白球の行方 1/5
夏というのはなんでこうにも暑いのだろう。ここまで暑い必要があるのだろうか。神様は温度調整の能力は兼ね備えていないらしい。なら暑さから解放される手段を与えてくれるとうれしいのだけど。わかっている。解放されたいのならいくらでも手段はある。オーストラリアに行くとか。チリに行くとか。南極観測隊に入るとか。エベレストに登るとか。だが、いずれの手段も金がかかる。えげつなく金がかかる。これが勝ち組とそうでないものの違いかと戦慄する。今から急に勝ち組になることはできないので、せめてものあがきとして外には出ないことを僕は決意しよう。誰が何と言おうとも僕は外には出ない。運動なんてまっぴらごめんだ。決して苦手ではないが、こんな過酷な状況下でやるほど愚かでありたくはない。というわけで、少しでもこの苦しみから逃れるために僕は今日のためにとってあったキンキンに冷やした少し贅沢な濃度のカルピスを取りに行くことにした。
「先輩!元気にしているかい!私は元気で、元気で反吐が出そうだよ!」
「やたら勢いのいい自己嫌悪だな。騒々しい。」
「自己嫌悪?そんなものどこにあったというのだい?私は世界中の何よりも自分が好きだぞ。」
「なるほど。布田の中で反吐というのは褒め言葉に値するということなのか?」
「褒め言葉以外の何物であるというのだ?あれは漢字で書くと吐くことの反対と書くのだぞ。褒め言葉であってもおかしくはないと思いますけれど。」
「それは安直に考えすぎではないか?もっと想像力を豊かにするんだ。あなたに言っていることに吐くほど反対だという風が由来かもしれないぞ。」
「確かにそれは一理あるかもしれないな。だがしかし、この私を論破しようとするその心意気が気に食わないな。というわけでコテンパンにさせてもらうぞ。」
「意味の分からないことを言、ごふっ……」
渾身のこぶしを肩に喰らう。なぜ肩なのか。なかなか最初の一発を肩に入れるという作戦は見受けられない。何か作戦があるのだろうか。
「顔を狙ったつもりなんですけどね。暑さで立ちくらみのようです。テイク2行きますか?」
「暑さ万歳だな。人生にやり直しはきかない。この失敗をかみしめて部屋から出ていくことだな。」
「忌々しいですね。暑さも先輩も。先輩も。先輩も。」
「そこまで嫌われることはしてないし。今日僕は布田に殴られているだけだぞ。ひどくないか?」
布田は特に何も言い返さず僕の部屋の真ん中に座った。僕もこの勝手にくつろぐ傍若無人な後輩にあきれながらも座ることにした。
「何しに来たんだ?」
「冷たい飲み物が飲みたいですね。」
「ぬるいお茶しかないぞ。」
「キンキンのカルピスとかありそうな雰囲気だったと思ったんですけど。」
「んなものはない。」
「じゃあ、お茶でいいですよ。それより本題なんですけどね。」
「自分から話しそらしておいてなんだよ。」
僕はお茶を布田に注ぎながら話を聞く。
「少し頼まれたことがありまして。」
「カルピスならないぞ。」
「わかりましたから。先輩は野球というものを知っていますかい?」
「そりゃ、まあな。ルールくらいは。」
「私はさっぱりなんですが。要するに球を棒きれでたたいて走るって競技ですよね。」
「かなりざっくりだが間違っちゃいないな。」
「やりませんか?」
「は?」
場で切ると、長くなったり短くなったり。