録用紙にあり、こちらに向けられる事は無かった。


 受付嬢が書く手を止める。

「協力ありがとうございました」

「うんうん」

「原因に関わるような内容はありませんね。ただし、あのダンジョンについて口外は避けてください」

「そうそう、身の危険もあるからね」

 受付嬢が目を隣へ動かす。

「組合としては、情報の混乱を避けたいのが現状です」

 声質が重くなる。

「そうなんだよ。国政に関わりそうな、ベットリした部分がありそうでね」

「アンシー。黙りなさい」

 眉間にしわが作られた。

「狂人の世迷言だと思って、許して」

「冗談でも笑えません」

「彼らが家にいる間は守れるから」

「は?」

 受付嬢とアンシーが見つめ合う。

 アンシーは歯が見せた。

「犯罪行為ですよね」

「どうだろう」

 受付嬢の追及をごまかすアンシー。

「自宅まで付きまとうなんて、牢が恋しくなったの」

「隔離牢でなければ、地下らしい会話で暇つぶしできる。良い場所だよ」

「衛兵を呼んできますから、部屋から離れないように」

 受付嬢は書き物を置いたまま、立ち上がる仕草をする。

「まあまあ、冗談だよ。お隣さんなんだ」

 腰を戻して、こちらに顔を向ける。

「本当ですか?」

 アンシーの家が隣であることは事実だ。

 頷くと、目で驚かれた。



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