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魔法迷宮で暮らす方法  作者: 朝日あつ
4.偽装編:94-124話
100/323

100.適応



 最後の坂を上り地上に出た時、先に進んでいた探索者も驚いたはずだ。

 入った時と違い、囲う壁の内側に探索者が集まって警戒していた。木の柵や積み石によって狭められた広場で、視線が向けられる。話や休憩を行う態勢でない戦士の様子を見れば、誰でも異常事態だと気づく。後続が見えない状態とはいえ、自分が足を止めて見回した事は、当然の反応だ。

 気を戻した後で、ダンジョンの囲いの外へ向かうと、誘導する組合職員に従い、倉庫を向かう間に荷物確認を受けた。探索者の識別票を出して、活動範囲の確認まで受けた。ダンジョンの異変は、組合の意図した状況でない事がわかる。

 その後に救助した探索者たちと分かれた。

 ー―アケハさんとお2人には本当に助けられました。

 感謝の言葉を貰った時は買取の列も先頭辺りであり、荷物を受け取ると先を譲ゆずってもらった。以降は会っていない。先に宿屋まで送れば、怪我人を背負わせる事は無かっただろう。ダンジョン内では荷車に座らせていたので、抵抗は無い。怪我自体も支えがあれば、遅く歩ける状態だった。

 夕方時であり、夜の壁外を進むほど急ぐ用事は無い。一夜を探索者村で過ごして、次の日から王都に向かった。





 自宅に帰ってきた今は、普段と変わらない。

 軽い掃除を済ませた後、食事をして、眠る準備をする。この習慣は今後も変わらないだろう。

 夕方帰りで忙しい日の食事は、それ以外と比べて料理が単純で。野菜や骨肉で煮込み出汁を作る時間は無い。ニーシアも早めに休みたいと考えているはず。

 野営時に温かい食事が貰えるだけでも、駆け出しの探索者にしては、まともだ。干物の野菜や肉を持ち込む程度は普通としても、調理器具を持ち込むような余裕は持っていない。数日だけなら調理は不要で、荷物を減らす事が優先される。肉を焼く場合でも、薪枝や武器を使う。

 壁外の自然で活動する者であれば、料理を重要視するかもしれない。食材を現地調達の場合、毒気を水で薄める物も候補に入れるだろう。ダンジョンと違い魔物が少ない分、飢える危険も大きい。

 ダンジョン通いである自分の環境が良いのは、ニーシアのおかげだ。

 食卓に料理が並べられていく。自分とレウリファは多めで、ニーシアが自身の器に盛る量は少ない。取り分ける芋料理を含めても、今回の品数は片手の指で収まった。

 燭台を使わない2つのオイルランプが料理の湯気を照らす。2人の顔は動かされる手で陰り、自分も食事の手を進めた。


 食事を終えた後は体を洗う。更衣室には着替えの用意されており、確認してから浴室に入った。

 最初は空気も床も、まだ冷えている。脇に置かれた大きな桶にはお湯を溜めており、使うために上蓋を開けた。わずかだった湯気が大きく広がり、息を深くする。体に浴びせたお湯は、床に落ちていき、床も温まっていく。ひと月経っても、桶に木の匂いが残っている。

 お湯を自由に使えるため、手軽に済ませていた水浴びを丹念に行える。宿屋に泊まっていた時より余裕がある。濡らした布で拭くより、汚れも落ちている。気がする。自分が洗い終わる頃には、室内も暖まっているだろう。

 着替えをして部屋を出た後で、待機しているレウリファを呼ぶ。通路から居間に移動したところで入れ替わり、レウリファが通路に入った。


 魔法の訓練を始めるため寝台脇に行く。棚から布に包まれた道具を持ち出し、食卓に戻る。

 食卓の机には照明しか置かれておらず、食事の後片付けが終わっている。レウリファは手伝いを断られなかったのだろう。ニーシアが椅子に座り、こちらを見守っている。指輪を外して、明かりの元に置く。

 アンシーから借りた魔道具は3枚の板で、実際に使うのは2つだ。机に置いて布を広げて、それぞれを確認する。1枚を掴み、手前に引き寄せる。

 手に置くと板が光り、模様を描く。

 板から伝わる感覚には慣れた。体内にある魔法に必要な何か、おそらく魔力を操られている。奇妙な状態は、他に覚えがない。操られている感覚を、自分の意思で操る際に、再現できるようになるのが目標だ。

