3.「あんた……自覚してなかったの?」
目を、合わせられない。
あの日以降も、つかっちゃんは特に変わった様子はない。私だけだ、変に意識してしまうのは。
目が合うと、即座に逸らしてしまう。これじゃあ、変に思われる。なんとかしなければと思えば思うほど、つかっちゃんが見れない。
つかっちゃんを見ると、あの日、唇の横を舐められたことを思い出してしまうから。
恥ずかしくなって、顔が赤くなる。
目は合わせられないくせに、気が付くとつかっちゃんの後ろ姿を、目で追っている。
何なんだ、自分でも自分がよくわからない。雑念を振り払うように、運動をする。最近は、ジムにも通うようになった。
最初は緊張してたけど、きてる人は大抵常連さんで、スタジオで音楽に合わせてノリノリで踊るおばちゃんズに可愛がってもらっている。
ジムに入ってすぐは、まず体を解すためのストレッチから。次に、筋トレマシンーンで軽く筋トレして、ランニングマシーンでひいひい言いながら汗を流す。
プールで水中ウォーキングもした。水の中だから、膝などに負担がかからなくていい。
野菜たっぷりの弁当。いつもなら、嫌いな野菜でも、腹の足しになるからと食べるのだが、最近はつかっちゃんのことを考えすぎて、空腹を感じない。
ぼんやりすることも増えた。
これには流石に女友達から心配された。つかっちゃんも心配して教室にちょくちょくきてくれたらしいけど、申し訳ないと思いながら避ける。
女友達の倉崎香菜、あだ名はかなりきーに、事情を話すと、呆れたようにため息をつかれた。
どうでもいいけど、香菜のあだ名、「かなりきー」の由来は、ロールプレイングゲームに出てくる、怪力モンスターからきている。
あだ名の通り、香菜は力が強い。クラスの男子全員を腕相撲で負かしたことがある。言っておくが、特別うちのクラスの男子が弱いわけではない。
香菜の、可愛らしい見た目とのギャップにやられる男子も多く、モテる。特に、マゾっ気のある男子に。
本人は、あだ名は特に何も思ってないみたいだけど、マゾっ気のある男子にモテることについてはよく不満を漏らしている。
「あんた……自覚してなかったの?」
「何が?」
ポカン、と呆けると、またため息をつかれる。
「こりゃ前途多難ね、あんたの……いや、やっぱり言わないでおく。こういうものは、見てる分には楽しいのよねぇ」
うふふ、と怪しげに笑うかなりきー。あんたの、の続きは一体何なのか。
前途多難な私の、何だろう。ダイエット? とか考えてたら、丁度教室の出入り口に立つ、つかっちゃんの姿を見つけた。
かなりきーはまだ気づいてない。
「私、お手洗い行ってくる」
「ん、行ってらっしゃい。弁当は?」
「後で。かなりきー先に食べてていいから」
私は平静を装って、そろそろと教室を出た。つかっちゃんがクラスの女子に教室へ引き込まれるところで、私は教室から抜け出した。
女子にベタベタ体を触られているのに、抵抗しない。なぜだろう、その光景に、もやもやした。
そのまま、廊下を競歩のように早歩き。走ると先生に捕まる可能性があるからね。
うちの学校は、図書室が大きい。割りに、人が少ない。隠れるには、もってこいの場所。
しかし……うん。先ほどから、腹の虫が鳴り止まない。幸い、今図書室に人はいない。いたら、恥ずか死ぬ。
弁当、食べればよかった。
思い出したかのように、今さら空腹が襲ってくる。
「みっちゃん」
突然聞こえたつかっちゃんの声に、ビクッと反応する。振り返ると、私の弁当を持ったつかっちゃんが、立っていた。
え、どうする。にげ、る……? でも、このまま何も言わずに避け続けるなんて、失礼すぎる。
パニックになっている間に、つかっちゃんは私の隣に腰を下ろす。机に私の弁当を広げる。
「弁当、食べましょう? 食べないと、体に悪いわ」
優しい声。いつも通りの、変わらないつかっちゃんの姿。ここ数日何も言わずに避けまくってたのに、つかっちゃんは何事もなかったかのような振る舞い。
図書室にきたのは、私を探してか、偶然か。わからない。
なぜだか、ほんの少し、つかっちゃんを怖く感じた。
「あの……」
「なぁに、みっちゃん」
「最近、何も言わずに避けまくってごめん。つかっちゃんが悪いわけじゃ、ないの」
うつむく私の頭に、優しく大きな手のひらが乗せられた。
「大丈夫、わかってた」
「えっ?」
パッと顔を上げると、そこには、微笑むつかっちゃんがいて、でも、いつもとはどこか違った雰囲気で。
「みっちゃんは優しいもの」
それだけ言うと、あとは黙ってしまったので、私も黙って弁当を食べる。
ポッキーの日ということで、内容は全然関係ないのですが、11月11日11時に投稿してみましたw