10.ほのぼの監視生活
「この人は誰でしょうか?」
「俺も知らないが、金持ちだろう」
「どうしてそう思うんですか?」
「衣服の触り心地が違う」
倒れた赤髪の女性の腕を取る。両手を背に回して、手首の辺りに布を巻いてから縄できつく縛る。同様に足も縛りあげて動けないようにする。
「持ち物を調べますね」
ニーシアが全体を触り、衣服の収納から物を取り出す。硬貨や宝石、小道具もあったが、小型の武器も持っていた。これらはダンジョンの奥で一か所にまとめて置いておく。
女性を引きずりながら壁の方に移動させる。これで配下たちもダンジョン内を楽に通れるだろう。ダンジョン奥に隠れていた腹切りねずみもこちらへ寄ってくる。
「ひとまず様子を見るから、近づかないようにしてくれ」
ニーシアが料理をする間、自分は女性から少し離れたところで監視をする。ゴブリンも槍を手に持ち、一緒に見張ってくれるようだ。
転がしてある女性は今も眠ったまま動かない。焼け跡や切り傷が服にあるのに、その下の肌には傷がない。服の穴に指を通して辺りの肌をなぞってみたが、傷のような引っかかりも無い。服を脱がすほどの緊急性は無いため、起きるまでそのままにしておく。
「起きましたか?」
ニーシアが食事を持ってやってくる。質問には首を横に振って答える。
「アケハさんは、これを食べておいてください」
豆の煮込んだスープと骨を除いた焼き肉を受け取る。
始めにスープを一口のむ。燻製した肉を使ったのか、ほのかに酸味が感じられる。そのまま燻製肉を食べた時よりずっと食べやすい。
ニーシアに向かって頷く。彼女は笑みをこぼしてから隣にしゃがむ。
「片付けが終わったらニーシアは眠ってくれ、見張りを交代するかもしれない」
「わかりました」
食べ終わるまでその場にいてもらった。
食器を渡すと湿らせた布を貰い、手を拭く。受け取った彼女は外へむかう。
見張りのゴブリンにも交代するように指示すると、しばらくして食事を終えたらしい別のゴブリンがやってくる。
ニーシアと寝る前の挨拶を交わして、彼女が部屋に入っていくのを最後まで見た。
横向きに転がっている女性をずっと見続ける事も飽きてくる。
その場で軽く運動をする。関節を慣らす柔軟運動から始まり、剣や槍の素振り、木剣と盾を使った対人想定の訓練、果実水を飲みながらの投げ槍の的当てまで。
ゴブリン達は普段から2人交代で夜の見回りを行うため、時間の使い方をよくわかっている。
訓練も行っているため、長生きしたゴブリンほど強くなりそうだ。自分は盾で剣を防ぐことはできても、剣で逸らして防ぐことは出来なかった。2人に襲われた場合にも、場所を移動する事できずに囲まれて攻撃を受けていた。彼らのように戦いながら移動する余裕が無かった。
槍投げでは木の板に炭で円を書き、円の中に槍を刺すということをした。少しずつ木の板を遠くに移動させ、当て続けた1人が干し肉の一切れを得る。
何度も繰り返していくと、飽きを無くす工夫も加わる。的との距離は離れ、障害物を置かれ、いつの間にか当たる頻度が減ってしまう。最後は一人の成功で皆に配られる形となるが、用意していた干し肉は余ってしまった。
後半はかなり騒々しくしたはずだが、縛られた女性が起きる様子もなかった。そんなこんなを楽しんでいるとホブゴブリンの一人が夜明けを伝えてきてくれて、軽く仮眠をとる。
ゴブリンに起こされて女性の方へ向かう。護衛のために自分より先に進んでくれている。
「人間が魔物と話せるのか!」
目の前で縛られて転がっている女性の目が見開かれている。
やや高い声は起きたばかりの耳によく響く。
「やはり、おもしろいな」
周りを見ようとしているのか、女性は首を振り子のように動かす。
「なにが目的なんだ?」
「ここは体が落ち着くし、心が休まるんだ。……だから少しの間休ませてくれんか?」
先ほどまでと違う幼げな声質になり、女性の目から涙が零れそうになっている。
