1.「俺、デブとは付き合えないから」
「俺、デブとは付き合えないから。つーかマジで無理。お前みたいなデブが、俺みたいなイケメンと付き合えるとか、本気で思ってんの?」
浅野美都子、16歳。只今青春の真っ只中で、なぜか自分が告白されると勘違いした若干小者臭のする男子に散々馬鹿にされ、見返してやると決めた。鼻で私を笑ったあの男子に、一矢報いてやるのだと。
ちなみに、男子は偶然通りかかった私の友達に撃退された。
だが、それだけでは私の気が済まない。勘違いで馬鹿にされるどころか、してもないのに振られるなんて。
それからの私の生活は、ガラリと変わった。
腹筋、背筋、スクワット。まだ太陽が顔を出す前に起きて、筋トレに励む。
そして、ジャージに着替えウォーキング。首からタオルを下げ、早足で腕を大きく振りながら歩く。1時間ほどかけてウォーキングは終了。
学校の体育にも、積極的に参加する。走れば揺れる贅肉、ほとばしる汗……というか、汁。
足を閉じて過ごす習慣がなかったため、学校ではわざとスカートの丈を短くして、強制的に足を閉じる生活に変えた。
閉じないと、見えるからね。
今まで気にしたことがなかったけど、いざお風呂上がりに鏡の前で全身を見ると、太い。よくぞここまで立派に育ったものだと、我ながら感心する。
太い足を自ら人目に晒すことによって、クスクスと笑われることを原動力にした。
心が折れそうになった時は、あの勘違い野郎の言葉を一字一句思い出してひたすら奮闘。
休日でも気は抜けない。今までズボンばかりだった服装を、スカートに変えた。それも、ワンピースなど、体型が隠れるものじゃないやつ。
久しぶりにスカートを履いて、生足を出したら悪い意味で視線をすごく感じた気がする。私の思い込みかもしれないけど。
スカートは、言わば私の戦闘服。常に太ももの内側に力を入れて足を閉じると言う、訓練をするためのもの。
最初こそ、太ももの内側が痛いしつるかと思って悶えてたけども。
猫背だと余計たるんで見えるので、背筋は伸ばす。これも最初は背中痛いしやっぱりつりそうだった。
だらしないぽっこりお腹にも力を入れ、引っ込めて過ごす。
家族と過ごす時間が増えると、同時に誘惑もやってくる。うちの家族は揃って丸いのだ。
ついでに言うと、うちの家族は揃って色素が薄い。地毛で茶髪とか茶色い目とか、普通。
かくゆう私も、暗い茶髪に茶色い目。肩につくかつかないか、ギリギリの長さの髪を、何度染めたと注意されたか……。茶色い目も、カラコン入れてるとか注意されたし。
閑話休題。
そんなわけで、予めダイエット宣言を高らかにして、お菓子でつってくる罠にも引っ掛からないよう、鋼のような精神になるべく鍛える。
一番簡単なのは、何かと誘惑や誘いの多い家を出て友達と遊ぶこと。
街をかなり歩き回るし、偶然勘違い野郎の場に居合わせ撃退してくれた友達を誘って、化粧の仕方などを教えてもらう。
ご飯をいきなり減らすと元の食生活に戻ったらリバウンドしやすいと聞いたので、野菜を多めにとって白米を少し減らす。
今までご飯はもりもり食後のデザートも欠かさない生活を送ってきた私には、かなりツラかった。これはもう、いっそ寺にでも行って来るべきかと悩んだほど。
ぎゅるるるる。
虚しく鳴るお腹をさすりながら、お風呂上がりのマッサージ。
ああ、お菓子が食べたい。ご飯をいっぱい食べたい。
そんな誘惑に負けそうになると、姿見の前に立つ。たるたるの二の腕や、ぽっこり出たお腹。パンパンな顔。
ーーよし、明日からも頑張ろう。化粧もだいぶ覚えたし。綺麗な姿で、友達と街を歩きたい。
いつしか目標が、勘違い野郎を見返す、ではなく、綺麗な姿で、友達と遊びたい。に変わっていた。
「みっちゃん! プリ撮りましょ、プリ!」
「はいはい……」
この日は、友達の大本司と遊びに街へ出ていた。司は所謂オカマってやつ。本人は「オカマじゃなくて、オネェと呼んで!」と主張しているけど。
でも、私はそういうの気にしないし、つかっちゃんは私の大切な友達なのだ。
つかっちゃんは私がダイエットしていることを知ってるから、よくウォーキングに付き合ってくれたりする。
持つべきものは、友である。
見た目よし、頭よし、性格よしのパーフェクトなつかっちゃん。気がつくと一緒に過ごすようになっていた。
ダイエットを始めてから、最初は細くて可愛い友達と自分を比べて落ち込んだりもした。
写真に写るのが嫌になったりもした。
それでも、太った自分から目を背けている限りは、ダイエットなんて成功しない。そう思った。
それからは、むしろ写真にガンガン写るようにした。
数ヵ月でも、ちょっとずつ、変化がわかるから。
つかっちゃんと撮ったプリクラを眺めながら、1年後の私は、誘惑とダイエットのつらさに耐え抜き、痩せた姿でつかっちゃんの隣で笑ってるのかな。
もしくは、誘惑やダイエットのつらさに負けて、太いままの私か。
プリクラをバッグにしまい、外へ出た。