101.聞き取り調査
自宅の掃除と買い出しは昨日で済ませた。
ダンジョン帰りの過ごし方に慣れて、疲労感は少ない。普段なら休息日として自宅で過ごす日だ。ただ、今回は違う。休息日も長くなるだろう。
先日起きた、ダンジョンの異変に関する情報を知るためだ。現地の噂では、ダンジョンが壊れたという予想だけだった。王都の組合なら、現地の状況は集まってくる。時間が経った事で、犯人の情報や新事実が得られるかもしれない。
今は討伐組合に向かう途中で、通りの楽な城壁沿いを歩いている。荷車を運ばず、武装も着ていない。見かける人を警戒する事にも飽きた。
通りを歩く住人には、恐怖は見られない。
魔物の存在も壁越しでは遠い。魔物と接する機会が無い者なら、仕事や家庭の方が重要だ。城壁の外、穀倉地帯でも被害は無い。
自分が探索者だから魔物を意識するだけかもしれない。人の手でダンジョンを壊した例があるのだ。遠くの異常程度では気にならないのだろう。
討伐組合に着いたのは、2刻過ぎ。
依頼を選ぶ探索者なら壁外に出ている頃だ。朝食を食べて自宅を出たら、このくらいに着く。休憩無しに歩いても、遅い組に入る。
とはいえ、起床は人それぞれ。残りは順にやってくる。今日は安心できるようで、受付の建物の外に群がりは見えていない。素材を運ぶ者は少なく、臭いも感じられない。
本館に入る。
受付前の行列は無い。依頼が貼られた掲示板にも2人ほど、手前の掲示板に新品の名残が残っている。
「多いですね」
ニーシアが隣で言った。
普段と違うといえば、酒場方向の人混みだろう。満席でないにしても、壁際や奥で立つ人の姿も多い。休んでいる事も無く、情報交換が途切れなく行われている。
「ダンジョンの事だろうか」
「どうでしょう」
断定できない呟きに返事が来た。
このまま、立っているのも2人に悪い。
入口に近い受付に行くと、見覚えのある顔に会う。
識別票を見せて名前を告げる。
「お久しぶりです」
答えた受付嬢は、わずかに視線をそらした。
「送金した分を受け取りたい」
魔物素材はダンジョン前で預け、買取額の受け取りは王都側に決めている。
王都に帰る途中で、組合の馬車に何度か追い抜かされた。遅れて着いた後も昨日一昨日を休んでいるため、その間に素材の取引は終わっている。
「わかりました。お待ち下さい」
受付嬢の名前は知らない。必要な時も無いため、聞く機会を逃している。
奥の部屋に向かい、毎度同じく、袋と書類を持ってきた。
「こちらが買い取り額です」
受付嬢は買取一覧をこちらに渡してくる。次には袋を開いて、貨幣を並べ始めた。
木貨には届かず、その半分は越える。この程度が今の目安だ。
肉を売る様になってから受取額は増えた。保存料を買う手間はあっても、無駄になる事は無い。魔物が安定して現れるダンジョンは、探索者の良い収入源だ。
「確認した」
紙を受付嬢に返してから、貨幣を袋に詰める。
机から袋を離したところで、久しぶりに舌打ちを聞いた。
顔を上げると、受付嬢の目線はこちらに向いていない。横にある。
「あのまま、眠っていればいいのに」
「老人は早起きなんだ」
受付嬢の反応が止まる。
「もう少し、体を気にしてください」
「あれ?」
勢いの無い声に、アンシーも意外だったようだ。
それにしても、アンシーがいた事は気付かなかった。
「健康第一に行動しているから、心配しないで良いよ。寝ている間も報酬があるんだ、良い仕事だよ」
「わかりました。……では、受付の邪魔をしないでください。あと、さっさと寝ろ」
「天蓋つきの寝台を所望する」
「棺で構いませんね? 土の屋根も作りましょう」
「硬貨になるほど、偉大になってからね」
話を切ったように、アンシーがこちらを向く。
「アケハも、ニーシアも、レウリファも。久しぶりだね」
「アンシーも元気そうでなによりだ」
「暇つぶしを探していたんだ。アケハが来てくれて良かったよ」
「いえ、待ってください! まだ、終わっていません」
受付嬢が声でさえぎる。
「個室の方で聞き取り調査があります」
「あらら、ちなみにどの扉?」
アンシーに腕を掴まれる。
「手前から3番目ですが、同席するんですか?」
「そちらの面倒も省けるでしょ」
「個人情報は、もう無駄でしょうね」
「そういう事」
知らない内に話がすすんでいる。
「変な面倒を起こさないでくださいね」
「大丈夫、安心していいよ」
受付嬢はアンシーを見て、からこちらを見る。
「少し時間がかかりますが、急ぎの用事はありますか?」
ニーシアとレウリファにも確認する。
