白球の行方 3/5
相手のピッチャーは白糸台という名前らしい。無駄に金持ちそうな名前に反して、姿は完全にやくざのそれだった。
「高校生の趣味ごときにわしの球が打てるかい!」
と、無駄にこちらをあおってくるような宣戦布告で始まったのだが、本当に全く歯が立たない。球はそんなに速くない。きっと90キロそこそこだろう。行っても100キロ。といってもその時点で素人がビビるには十分だ。だが、僕ら少し野球を知っているものでも打てないわけとはその球の質にあった。とにかく球が重いのだ。まるでドカベンの賀間だ。球が鉄球のように重い。そのせいで5回終わってこちらのヒット数はわずかに3本。内訳は先生が1本ずつと、六先輩の1本だ。それでもスコアは上野原先輩が健闘して1点に抑えていた。この試合は7回で終わる。つまりあと二回しか攻撃のターンは回ってこないのだ。ただいま6回の表。チーム府中組の攻撃が始まる。
「しまっていこう!」
榴ケ岡先輩が精いっぱいの声を張り上げてチームを鼓舞する。打席に立つのは大きな30代
ほどの男。
「おどれら、踏ん張っているようじゃけど、そろそろぶちかましていただくぜ。」
とにかくあおるのが好きなチームのようだ。上野原先輩が一球目を投げる。外角高めに抜けるボール。4回ほどから球が上ずってきている。体力もかなり消耗してきたようだ。2球目の内角高めの球をフライにさせて1アウトを取った。これでもアウトが取れるのには榴ケ岡先輩の丁寧な采配があるからだろう。理詰めの采配でアウトを重ねている。陰の立役者だ。次の打者はピッチャーの白糸台だ。現在スコアボードに記録されている1点はこの男にホームランを打たれた時の1点だ。
「もう一本行かせてもらいたいのう。」
やはりあおってくる。3球目、4球目とボールになって5球目で見逃しのストライクを取った。6球目。汗で滑ったストレートは超絶甘い球になった。この球を白糸台が逃すはずもなくバットを振り切る。
カキーン。
球は左中間を大きく割って転々と転がっていく。センターの六先輩がようやく追いついて返球したころには白糸台は二塁に到着していた。上野原先輩がさすがに苦しそうな表情を浮かべる。タイムを取ろうとしたが上野原先輩がそれを止めマウンドで滑り止めをまぶしなおす。続くのは白糸台の女房役を務めていた男だ。こいつもまたでかい。先ほどまでの選手とは違い別にあおることなくバットを構えた。また白糸台と同じように7,8球目はボール球になり、ボール先行のカウントになる。9球目の外角の直球が強烈な当たりを見せ、一二塁間へ球を引っ張った。若干ベースよりに立っていた僕は反応できず抜かれてしまう。
「染地!塁につけ!ライトゴロだ!」
後ろから突然神代の声が聞こえた。慌ててベースにつくとものすごい速さでボールが返ってくる。見事にアウトが取れた。
「先生、よくやれましたね。」
「そりゃそうだ。二度と炎天下で野球なんぞしたくないからな。今日ばかりは勝ちに行くぞ。」
上野原はほっとしたような表情を浮かべた。しかし白糸台はこの間に3塁まで進塁している。2アウトとはいえかなりきつい展開だ。上野原先輩は再び険しい表情になりバッターを見つめる。体力はこの回の間にかなり削られたようで辛そうだ。息もかなり上がってしまっている。10球目を投げた。大きなファール。続く11球目、12球目、13球目もファール。ここで、柴崎先生がタイムを取ってマウンドに駆け寄る。僕らもつられてマウンドに行った。
「上野原さん、大丈夫かい?」
「お気遣いありがとうございます、先生。でも大丈夫です。」
「いや、ダメだな。染地お前ピッチャーやれ。」
「は?僕ができるわけがないじゃないですか。」
「そうだな。でも、上野原の続投は教師として認めるわけにはいかないな。」
「んなこと言っても無理っすよ。」
「仕方ない。じゃあこうするか。賭けだけど。」
ごにょごにょと柴崎先生は作戦を話して僕らはまた散り散りになった。プレイが再開されて、白糸台がリードを取る。ちなみにマウンドにいるのは上野原だ。ただ精神統一なのかマウンドから少し離れた位置で息を整えている。
「アウト!チェンジ!」