表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
4.偽装編:94-124話
101/323

101.聞き取り調査



 自宅の掃除と買い出しは昨日で済ませた。

 ダンジョン帰りの過ごし方に慣れて、疲労感は少ない。普段なら休息日として自宅で過ごす日だ。ただ、今回は違う。休息日も長くなるだろう。

 先日起きた、ダンジョンの異変に関する情報を知るためだ。現地の噂では、ダンジョンが壊れたという予想だけだった。王都の組合なら、現地の状況は集まってくる。時間が経った事で、犯人の情報や新事実が得られるかもしれない。

 今は討伐組合に向かう途中で、通りの楽な城壁沿いを歩いている。荷車を運ばず、武装も着ていない。見かける人を警戒する事にも飽きた。

 通りを歩く住人には、恐怖は見られない。

 魔物の存在も壁越しでは遠い。魔物と接する機会が無い者なら、仕事や家庭の方が重要だ。城壁の外、穀倉地帯でも被害は無い。

 自分が探索者だから魔物を意識するだけかもしれない。人の手でダンジョンを壊した例があるのだ。遠くの異常程度では気にならないのだろう。

 討伐組合に着いたのは、2刻過ぎ。

 依頼を選ぶ探索者なら壁外に出ている頃だ。朝食を食べて自宅を出たら、このくらいに着く。休憩無しに歩いても、遅い組に入る。

 とはいえ、起床は人それぞれ。残りは順にやってくる。今日は安心できるようで、受付の建物の外に群がりは見えていない。素材を運ぶ者は少なく、臭いも感じられない。

 本館に入る。

 受付前の行列は無い。依頼が貼られた掲示板にも2人ほど、手前の掲示板に新品の名残が残っている。

「多いですね」

 ニーシアが隣で言った。

 普段と違うといえば、酒場方向の人混みだろう。満席でないにしても、壁際や奥で立つ人の姿も多い。休んでいる事も無く、情報交換が途切れなく行われている。

「ダンジョンの事だろうか」

「どうでしょう」

 断定できない呟きに返事が来た。

 このまま、立っているのも2人に悪い。

 入口に近い受付に行くと、見覚えのある顔に会う。

 識別票を見せて名前を告げる。

「お久しぶりです」

 答えた受付嬢は、わずかに視線をそらした。

「送金した分を受け取りたい」

 魔物素材はダンジョン前で預け、買取額の受け取りは王都側に決めている。

 王都に帰る途中で、組合の馬車に何度か追い抜かされた。遅れて着いた後も昨日一昨日を休んでいるため、その間に素材の取引は終わっている。

「わかりました。お待ち下さい」

 受付嬢の名前は知らない。必要な時も無いため、聞く機会を逃している。

 奥の部屋に向かい、毎度同じく、袋と書類を持ってきた。

「こちらが買い取り額です」

 受付嬢は買取一覧をこちらに渡してくる。次には袋を開いて、貨幣を並べ始めた。

 木貨には届かず、その半分は越える。この程度が今の目安だ。

 肉を売る様になってから受取額は増えた。保存料を買う手間はあっても、無駄になる事は無い。魔物が安定して現れるダンジョンは、探索者の良い収入源だ。

「確認した」

 紙を受付嬢に返してから、貨幣を袋に詰める。

 机から袋を離したところで、久しぶりに舌打ちを聞いた。

 顔を上げると、受付嬢の目線はこちらに向いていない。横にある。

「あのまま、眠っていればいいのに」

「老人は早起きなんだ」

 受付嬢の反応が止まる。

「もう少し、体を気にしてください」

「あれ?」

 勢いの無い声に、アンシーも意外だったようだ。

 それにしても、アンシーがいた事は気付かなかった。

「健康第一に行動しているから、心配しないで良いよ。寝ている間も報酬があるんだ、良い仕事だよ」

「わかりました。……では、受付の邪魔をしないでください。あと、さっさと寝ろ」

「天蓋つきの寝台を所望する」

「棺で構いませんね? 土の屋根も作りましょう」

「硬貨になるほど、偉大になってからね」

 話を切ったように、アンシーがこちらを向く。

「アケハも、ニーシアも、レウリファも。久しぶりだね」

「アンシーも元気そうでなによりだ」

「暇つぶしを探していたんだ。アケハが来てくれて良かったよ」 

「いえ、待ってください! まだ、終わっていません」

 受付嬢が声でさえぎる。

「個室の方で聞き取り調査があります」

「あらら、ちなみにどの扉?」

 アンシーに腕を掴まれる。

「手前から3番目ですが、同席するんですか?」

「そちらの面倒も省けるでしょ」

「個人情報は、もう無駄でしょうね」

「そういう事」

 知らない内に話がすすんでいる。

「変な面倒を起こさないでくださいね」

「大丈夫、安心していいよ」

 受付嬢はアンシーを見て、からこちらを見る。

「少し時間がかかりますが、急ぎの用事はありますか?」