振り返ると、同意してきた。
「問題無い」
「なら、先に入っておくよ」
「後から伺います」
受付嬢が離れていくと、アンシーが掴んでいる腕を揺らしてきた。
「無事で何よりだ。王都に戻った探索者にも聞き取りをしていてね」
ダンジョンの異変について、現地調査では足りない部分があったのだろう。
「深部の探索者にいたっては、大体が帰還途中だ。組合としても、すぐ対応できるよう、足場固めをしている途中なんだよ。都合の悪い事も分かってきた」
大まかな出来事は探索者に伝えているらしい。それも、一部の者だけのようだ。
「まあ、事務上の都合だから、楽にしていいよ。私もいるから大丈夫」
アンシーが回り込み、入口側の通路へ導いてくる。
並んでいる扉の3番目にくると、アンシーは開いてすぐ中に入る。
続いて部屋に入ると、いつかも見た内装が広がっていた。並ぶ部屋はどこも同じ見た目かもしれない。
全員が入ったところでアンシーが扉を閉めた。
「そうだ、魔法の練習は続けているかい?」
自宅にいる間しか行っていない。訓練道具は借り物で、失くしたくなかった。
「時間がある時しかできていない」
「忘れない程度でいいさ。せっかくだから、今確認しよう」
アンシーがこちらから目を離す。
「ニーシアとレウリファは座っていた方が良いよ、距離がある方が安全だから」
危険なら、この部屋で行う事が間違いだろう。
「私は心配無い」
2人が手前の長椅子に座る。
アンシーは顔を戻して、寄ってくる。
「まず、手を合わせようか。普段はどっちで試している?」
利き手を差し出すと、アンシーが手を重ねてきた。
「万が一、倒れても良いように、壁にもたれて」
アンシーに従い、壁を背にするまで下がる。
「よし。魔道具を光らせたように、魔力を操るんだ」
少しずつ光を強める事を意識する。
普段は魔道具だが今回はアンシーの手だ。俺の魔力とやらを抵抗なく押し込まれている。アンシーは問題ないのだろうか。
魔力を乱される感覚は気持ち悪い。訓練道具の中には、その状態をうながすような拷問具があった。今のアンシーが経験している状態も同じだろう。
「ゆっくりだね、もっと強くしてもいい。君程度なら問題無い。操れる限り、全力で良い」
今が限度だ。
魔道具で確認する時でも、模様を作れず光るだけになる状態だ。
「仕方ない」
一瞬、手に針を刺されたような感触がした。
「アンシー?」
「我慢しろ」
熱さは無い。手の中にある肉が泡立つ。
うごめく違和感が腕まで広がり、肌を押してくる。
「抵抗するな、従え。捧げるように、自らを差し出せ」
流れに抵抗すると、痛みがくる。
細かい流れを一つ一つ合わせていく。魔道具を使った時と違い、痛みを強調して修正箇所を示してくる。自分の制御が甘い部分を指摘されているようだ。
流れの太い部分は操ってこない。細い流れを揺らされて、止められる。中ほどの流れ道をずらされ、そこへ細かい流れが足されていく。
「それでいい。制御を保て」
アンシーの指示に従う。全体に痛みを与える場所が残っている。
「少しずつ弱めていけ」
流れを弱めるたびに、気持ち悪さが増してくる。
弱めていくと流れが途絶えた。
「よし」
気持ち悪さが薄まり、消えた。
疲れを意識して、息を整える。
「手を離せ」
絡めていた力が抜かれ、こちらから手を外せた。
アンシーは合わせていた手を持ち上げてきた。
見えた手の平には細かい亀裂がある。指紋ではない深さを伴なった傷だ。血が染みだした跡も広く生じている。
「痛くないのか?」
「痛い。が、そこではなく。とにかく触れてみろ」
アンシーの手を小さく包む。力加減が利く親指で表面に触れた。
肌の動きが重い。
指で表皮を動かすと、全体の伸び方が硬い。親指の付け根を押した時の沈みが広く、弾力も強い。アンシーの指は軽く動かせる。手の力は抜かれているだろう。
手のひらの中心から硬くなっていて、端の方は傷も無く柔らかいままだ。
「今はアケハの効果を維持しているだけだ。流れを止めれば硬さは消える」
言い終えると、肌が次第に柔くなっていく。
親指に濡れた感触がする。亀裂に残る血が付いたのだろう。
「わかったか?」
頷いて返す。
触れていたこちらの手を握られた。
アンシーは間を詰めて、体を近づけてくる。
「わかった」
アンシーは体が振れる手前で止まる。
かかとを伸ばしたように頭が持ち上げてきた。
2019/04/06 修正
大まかな出来事は(以降追加)探索者に伝えているらしい。それも、一部の者だけのようだ。