 耐えられる限度は知っている。持つ腕が小さく砕けて空気に解けていくような感触を過ぎる気は無い。椅子から立ち上がって移動したり、持つ手を変え、異常を確かめる。

 数回か試して分かった事はある。魔道具が操る動きに合わせて自分も操ると、異常は薄れる。抵抗するほど大きくなった。手の平でなくても、肌に触れただけで板は光る。板の向きによって感触に変化があり、回転させながらでも板は光る。アンシーの教えから外れている部分もある。極端な異常を受けた事は無いため、大丈夫だと思うのは油断かもしれない。

 椅子に座り、板を机に戻して、一度休む。

 次に取った板に魔力を送り、面を光らせる。

 模様は描けない。明暗を偏らせる事はできるようになった。板の途中に暗い部分を作り、移動させる。模様も、自由に移動させられるかもしれない。試すにしても先の話だ。魔力を操れる時間は短く、鐘一度分にも届かない内に疲れてくる。

 借り物を失くす可能性があるため、自宅でしか訓練ができない。前準備が少ないため、空いた時間に行う。

 休憩をはさんで、魔道具を光らせていると、更衣室の方の扉が開く。レウリファが体を洗い終えたらしい。ニーシアの番になったため、自分も訓練を終える。

 訓練道具を片づけてから、食卓の照明を寝台のそばに移動させておく。


 レウリファが腰掛ける寝台に近寄る。

 上履きを脱いで、乗った寝台は冷たい。寝転んでおけば、3人が寝る頃には布団も多少温まる。真ん中の布団に行き、掛布団をめくる。

「ご主人様」

 潜ろうとしたところで、レウリファに呼ばれた。

 背中を見せている横に、毛繕いの道具が置かれている。

「手伝った方が良いか?」

「お願いします」

 先ほど脱いだ、かかとの無い靴を履く。寝台を回り込み、レウリファの正面に移動した。

「先に首輪に触れるからな」

 静かに頷いたレウリファの首元に手を伸ばす。

 魔道具の首輪に指輪を当て、魔力の残量に問題が無い事を確認する。ダンジョンにいる間は確かめる事を忘れていた。

 首から手を離して、布団の上に置かれた道具を取る。

 丈夫な櫛で、買い替えた事が無い。髪用を含めて4つも持っているため、予備を揃えるには金が要る。遠慮しているのかもしれない。レウリファが元から持っていた道具は、標準の物より質が良く。同じものは店でも手に取れないだろう。力が加わる作業ではないため、落として踏まなければ壊れる事は無いだろう。

 手足の毛並みを整えた後は、道具の片付けをする。

 小さな抜け毛を集めた布を閉じようとした時に、レウリファの腕が差し出された。


「髪もしてもらえませんか?」

 レウリファの目に普段の鋭さが無く、毛繕いをされている間の表情でもない。

 見える髪は、すでに整えられている。体を洗った後にでも櫛を通したはずだ。それでも求めてくる行為となると、必要なものではない。

「わかった。慣れていないから、乱れても許してくれ」

 断わりを待たずに、手を動かす。

 櫛を取ろうとして、レウリファに止められた。

「最初は手櫛でお願いします」

 手が包まれ、レウリファの顔の横まで持ち上げられる。

 横顎に触れたところで下げられていき、髪の毛を過ぎると止められる。毛先の辺りから、生え際へと徐々に整えていくらしい。往復する動きに抵抗すると、レウリファの手が離れた。

 首の裏まで整えるには体勢が悪い。

 寝台に片膝を預け、レウリファに寄ると、支えるように抱きしめてきた。

「レウリファ」

「このままで」

 言う事に従い、控えめに手を動かす。

 髪に触れている間、毛が絡まる事も反応も無い。レウリファの髪が温かい。

 互いの体が冷える事を気にしながら作業を進め、頭の手辺まで手櫛が届く段階になった。

「櫛が取れない」

 レウリファが離れた。

 櫛を使って、手櫛で乱れた部分を整えて、後片付けをした。

「ありがとうございました」

「ああ」

 道具を箱鞄にしまい、レウリファの側から寝台に乗る。思ったより早く終わり、ニーシアもまだ来ていない。

 布団は冷たく、眠るまでに時間がかかりそうだ。

 寝転んで目を閉じると、隣のレウリファも布団を動かした。 



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