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雲間の中に 上

昔じいさんに聞いた忘れられない言葉がある。

「女はみなか弱い。だからお前が助けるんだ。」

と。別に僕は聖人ではないから助ける義理もない。ただその時は漠然とそういうもんかと思っていた。だけど今この状況ではじいさんが言ってたことは間違いなんだなと胸を張って言える。なぜかって、そりゃ今僕の前に明らかに僕より理不尽で暴力的な女がいるからだ。


「だから、先輩が話すとつぶしたくなるじゃないですか。」


けりが一発腹に入る。僕はもだえることもできずに次の言葉を聞く。


「で、先輩がいると殴りたくなるじゃないですか。」


けりがあばらに入る。これ以上は持たないと反論をしてみる。


「い、いや今殴りたくなるって言いながらけったよな!」


僕の反論は相手に届く前に相手の言葉にかき消される。


「要するに!先輩が存在するとなんとなく困るんですよ!」


その言葉が終わると同時に渾身のけりが鼻をかすめた。僕は思わずしりもちをつく。そして思った。ああ、やっぱいい匂いするなあと。



僕はちょっと困った力があるおかげで家からは勘当されているわけでもないけれど高校生ながら一人暮らしを命じられていて、東京のとある下宿、現代風に言えばシェアハウスというのだろうかとにかくそのようなものに入れられている。そして、今この狭い僕の部屋で僕を見下ろすように対峙しているのが僕の後輩布田 七だ。こいつもわけあって家からこのシェアハウスに移り住んでいる。そのわけは、置いといてまずはなぜ今僕がこのような状況に置かれているかだ。


僕は飲み物が好きだ。紅茶を極めているとかコーヒーの豆の産地をすぐにあてられるとかそういうのじゃなく飲み物全般が好きなのだ。まあ、その気になれば豆の産地なんてすぐにあてられるのだが。とにかくこどもしか飲まないようなリンゴジュース系のやつでも年寄りがたしなむ煎茶系のやつでものどを伝って胃に達する飲み物というもの全般が好きなのだ。そういうわけで僕の趣味はまだこの世にない飲み物を作ることだ。まだ誰にもかがれたことのない最高のにおいを作り出すことに日々全神経を注いでいる。ちなみに学生の本分も全うしている。で、今日僕はココアパウダーと煎茶を混ぜ合わせてさらにそこに少量のシナモンパウダーと七味唐辛子を混ぜて、最高のドリンクを作り上げようとしていた。完成したドリンクはそれはそれは嗅いだことない不思議なにおいが立ち込めていた。そして!その一口目を堪能しようとしたときにあの、凶暴理不尽後輩が乱入してきたのだ。突然に開いたドアは僕の背中を直撃した。持っていたカップは反り返るようにして後ろに飛んでいく。不思議とカップが割れた音はしなかった。だが、明らかにドリンクとは違う新たな敵意ともいえる熱気を僕は感じた。恐る恐る振り返るとまるで漫画のようにひっくり返ったカップを頭にのっけた布田 七がそこに立っていた。


彼女はにっこり笑った。そしてまるで漫画のように目は笑ってなかった。そして息もつかせぬ間にギッタギッタにされ、やっとのことで話をしようと言ったらさっきのような状況に置かれたのだ。

 

いまだにドリンクをしたたらせる彼女はやはりドリンクのいい匂いがしていた。しかし間違ってもそんなことを言ったら命が今度こそなくなるので言わない。彼女はすたすたと僕のクローゼットまで歩いていき何やらごそごそするとタオルを取って体をふき始めた。なぜ僕のタオルを使ってるのか。それを指摘したら命がなくなる。そっと抜け出したら。そうしたら三途の川を渡る。笑ってごまかそうとすれば。そんなことをしたら海の藻屑となる。この世は生きるのがなんて難しいことか。でも、考えてみれば僕に非は一つもない。部屋でゆっくりしていた僕に奇襲を仕掛け勝手に自爆したのは彼女なのだから。そこで一つ気になり、質問をしてみる。


「時に、布田。なんでそんなに急いで僕の部屋に来たんだい?」


彼女は驚いたように、僕を殴った。この世は僕が思っていた以上に生きるのが難しいらしい。何とか態勢を整えると彼女も座った。そして、口を開く。


「いやあ、暇だから先輩と遊ぼうと思って。」


なるほど、僕は彼女の暇つぶしのために何度か殺されたようだ。


「それより、この気味の悪い液体はなんですか?」

「お、それはな、ついに作り上げた最高のドリンクさ!」

「ふーん。味見はしたんですか?」

「いや、これからだが?」


布田はカップを取って中を見た。あたりまえだが残っていない。


「はい、先輩。あーん。」


カップを僕の口の真上に持ってきてひっくり返す。慌てて口を開けてドリンクを受け取る。


「まずい。」

「でしょ。」

「失敗だったかあ。次は何を混ぜようかな。」

「そんなことはいいですよ。というかもうあきらめてください。一回も成功してないじゃないですか。」

「世界最高が何回も作れては意味がないだろう?」

「屁理屈はいいですよ。それよりこれを見てください。」


新聞記事を見せてくる。そういえば入ってきたときそれを持っていた気がするかもしれない。どれどれ、と目を走らせるが特に目立った記事はない。


「いったいどれを見せたいんだ?」

「ああ、これですよ。これ。」


そう言って指さしたのは、何の変哲もないただ児童買春をした高校教諭が捕まったという話だった。ただ一つそこには何の変哲のなくないことがあった。


「ああ、これ僕らの顧問じゃん。」


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