表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸田露伴「風流仏」現代語勝手訳   作者: 秋月しろう
8/23

幸田露伴「風流仏」現代語勝手訳  7

「如是因」とは、「新日本古典文学大系 明治編 幸田露伴集」の脚注に拠れば、

「諸現象が生ずるための直接の原因。風流仏の中核といっていい、珠運の心の中のお辰像が形づくられていくさま」とある。(P.177)



 第四 (にょ)是因(ぜいん)


 上 忘られぬのが根本(こんぽん)(じょう)


 珠運は種々(さまざま)な人たちがこの世の中で生きているありさまを、どう理解すればいいのか分からず、世の哀れを今宵しみじみと感じていた。建物の(かど)にヒュウと鳴る山風の寒さが一段と身に染みて、胸が痛くなるまでの悲しさを我が事のように思い、鼻を詰まらせながら亭主に礼を言って、自分の部屋に戻ると、忽ち気が付くのは、床の間にある買い求めていた二箱の花漬。着物を脱いでゴロリと横になり、夜着(よぎ)を引きかぶればありありと浮かぶお辰の姿。首を差し出して眼を(ひら)けば花漬、閉じればおもかげ。

「これはどうしたことだ」と、呆れてまたまた眼を()けば花漬。

「アア、この花漬を見ると、さっきの浮世話が思い出されて眠られぬ。明日は()(ごめ)(とうげ)を越えて、中津川まで行こうと思うのに、よく休んでおかなくては」と、行燈(あんどん)を吹き消して、気持ちを静めるが、瞼に浮かぶのは、またしてもお辰の美しい姿。

「エエ、馬鹿な」と、カッと目を見開いて天井を睨む眼に、今度は花漬は映らないが、闇の中から憎らしくも梅の花の香りが箱を洩れて、するすると枕に通い、何となくときめく心に浮かぶのは、見事に咲いた桃の媚びたような桜色。果ては薄荷(はっか)(きく)の花まで今真っ盛りとなり、蜜を吸おうと飛んで来る蜂の羽音もどこかに聞こえるよう。

「耳さえもいらぬことに迷っては愚かというもの」と、瞼を深く閉じ、掻巻(かいまき)を頭から(かぶ)るが、なんということ、今度は(うるわ)しい幻の花輪の中心に愛嬌を(たた)えたお辰が気高いだけではなく、後光(ごこう)まで朦朧(もうろう)とさして、まさに白衣(びゃくえ)観音(かんのん)のようである。古人が作った彫物(ほりもの)にもこれほどの物はないと、好きな道にこと寄せて恍惚(うっとり)となる時、物の響きが冴え渡る冬の夜、台所に()れ鼠が一層騒ぎ出して、……寝られぬ。


つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