 ニーシアとレウリファにも確認する。

 振り返ると、同意してきた。

「問題無い」

「なら、先に入っておくよ」

「後から伺います」

 受付嬢が離れていくと、アンシーが掴んでいる腕を揺らしてきた。

「無事で何よりだ。王都に戻った探索者にも聞き取りをしていてね」

 ダンジョンの異変について、現地調査では足りない部分があったのだろう。

「深部の探索者にいたっては、大体が帰還途中だ。組合としても、すぐ対応できるよう、足場固めをしている途中なんだよ。都合の悪い事も分かってきた」

 大まかな出来事は探索者に伝えているらしい。それも、一部の者だけのようだ。

「まあ、事務上の都合だから、楽にしていいよ。私もいるから大丈夫」

 アンシーが回り込み、入口側の通路へ導いてくる。

 並んでいる扉の3番目にくると、アンシーは開いてすぐ中に入る。


 続いて部屋に入ると、いつかも見た内装が広がっていた。並ぶ部屋はどこも同じ見た目かもしれない。

 全員が入ったところでアンシーが扉を閉めた。

「そうだ、魔法の練習は続けているかい?」

 自宅にいる間しか行っていない。訓練道具は借り物で、失くしたくなかった。

「時間がある時しかできていない」

「忘れない程度でいいさ。せっかくだから、今確認しよう」

 アンシーがこちらから目を離す。

「ニーシアとレウリファは座っていた方が良いよ、距離がある方が安全だから」

 危険なら、この部屋で行う事が間違いだろう。

「私は心配無い」

 2人が手前の長椅子に座る。

 アンシーは顔を戻して、寄ってくる。

「まず、手を合わせようか。普段はどっちで試している?」

 利き手を差し出すと、アンシーが手を重ねてきた。

「万が一、倒れても良いように、壁にもたれて」

 アンシーに従い、壁を背にするまで下がる。

「よし。魔道具を光らせたように、魔力を操るんだ」

 少しずつ光を強める事を意識する。

 普段は魔道具だが今回はアンシーの手だ。俺の魔力とやらを抵抗なく押し込まれている。アンシーは問題ないのだろうか。

 魔力を乱される感覚は気持ち悪い。訓練道具の中には、その状態をうながすような拷問具があった。今のアンシーが経験している状態も同じだろう。

「ゆっくりだね、もっと強くしてもいい。君程度なら問題無い。操れる限り、全力で良い」

 今が限度だ。

 魔道具で確認する時でも、模様を作れず光るだけになる状態だ。

「仕方ない」

 一瞬、手に針を刺されたような感触がした。

「アンシー?」

「我慢しろ」

 熱さは無い。手の中にある肉が泡立つ。

 うごめく違和感が腕まで広がり、肌を押してくる。

「抵抗するな、従え。捧げるように、自らを差し出せ」

 流れに抵抗すると、痛みがくる。

 細かい流れを一つ一つ合わせていく。魔道具を使った時と違い、痛みを強調して修正箇所を示してくる。自分の制御が甘い部分を指摘されているようだ。

 流れの太い部分は操ってこない。細い流れを揺らされて、止められる。中ほどの流れ道をずらされ、そこへ細かい流れが足されていく。

「それでいい。制御を保て」

 アンシーの指示に従う。全体に痛みを与える場所が残っている。

「少しずつ弱めていけ」

 流れを弱めるたびに、気持ち悪さが増してくる。

 弱めていくと流れが途絶えた。

「よし」

 気持ち悪さが薄まり、消えた。


 疲れを意識して、息を整える。

「手を離せ」

 絡めていた力が抜かれ、こちらから手を外せた。

 アンシーは合わせていた手を持ち上げてきた。

 見えた手の平には細かい亀裂がある。指紋ではない深さを伴なった傷だ。血が染みだした跡も広く生じている。

「痛くないのか?」

「痛い。が、そこではなく。とにかく触れてみろ」

 アンシーの手を小さく包む。力加減が利く親指で表面に触れた。

 肌の動きが重い。

 指で表皮を動かすと、全体の伸び方が硬い。親指の付け根を押した時の沈みが広く、弾力も強い。アンシーの指は軽く動かせる。手の力は抜かれているだろう。

 手のひらの中心から硬くなっていて、端の方は傷も無く柔らかいままだ。

「今はアケハの効果を維持しているだけだ。流れを止めれば硬さは消える」

 言い終えると、肌が次第に柔くなっていく。

 親指に濡れた感触がする。亀裂に残る血が付いたのだろう。

「わかったか?」

 頷いて返す。

 触れていたこちらの手を握られた。

 アンシーは間を詰めて、体を近づけてくる。

「わかった」

 アンシーは体が振れる手前で止まる。

 かかとを伸ばしたように頭が持ち上げてきた。



2019/04/06 修正

大まかな出来事は(以降追加)探索者に伝えているらしい。それも、一部の者だけのようだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