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幸田露伴「風流仏」現代語勝手訳   作者: 秋月しろう
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幸田露伴「風流仏」現代語勝手訳  11

今回、読みやすさを考えて、区切りのいい所で、一行空けることを試みた。

少しは、見やすくなっただろうか。


吉兵衛とは、亀屋の主人の名前。ここで初めて主人の名前が出てくる。


(よわき)(ほどこ)能以無畏(のういむい)」について、「新日本古典文学大系 明治編 幸田露伴集」の脚注には、

「『法華経』普門品の、観世音菩薩の名号を人々に唱えるよう促す一節に「是菩薩、能以無畏、施於衆生」(この菩薩は、能く無畏を以て、衆生に施したもう)とあるに拠る。「無畏」は自らをかたく信じて畏れることのないこと。お辰を救おうとする珠運の心意気をいう」とある。


下 (よわき)(ほどこ)能以無畏(のういむい)


「コリャ、吉兵衛(きちべえ)、自分流の御談義で俺に説教を垂れるつもりか。お気の毒だが、俺は道理も命もお構いなし、二つ並べてぶん投げる『ぶん投げの(しち)(さま)』だ。昔は密男(まおとこ)拐帯(かどわかし)もやってのけたが、今ではずいぶん大人しくなってな、姪子(めいこ)を売るのではないぞ。養女だか妾だか知らないが、百両で俺との縁を切ってくれと言う人に遣るだけのこと。それをお辰にいい男ができたのかどうか知らないが、生意気に知らないところへ行くのは嫌だと泣き顔になって、逃げでもしそうな様子だから、買い手のところへ行って帰るまで、一寸の間、縛って置いたのだ。それを珠運とかいう青二才野郎が、何の関係があって邪魔をしやがる」


(しち)(しち)、静かにしろ。一体全体、貴様の言うことが分からぬわ。貴様の姪ではあるが、貴様と違って、この宿中での(ほま)れ者、妙齢(としごろ)になっても白粉(おしろい)一つ付けず、盆正月にも、アララギの安下駄一足も新しく買うでもないあのお辰、叔父であればと、(つね)普段(ふだん)、よく貴様の無理を忍んでいると、見る人は皆、貴様に歯ぎしりを噛んで、お辰に涙を溢しておるわ。(しゅうと)に冷や飯を食わすような冷たい心の嫁も、お辰の話を聞いて、急にわがままも言わず優しくなって、『夜長(よなが)のお慰みに玉子(たまご)()でもして上げましょうか』と、老人(としより)の機嫌を取る気になるぞ。それをこの前も上田の女衒(ぜげん)…女を遊女として売ることを商売にしている人買い…に渡そうとした人でなしめ、百両の金が何で要るのか知らぬが、あれ程の優しい女を金に換えられるものだと思っている貴様の心がさもしい。珠運というお客さまの仁情(なさけ)が半分でも汲めたなら、そんなことは言わずに、有難涙(ありがたなみだ)(むせ)びそうなものを」


「オイ、亀屋の旦那、俺とお(きち)の婚礼の仲人役(なこうどやく)をしてくれたことを恩に着せるつもりか知らぬが、貴様貴様は止して下され。七七四十九が六十になっても、あんたのご厄介になろうとは申しませぬわ。お辰は俺の姪、あんたの娘ではないさ。さっさとここへ出しなされ。七の眼尻が上がらぬうちに素直になされた方が御為(おんため)かと存じますぜ。それとも、あんたは珠運とかいう奴に頼まれて口を利くばかりで、自分は当人でもないので、取り計らいかねると仰るなら、その男に逢いましょうぜ」と、七蔵が言うが早いか、


「オオ、その男がお逢いしましょう」と、珠運が立ち()でた。つくづく見れば、鼻筋が通り、凜々(りり)しい目つき。


 七蔵は、『こいつが珠運か。成程、顎の張った一癖(ひとくせ)ありそうな悪者』と、膝をすり寄せ、肩を怒らせ、

「珠運とか言う()二才(にさい)はおのれだな。(なま)弱々しい顔をして、よくもお辰を拐帯(かどわか)したの。若いのにしては感心な腕じゃ。しかしな、若いの、闘鶏(しゃも)の前では地鶏(じどり)(ひる)むわ。身の程を知ったなら、尻尾を下げて、四の五もなしにお辰を渡して降参しろ」


「四の五もなしとは、結構な(おっしゃ)りよう。私も手短に申しますなら、お辰様を売らせたくないという思いからのご相談を」


「ふざけた寝言は止めてくれ」


「コレ、七、静かに聞け。何とか売らずに済む方法はないものか……」と言うのも聞かず、


「まったく、この小癪(こしゃく)旅烏(たびがらす)め!」と七蔵が振り上げる拳。


「アレ」と走り出るお辰。吉兵衛も共に止めながら、

「七蔵、七蔵、本当にもう、そなたは智恵のない男、無理に売らなくても相談はできそうなものを」


「フ、相談などできないのは分かったこと。百両出すなら呉れてもやろうが」と、お辰を引っとらえて、立ち上がる七蔵の裾を吉兵衛が抑え、


「まあ坐って、吉兵衛の言うことを落ち着いてよく聞け。人の身を売り買いするのは、今日では理に外れたことになっておる。娼妓(しょうぎ)にするか、(めかけ)に出すか知らぬが……」


「エエ、(やかま)しいわ、老耄(おいぼれ)が。何をして食おうが俺の勝手じゃ、もうすでに内金の二十両まで取って使(つこ)うてしもうたわ。今更無しにするなどとてもできぬ。大きなお世話だ、放って置いてくれ」と、あくまで罵り、小兎を(つか)(わし)のような眼差(まなざ)しは恐ろしく、亀屋の亭主も、もはやどうすることも出来なくなって口を(つぐ)む有り様。珠運は口惜(くや)しく、見ればお辰は(つた)を絡める場所もない朝顔が嵐の中でどうしようもなく(しお)れてしまっているといった風情。こちらに向かって言葉もなく深く礼をして、叔父に連れられ、立ち()でるその二足、三足目、再び後ろを振り向くその哀れさ。


『もはや、断じて堪忍ならぬ』と、珠運は七蔵を呼び止め、百両をものの見事に投げ出して、亭主、お辰が驚くのも構わず、きっちりとこの悪人と善女(ぜんにょ)の縁を切ったのである。


 これで、めでたしめでたし。この後、まずはお辰を亀屋の養女扱いにしたのであった。


この「風流仏」の構成は、

「風流仏縁起」から始まり、「発端」→「第一」~「第十」→「団円」となっている。各章、文の長短はあるが、構成上は今回でちょうど半ば。


拙い文章が続きますが、後半もお付き合いいただければ幸いです。


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