幸田露伴「風流仏」現代語勝手訳 22
「団円」は終章のこと。
「諸法実相」とは、「新日本古典文学大系 明治編 幸田露伴集」の脚注に拠れば、
「あらゆる現象の、真の姿」とある。
団円 諸法実相
帰依仏の御利益眼前にあり
恋において、必ず男女は心と心を通い合わせるが、それは、信仰によって人と仏が交感する様に似ている。
お辰をただひたすらに愛せば、その誠の一念は仏の御心に通じ、お辰が仏か、仏がお辰か、珠運は自ら作り出した仏に帰依し、かたじけなくも、その御仏にすくい取られるように、お辰と共に手を携えて肩を並べ、悠々と雲の上に昇っていった。
後には白薔薇の香りが匂い、吉兵衛を初めとした村全体の年寄り、幼子が『目出度い、目出度い』とさざめけば、その声は、『天鼓』のように響いて、七蔵の歪んだ耳を貫き、煩悩、慢心を殺ぎ落として、これまで居た鬼窟を出て、悟りを得ようとする心を起こさせ、やがて田原と共に仏の左右に立つ守護神となった。
その後、光輪も麗しく、白雲に乗って、あちらこちらで色んな姿に見られるようになったが、ある紳士が拝んだのは、天鵞絨の裾の長い洋服を着て、駝鳥の羽を宝冠に付けた鮮やかな姿であったし、某の貴族が見られたのは白襟に錦の御帯が金色に輝く衣装をお召しになった姿であったという。
それに引き替え、農夫が見て拝んだのは、破れ綿入れを着て、藁草履を履き、腰に研ぎ澄ました鎌を挿した姿だと言い、また、小商人が見たのは、姿形もそれほど大したこともない、阿波縮の浴衣に、綿でこしらえた八反の帯をして合金の簪を挿した程度のお姿であったと言う。
風の寒い北海道では、鰊の鱗が怪しく光る『どんざ布子』…漁師が着るどてらのようなもの…、荒浪の立つ佐渡では色もはっきりしない『さき織り』…細く裂いた布を横に織りこんだ織物…を着て、漁師共の眼にお現れになったが、業平侯爵もしばらく経って、踵の小さい靴を履いた、派手なリボン飾りの目映い服を召された姿に出会われた由。
これはすべてどんな経典にもない一体の風流仏であって、珠運が刻んだのと同じものが様々、千差万別の化身として現れたのに違いなく、拝んだものは誰も彼も一代の守本尊とし、信仰篤ければ、子孫繁盛、家内和睦の御利益疑いなく、たとえ少々ご本尊様を恨めしい様に思うことがあったとしても、珠運のようにそれを火の上の氷とする者には、もちろん持ち前の仏性をお出しになって、庇護のお約束は守られる。
しかし、同じ拝むにしても、もしも誤って、マホメット教とかモルモン教などの木偶や土偶を崇拝するようなことになれば、現在、未来の二世に渡って罰の勢い凄まじく、光輪を火輪に変え、一家をも霊魂をも焼滅ぼされるとか。
ああ、恐れ多いこと、恐れ多いこと。
(了)
「風流仏」の現代語勝手訳はこれで終了しました。
今回も最後まで拙い訳で、読みにくい文章になりましたが、忍耐強くお読みいただき、ありがとうございました。
最終章の「団円」の冒頭の原文は
『恋に必ず、必ず、感応ありて、一念の誠御心に協い、珠運は自が帰依仏の来迎に辱なくも拯いとられて、お辰と共に手を携え肩を駢べ優々と雲の上に行し後には……』である。
素人の勘違いもあるかも知れないが、お辰とお辰の彫像と帰依仏と風流仏とが渾然一体となっているため、非常に訳しにくかった。
読者の皆様は原文を通して、判断していただければと思う。
最後に、「明治文学名著全集 第弐編 風流仏 (東京堂)」における山口剛氏による解説から、若干引用して、読者の参考としたい。
風流仏の妙は珠運が風流仏の声を夢現の間に聞くくだりにある。覚めれば窓外にただ鞠唄うたう子供の声を聞く、またうっとりとおたつの声を聞く。幻聴と幻影と相伴って、風流仏は動き出す。それともおたつが来たのやら、風流仏の動き出したのやら、実か幻かそれとわからぬ縹渺のさま、「玄の又玄摩訶不思議」の状を描くあたり、最詩趣横溢して居る。(P.204)
像の動いたのやら、女の来たのやらついにわからず了いに、玄の又玄摩訶不思議に筆を断ったのが作者の考であったろう。実のおたつがそこに来たと見るのは、作者の狙をそらした事であろう。そのあとの団円に二人の夫婦姿を見るというは実に就いていうのでなくして「恋愛」そのものに就いていうだけである、しばらく体を普門品観音の化身に借りたものであろう。(P.206)
* * *
この「風流仏」、現代語勝手訳の中でも、読者は少なかった。
もちろん、現代語訳が拙すぎるのが大きな原因だとは思うが、題名に古くさいものを感じて、敬遠されたのかも知れない。
「明治文学全集25 幸田露伴集 (筑摩書房)」における柳田 泉氏の『解題』に、
――「風流仏」、名は「仏」とあるが、実は神、美の神で、それが恋愛に縁があるので風流の二文字を冠せてある。実は風流美神というべきであろうが、東洋風に「風流仏」と呼んだ(P.305)――
とある。
もしも、題名が「風流美神」であったなら、もう少し読者の気を惹いたかと、フト考えてしまった。
同じ露伴の作品「土偶木偶」も題名が古めかしいのか、読者数が少ない。これなどは私自身、結構好きな作品ではあるのだが。
いずれにしても、もう少し文章を洗練しなくてはと、痛感している次第であります。
※ この作品に限らず、露伴の小説(あるいは、この時代の小説)には、現在の人権意識からして、容認できない、身体障がい、精神障がい、社会的身分、男女、職業等の差別的な用語が出てきます。訳に当たってはできるだけ配慮しているつもりではありますが、至らない部分もあるかも知れません。現代語訳の課題だと認識しています。
ハンセン病に関しても同様で、事実誤認や差別意識を持った形で記述されていますが、ご存じのように、ハンセン病は治療可能な病気で、もちろん遺伝などしないことが分かっています。
ただ、この時代の文章として表現上、「癩病」と記述しない訳にもいかないので、「ハンセン病」と注釈して記述しました。




