ローマ司教への恨み言
後輩の布田は、今日も僕の部屋に乗り込んできた。
「先輩、世は今は浮かれていますよ!」
「仕方ないだろう。今週はバレンタインだぞ。」
「そのバレンタインという奴が許せないんです!」
「なぜそうなるんだ?布田だって女の子じゃないか。」
「ええ、私は確かに可憐でかわいい女の子ですよ。」
「誰もそこまで言ってない。」
「なるほど先輩、つぶされたくなったら黙って可憐でかわいい後輩の話を聞いてください。」
「……はい。」
「今日クラスで言われましたよ。」
「何をだい?」
「布田さんは誰に渡すの?って。」
「別にいいじゃないか。世間話の範疇だ。」
「ええ、だから正直に答えましたよ。誰にも渡すつもりはない。って。」
「ほう。それの何が問題なんだ?」
「そしたらですね。好きな人には渡さないの?って言われました。」
「まあ、まっとうな質問だろう。渡さないのか?」
「別に私には好きな人がいませんからって言いました。」
「まあ、構わないんじゃないか。」
「するとあの女、へえ、好きな人いないとは、布田さんまだコドモなのねーって言ったんですよ!」
「なるほど。子供かどうかは別として好きな人がいないのは驚きだな。」
「なぜですか?」
「布田もミーハーな雰囲気出ているからな。」
「なるほど先輩、よほどペシャンコになりたいんですね。」
「布田は清楚だからそんな俗世のイベントは嫌いなのかな?」
「嫌いなわけではないですよ。企業の手のひらを転がされる馬鹿どもを見ていると心が躍ります。」
「去年は布田も渡していたじゃないか。」
「私は目が覚めたんですよ。もう二度とあんな奴には渡さない。」
「何かあったのか?」
「あいつ、ホワイトデーに何かかえして来たと思います?」
「カニか?」
「生ものなどいりませんよ。そんなもの渡したら肩を複雑に折ってあげます。」
「チョコだって生ものの仲間だろ。」
「それなら、私はバレンタインデー当日に女子どもの肩を複雑に折ってきましょうか?」
「チョコはお菓子だからセーフだな。うん。」
「ですよね。で、あいつ何を渡してきたと思います?」
「なんなんだ?」
「詩集ですよ!」
「なるほどそれはなかなかに気持ちが悪いな。」
「しかも原書。フランス語。」
「用途がわからないな。」
「私も愛の告白かなとか思って頑張って翻訳したんですよ。」
「何と書いてあったんだ?」
「マザーグースでした。」
「は?」
「だからマザーグースのフランス語版を渡されていたんですよ。」
「なぜ?」
「知りませんよ。腰を複雑に折ってやりましたから。」
「気の毒だな。」
「なるほど先輩、膝をあらぬ方向に曲げてあげましょうか?」
「布田は正しい行いをしたんだな。」
「ええ、だから今年は誰にもあげません。」
「その似非ロマンチスト野郎のせいで布田は誰にもあげないのか?」
「ええ、男など信頼してはいけませんね。」
「僕も男だよ。」
「知ってますよ。だから信頼してません。」
「何もしてないだろう。」
「先輩が私のプリン食べたことは?」
「なんで知っているんだ。」
「ほら、鎌かけただけで。」
「卑怯だぞ。」
「食べる人がいけないんです。」
「それでも、」
「動物園のゴリラが一緒に遊びたいそうですよ。檻に入れてあげましょうか?」
「すみませんでした。」
「で、先輩。私は私のポリシーを貫いているのに侮辱してくる彼女らが許せないんです。」
「ほう。放っときゃいいじゃないか。」
「フクロウみたいな声出さないでください。」
「何のことだ?」
「先輩がホーホー言っときゃいいじゃないかというから。」
「ほっとけって言ったんだよ。」
「誤解させないでください。ライオンも一緒に遊びたいって言っていますよ。」
「今のは僕のせいじゃなくない?」
「なるほど、先輩。ホワイトタイガーが好きですか?」
「ホワイトチョコのほうが好きだけど。」
「言えばもらえるとか思わないでくださいよ。」
「くれないのか?」
「私はポリシーを守るって言っているでしょ。」
「で、その女子のことはどうするんだ?」
「それですよ。何か報復の方法を教えてください。」
「別に報復なんかしなくでいいだろうよ。」
「なぜですか?」
「だって布田はそいつらを見ているだけで心が躍るんだろ?」
「まあ。」
「じゃあ、それで十分じゃないか。」
「そういうものですかね。」
「どうしても心が収まらないのであれば、」
「あれば?」
「その女に湯煎したチョコをぶっかけて人間チョコレートフォンデュとでも言えばいいさ。」
「なるほど、それはなかなかに楽しそうです。」
「だろ?」
「早速大量のチョコを買ってきますね。」
「用途は違えど、しっかり経済に貢献するんだな。」
「嫌がらせのためなら仕方がありません。」
「楽しげだな。」
「というわけで、コンビニに行きますが、先輩も何か要りますか?」
「じゃあ、大福がほしいかな。」
「では、14日にあげますね。」
「ふっ。ポリシーはどうした?」
「単なるお礼ですよ。要らないならあげませんからね。」
「もらうさ。ありがとうよ。」
そういって、後輩は部屋を出て行った。
めっちゃ遅いですが、バレンタインネタ。
いいじゃないですか別に。もらわなかった僕はだんだんぼけてくるんですよ。
例年はもらうんですよ、例年は。