「出来る事なら何でもするから」
厄介者かもしれない。
「名前はなんだ?」
「体を起こしてもらえたら答える」
女性の声質が戻った。
手足は縛ったまま背を壁にもたれ掛け、足を前に持ってくる。
「オリヴィアと呼んでくれればいい」
「オリヴィアさんはどうやってここへ来たんだ?」
「追われて疲れたから休める場所を探していた、……追手はここに来るより前に振り払ったよ」
あまり期待しない方がいいな。今すぐ去ってほしいぐらいだ。
「いつまでいるんだ?」
「出来れば2日は留まりたい。よし! 手荷物をいくつか差し出そう」
「既に奪ってあるが」
「魔道具なんて使い方を知らなければ、壊れるし、買い叩かれるだけだぞ」
一般的でない物を持っているのか。
自分では調べようがない物かもしれない。
「わかった、物によっては滞在を許そう」
袋にまとめておいた没収品をみせる。
「ふむ、どれが欲しい?」
オリヴィアはなにか納得した様子だ。
ルクス通貨と似た形式の刻印が打たれたものもあるが、ひとまず武器になりそうな小型の剣を示す。
「えーと、それ以外で頼む。両親の形見だし血統を表すものであるからなー、他人が持ったところで意味がないだろう」
他人が持っても意味がないなら、血統を証明する方法が別に存在するのだろう。それが確かなら、使い勝手の悪い武器か無駄な置物になるだけだ。刃はあるが、装飾が多めで握るときに邪魔になるだろう。
「なら、俺にどれをすすめる?」
「生活は整っているだろうから、そういった魔道具はいらないだろう」
すこしでも生活の手間が省けるなら、それでもいいのだが。
「魔力の補給に金もとられるし、都市から離れた暮らしに適しておらん」
そういった職業があるのか。
「それにこう、特に強力なものを持っているわけでもないのでな」
どんな物を持っているのか興味がある。
「発光、点火、集水、障壁、消音、召喚、会話、……」
いろいろな種類を持っている様だ。
列挙しはじめたのは、こちらに選ばせる気なのか。
「魔石、宝石、通貨、小石、毒薬、枝、甘味菓子、……」
魔道具と思えないものが挙げられていく。
「何が足りないのか分からん!」
確かにこちらの事情を察するなんてできないだろうな。
「そうだ! この体で奉仕しよう!」
没収品ですら無い。
「無理に襲うこともできるが、奉仕の形なら抵抗も少なく、普段はできない多少危険な行為も可能であろう。それに若い女子と比べても遜色ないこの肢体、肌も柔く潤いもあり、胸も尻も垂れず。甘い香水の香りもまだ残っておるし。体力もそこらにいるような屈強な男よりも上だ。ここの魔道具を全て売り払っても買い取れぬような貴女であり、そのうち、国を差し出してでも抱きたいと言い寄られるかもしれないぞ。どうだ!」
主張する通りに確かに整っているが、血統と言っていた割に酷く安い女にみえる。
話した内容が後に行くほど、苦しい言い訳になっている。
「それとも幼女嗜好か! 歯も生え揃わん幼子しか好かぬのか! それならそうと言ってくれねば、こちらが恥ずかしいではないか! 価値の無いものを自慢しても虚しいだろう!」
興奮しているのか声が大きくなってきている。
「アケハさん、おはようございます。それと……」
「オリヴィアという名前らしい」
「オリヴィアさんもおはようございます」
騒いでいる間にニーシアが後ろにきたようだ、オリヴィアは気づいていながら大きな声をあげたのだろう。
ニーシアも警戒はしているようで、視界から逸らさないようにしている。
「……おはよう、娘さん、……人間が住み着くなんてダンジョンとは考えられないな」
「ダンジョンとは何ですか?」
ニーシアには洞窟としか教えていない。
「知らんのか?」
「良ければ教えてもらえませんか、朝食も用意しますよ?」
ニーシアが笑顔を作って答える。
「それは良い、食後にいくらでも答えよう」
オリヴィアが口調を直した。




