第1部:桜、舞って
7時50分。朝食を済ました少年は家を出て、自転車にまたがりヘルメットをかぶった。青空の下、力強くペダルをこぐ。友達の家に寄り、そこから学校までの残り1キロ程の道のりを自転車を押して歩いて通う友達と一緒に行く。
薄いピンク色の花びらが少年の鼻の上に落ちてきた。それを彼らは笑いながらそっと払い除けた。
−春が来たんだなぁと思いながら。
「なぁ、今度の大会どうする?どうやって行く?」 自転車の少年が聞いた。 「俺は何でもオーケーだよ。バスと電車で行くか」 歩きの少年が答えた。微笑み合う二人はとても幸せそうだった。学校の門の近くにある大きな桜の木の下を歩いていた。
きっと誰もが認めるだろう。この中学校で一番短距離で足が速い人と長距離で一番足の速い人、この人達が一番の仲良しだということを。
そしてもっと上を目指し二人とも成長し続けるということを。 二年目の中学校での新学期−春の始業式を迎えた。午前4時間、午後2時間の授業を終えた少年は鞄に教科書やら空の弁当やらを詰め込むともう一人の少年と一緒に連れ立って陸上部の活動場所へと向かった。
「薫、また始まったな」 「何だよ、いきなり。拓海ってそんな感傷的な奴だったっけ?」
ハハハ……と笑いながら二人共部指定のジャージに着替えてスパイクに履きかえた。
「俺さぁ、たまに長距離選手辞めてよかったのかなぁって思うんだけど」
神田薫は一年の時には長距離選手だったのだがよい結果が出ず、顧問の先生の案で短距離へと種目を代えたのだ。そうしたらみるみるうちに市内大会準優勝、県大会では入賞まであと一歩というところまで登りつめた。あの時は顧問の先生の大竹正之−大ちゃん−までもが審判に確認したほどだった。 「長距離やってた頃ってやっぱ苦しかったけど……」
「薫、俺今ちょっとがっかりしたぜ」
「何がだよ」
「お前ってそう優柔不断な奴だったのかって」
「だって俺、長距離辞めてから部活がダルいっていうか。毎日が空気なんだよね」
「空気?」
「そう。メリハリが感じられないんだ」
確かに最近、薫のいつもの元気が変だと思っていた。元気はあるが、空元気という訳でもなく、本当の元気とも少し違った。
理由は−?
薫の長距離というのは本当の理由ではないと思う。絶対に、他に何かあると拓海は感じていた。ぼーっとする姿をよく見かけるようになってから
「ダルい」などという言葉を聞くようになった。